Entry1
ずぼらパイプ
小笠原寿夫
尊敬する人には、自然と敬語が出る。
「と、おっしゃいますと?」
そう言ったのは、真面目だけが取り柄の若いダメ社員、門野だった。
「こんな設計図じゃ取れる客も取れないよ。やり直し。」
と、上司の村山は言った。
そう。ここはとある設計事務所である。何べんも繰り返し提出する設計図に上司の村山は納得がいかない。自然、部下の門野もイライラする。デスクに帰ると、隣で、うだつのあがらない中堅社員ずぼらパイプが煙草をふかしながら、落語のCDを聴いている。演目は、桂文治の艶笑落語、「揚子江」である。
この中堅社員ずぼらパイプには、本名はちゃんとあるのだが、仕事にやる気があるのかないのかわからないせいで、社内では、少し浮いた存在になっていた。いつも煙草をふかして、仕事をさぼっていることが、ずぼらパイプの名の由来である。趣味の落語を聴いているずぼらパイプは、至福の表情でイヤホンに耳を傾けている。隣で門野が、イライラで貧乏ゆすりをしているのも、お構いなしである。
(はぁ~、このスペースをどう有効利用するかがポイントだな。いや、やっぱり壁でふさいでしまうか。それとも広いリビングにしてしまうか。)
そんな風に思案していた門野の隣で急にずぼらパイプが落語の落げを口走った。
「ひらひらのとこで四人で麻雀してた」
ずぼらパイプは、至福の笑みを浮かべている。門野のイライラはそれに反比例するように募って行った。
「ちょっと!ずぼらさん!いい加減、隣で煙草ふかすの辞めてもらえますか!」
門野のイライラの矛先は遂にずぼらパイプに八つ当たりという形で爆発した。
「しかし、お前、面白いと思わねぇか?女のひらひらのとこで四人で麻雀してんだぜ?絶対ありえねぇじゃん」
「知りませんよ、そんなこと!落語なんか古臭いおっさんが聞くようなもんでしょ!それより仕事してくださいよ!」
しかし、ずぼらパイプの一言に門野は何かひらめいた。
(まてよ?ひらひら?そうか!カーテンを付ければいいんだ!取り外し可能なカーテンを作ればリビングもダイニングに早変わりだ。)
門野は、急いで報告書を作成し、嬉しそうな顔で、上司の村山に提出した。
「うむ。これならいける。しかし門野くん、この案、一体どうやって思いついたのかね。」
「ずぼらさんの様子見てたら、何かこうひらめきました」
「ずぼらパイプはパイプ役」噂は社内に広まった。ずぼらパイプはそれから数ヵ月後、課長に昇進した。