第97回1000字小説バトル

01最後の帰り道風月 翠1000
023色世界raku1000
03他愛もない話瓜生遼子1000
04貴腐人紫生1000
05(作者の希望により掲載を終了いたしました)  
06コンビニ弁当1つで変わる事もある。21CB1000
07当世忍寄人気質ごんぱち1000
08鯛吉君のこと越冬こあら1000
09鬼ブッダ電子立国 coming soon1000
10途絶ぼんより1000
11王子様ご招待、ついでに君もとむOK1000
12The rine in Spine stais minely in the plineるるるぶ☆どっぐちゃん1000
 
 
 ■バトル結果発表
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エントリ01  最後の帰り道     風月 翠


 キーンコーン、キーンコーン。
 五年間変わらないこの鐘も、これで最後。
 はぁ、もうそんな時間かぁ。ため息一つ。
 窓の外に映る校庭では、先ほどまで鬼ごっこやらブランコやらで遊んでいた子供たちが、玄関に放っぽといたランドセルを各々の手に取り、もう校門から出ようとしている。
「ばいばーい」
「さよーならー」
 手を振って、友達や警備をしている先生に挨拶。遊ぶのも、帰るのにも元気一杯な彼らは、つい先月の入学式で見知ったばかりだ。

 はぁ。ため息二つ。
 いつもは、たくさんの先生でざわざわしているこの部屋だけど、今は留守を預かる一人とぼく以外にはいない。がらんどうの雰囲気にのどが詰まる。気分と空気を入れ替えようと窓に手をかけた。
 からからから。
 窓のスライドする音がいつにもまして大きい。
 下校時間といっても、お日様はまだ高いところで笑っている。窓のさんに両手を置いて、その上にあごを乗せる。じんわり暖かい陽光と、髪を、肌を優しく撫でてゆく青い匂いの風にうっかり寝入ってしまいそうだ。
 顔を右側の高台にあるグラウンドに向ける。水はけのいい、黄色っぽい乾いた土。一階にいるせいでやっぱり見えないけど、簡単に思い出せる。目なんか、つぶる必要もない。
 新品のスニーカーで踏みしめたあの、土のつぶの一つひとつさえも感じ取れるような高揚感。運動会での大人たちの土煙を巻き上げる勇ましい様・・・・・・
 は
「ごめんね、待たせちゃった?」
 突然の声に勢いよく振り向きすぎてわわわ、と尻餅をつき、三つ目のため息が引っ込んでしまう。
「だ、大丈夫?」
 慌ててぼくのそばに駆けつけてきた担任の近藤先生が、心配そうに覗き込んでくる。
「へ、平気です」
(あっちゃあ、かっこわる)
 何とか声を絞り出して立ち上がろうとするけど、先生の顔をまっすぐ見れない。すっ、とうつむいていたぼくの視界に、どきりとするくらいつやつやで細長い先生の手が滑り込んできた。はっとして先生に顔を向ける。
 先生は笑ってた。嘲笑なんかじゃない、心の底から安堵した笑顔。ごしごしと服で手を拭いてその手を掴む。ぼくも笑って立ち上がる。
「次の引越し先でもがんばってね。それにしても突然で寂しいわ」
 もう片方の手が優しく重なる。
「ぼくも・・・・・・です。それじゃ」
 ぼやける視界、鼻のつんとした痛みを感じて、早足で職員室を後にする。できればもう少し、握っていたかったな・・・・・・







エントリ02  3色世界     raku


 白い息を吐き、コートのポケットに手を突っ込みながら歩く。風にさらされた顔は冷たく、手のひらはじんわりと汗ばむ。
 人の少ない街。さっきまで灯りをともしていた原色の看板に、吹き出物のように膨らむ電球がびっしょりと汗をかいて疲れている。そんないやらしい色の看板を背景に、僕はテレビ画面のように平面で立体的に駅へと向かっている。
 これが僕の灰色の冬



 髪の毛を湿らせ、Tシャツの胸を摘み前後に動かす。昼間の汗でべたついた体を乾かそうとするが、風はまだ生温くうまくいかない。
 家の前のブロック塀とその上に張られた有刺鉄線。廃業する寸前の工場が寂しげな影を作っていて、僕はそれを家の玄関から見ている。まだ遊んでいれそうな明るさだがもうすぐ夕食だ。夏の夕暮れ、虫の泣き声も少し落ち着き、また違う虫の声が聞こえだす頃。
 これが僕のオレンジの夏




 僕にとって印象的な季節の二つの絵と感覚。どちらも対照的な色をもっているけど、そこから繋がる感情はどちらも切なさを秘めている。映像と感情はセットになってどこか脳という現実的な場所より、もっと胸の奥のほうにしまわれているようだ。片方が呼びだされると、片方も引っ張り出される。それは無意識の中で自動的に行われて、自分の意思とは反する場合もあるだろう。
 何も見えない暗闇の中に、季節をひっぱりだしてオレンジ色と灰色の映像を繰り返し見る。その映像が僕を切なくさせるのか、今の状況が切ないのか僕には区別がつかない。しかし今見れるのはその二つの映像だけ。
 大好きだった人の顔や、家族の顔を思い出す事ができないのは、切ないという感情と繋がっていないからだと思う。僕は今、ただただ切ないのだ。
 真っ黒の空間で灰色とオレンジ色ばかり見続けて疲れてしまった。
「もっと他の色が見たい」
 そうつぶやき、近くにあった真っ黒のナイフを握り、真っ黒な腕に刃をつきたてる。もしかしたら僕の傷口からあらゆる色が飛び出して、世界を正しい色に戻してくれるかもしれない。僕の体の中に閉じ込められた色たちが、外に出ることが出来なくて切ないと叫んでいるのを、僕が切ないと勘違いしてるのかもしれない。
 ナイフを握る掌は汗ばみ、体はべたつき、感覚が映像を呼び出す。オレンジと灰色が交互に映し出され、生温い真っ黒な液体が僕を濡らす。
 色を探し、真っ黒の世界の中、僕は体中に穴を空け死んでしまった。まだ新しい杖が傍らに転がる。



※作者付記: 読んでいただきありがとうございます。前回の投稿の結果を見てまた書こうと思いました。感想お願いします。






エントリ03  他愛もない話     瓜生遼子


 友達と入った喫茶店はガラスで区切られていて、なんだかショーウンドウに飾られた品物になった気分がした。友達もそれは感じていたみたいで、なんだか腰のあたりのくねらせかたがいやにモデル風だ。座ったのは二人席。この席、間違いだった。外の通路が気になって、ガラスの壁越しに見てしまう。ダメだ、彼女に対して失礼だわ。だけど、やっぱり気がつくと外を見ている。

 ちゃりん。

 紅茶にミルクを注いでいたときに聞こえてきた、音。顔をあげると、外の女性が何かを踏んだようだった。銀色の丸い何かを。銀色の、丸い、何か、だ。女性は戸惑ったようにそれを見、あたりを見回す。拾うのか。―――――拾わない。そのまま、そ知らぬように去っていく。どきどきした。
 友達が新しい話題にうつった。うん、うん、そうね。曖昧に相槌を打つ。ふと斜め向こうを見る。

 男がいた。

 やせぎすな男。一歩一歩が確実に目的を持っている、男。その銀色に気づいている、男。彼の前髪は鬱陶しくて、目が見えない。なのに、その目がぎらぎらしているように見える。彼はゆっくりと、そう、ゆっくりと、ブツのほうに歩いていく。彼が私の視線に気づく。噛み付くような視線。視線のやり取り。なんてスローモーションな世界。友達の声、店員の声、お客の声。すべてが単なるBGMになる。彼がゆっくりとその銀色のものを手に取ろうと、する。腰を、折る。彼の目は、私を見ている。彼の目が、私を見ている。動物が、逃げようとしているときみたいに。私を見ながら、それに手を伸ばす。もうすぐ。もうすぐ、彼が、それを取る。

「聞いてるの?!」

「えっ、あ、ごめん」

 視界いっぱいの彼女の怒った顔。あっ。と思ったときはもう遅い。彼はいなかった。動物のように、一瞬で逃げてしまった。ちぇっ。
 冷めた紅茶をぐるぐるとかき回す。あ、砂糖いれるの、忘れてた。もう溶けないだろうな。
 彼女の怒った顔に、せめてもの、「申し訳ない顔」を見せる。怒らないで?と、いう顔。すねたような、いじけたような顔の彼女。申し訳なさは、もちろん、ある。でも、私の脳裏に浮かぶのは、彼の、あの、顔。目だけが「ぎらぎら」で、頬がこけていて、絶対、猫背。奇妙な高揚感。噛み付かれるような視線に、エクスタシー。
 冷めた紅茶をすする。苦い。いや、これは、渋い、だな。にやり。笑う。まあ、いいか。にやり。記憶の、彼に、笑う。
 どうせ、他愛もない話、だもの、ね。







エントリ04  貴腐人     紫生


「ボトがでましたよ」
 電話の声は確かにそう言った。

『ボト』という言葉を初めて耳にしたのは、まだ私が学生の頃だった。
 その日私はバイト先で知り合った由良と名乗る男の誘いで、とあるパーティに参加した。
 会場は入り組んだ路地を何度も折れ坂を上り廃墟を抜け、複雑にねじまがった空間に忽然とあった。
 螺旋階段を降りると受付で目元を隠すマスクと天鵞絨のマントを渡され、着用をうながされた。 中へ入ると香でも焚いているのか、深い森を想わせる幻怪な香りが鼻腔を刺激した。薄暗い照明のもと、十数名の男女が秘めやかに談笑しながら立食を楽しんでいる。どれもこれも生命感に乏しい影のような人々だった。どうにも危うい、それでいてひどくなつかしい光景に思われ、私はやんわりと緊張をといた。
 由良は私に良い香りのするワインを勧め、親しげな笑みをよこす。口にすると、芳純な香りと共に上品な甘さが味覚に満ちた。これが貴腐か、と合点した。
 由良よると、貴腐ワインとはボトリティス・シネレアという菌だけに冒された白葡萄からつくられるという。
「貴腐……高貴な腐敗とは、なんとも妖しいネーミングではないですか。腐った干葡萄にも似た醜悪から生まれる極上の美酒。この矛盾した現象は、一体なんなのでしょうね」
 酔いで血の巡りが良くなったせいか、由良の口唇は妙に紅くなまめかしい。その紅い口唇が耳朶の間近でささやく。
「実はボトにはもうひとつあるのですよ。いえ……本当の名は知りません。知りませんが、『牙を持つ女陰』という意味の俗称で、その菌におかされた患者は貴腐人と呼ばれ、類まれな名器の持ち主になると聞きます」

 やがて、壁の一面を覆っていた重厚なカーテンがひらかれた。
 ガラス張りの向こうに見たのは、豪華なベッドに横たわる病み崩れた人。裸体に、あらゆる色彩の胞子をまとって醜くやせ衰えた、かつては女性であったであろう物体だった。
 由良が部屋を出てゆく。由良はほどなくガラスの向こうに現われ、ベッドの物体とからみ合った。
 ピンクや緑青や紫や浅黄、様々な色の胞子が部屋いっぱいに舞い踊り、由良と崩れた人は快楽を一心にむさぼった。それは凄惨に美しい眺めだった。
 ついに由良は天上の悦びを与えられたかの表情で息絶え、胞子は一瞬にして墨の色に変じた。

 年経て、今の私には妻も子供もいる。それでも心は貴腐を求めた。
 電話の声は死んだ由良にそっくりだというのに。







エントリ06  コンビニ弁当1つで変わる事もある。     21CB


世界に興味がなくなった。

 この部屋にひきこもって4年。自称:自宅警備員。日給1000円が親からテーブルの上に置かれ支給される。現在の所持金1427円。昔、学校に行っていたけど徹底的にシカトされた。教科書が無くなったり、落書きだらけで見つかったり。その他も色々あった。いわゆる「いじめ」。ある日、唐突にトイレに連れ込まれた。「便水飲めよ」だって。飲むわけ無いじゃん。便器の水なんて飲み水じゃない。言ってる意味が分からない。だから飲まなかった。したら、ボコられた。でも飲まなかった。次の日、僕は「便水マン」とかそんな風に呼ばれ、お決まりのように黒板にもでかでかと書いてあった。

この世界は下らなさに満ちていた。

 今の僕の世界はこの部屋とテレビ。そしてパソコンで繋がるワールドワイドウェブの仮想空間。朝から晩まで某巨大掲示板に入り浸り、様々な書き込みをけなして叩いて蔑んでいた。ひきこもった当初、親や担任は、うるさい位に僕を外に出させようとした。携帯にも善人面した同級生とかからメールや着信もあった。今は1年半着信がない。某巨大掲示板にいつものように書き込んだら珍しくレスがついた。「お前、世界に興味が無い?は?世界がお前に興味が無いって事に気付けよ。世界が下らない?お前が下らないんだ。」偉そうに・・・。でもそれ以来、僕の書き込みにちゃんとしたレスがつく事はなかった。

この広い仮想空間でも僕は一人になった。

 そう思ったら、急に圧倒的な寂しさがやってきて僕は気持ち悪くなった。世界は僕に興味を持っていると無自覚にも思い込んでいて、その興味を僕が拒絶しているはずだった。しかし、世界はとっくの昔に僕への興味なんて無かった。あのレスは世界が最後にくれた真実だった。

 空が明るくなってきて、僕が寝る時間になった。でもその前にちょっと腹が減ったから弁当でも買ってこようとコンビニへ向かった。目玉焼きハンバーグ弁当を手にした時「あ!!すみません。それ廃棄のお弁当なんです・・・。」「あ、そうなんだ。」「すみません・・・でも、もったいないですよね。せっかく作ってもらったのに、誰にも食べられず捨てられていくなんて。」

 コンビニの帰り道、廃棄にされそうだったお弁当3つを無理矢理買ってきた。右手にはフリーペーパーの求人情報誌を持っていた・・・。求人情報なんてネットですぐ見つかるってのに。所持金は12円。何か久々に朝を迎えた気がした。







エントリ07  当世忍寄人気質     ごんぱち


 ケータイの画面に朝日が射し込んで、あたしは朝が来たのに気付いた。
 あくびを一つ。
 多分、真っ赤になっている目をこすりそうになって、やっぱりやめて、それからフォトスタンドを見る。
 ぼんやりした顔つきのあいつが、にこにこと笑っている。
 修学旅行の時の集合写真。
 の、一部を拡大カラーコピーしたもの。
 見ているうちに、鼓動が早まって来る。頬が熱くて、思わず視線を逸らす。
 これじゃまるっきり――
「遥夏! 遅刻するわよ!」
「起きてるー!」

「――んでさー、ノリとタケベはこの後絶対別れると思うんだよ」
 友達二人と教室に入る。
「パターンから言うとそうだけど、あの脚本家、裏をかく事が多いのよね」
「フフ、裏情報なんだけどね、今後の展開はね――」
 黒板の前の窓側に、あいつは座っていた。
 友達三人と話をしながら。
 にこにこしながら、でも、たまに鋭いツッコミをする。百人中八十人ぐらいが素直に信じてしまうような事でも、すぐにはうんと言わないで、まず考える。基本聞き役なんだけど話題が合うと、驚くぐらいよく喋る事がある。それから。
「ハルカ、どしたー?」
「フフ、心ここにあらず、かしら?」
「ん? あ、いや、ちょっとぼんやりしてた」

「じゃあ、川内君、次訳して」
 先生に言われ、あいつが立ち上がる。
「ええと、暗い夜道を列車がスピードを上げて走っていると、遠くに光が見えて――」
 緊張しているのか、少し高めのたどたどしい声。
 背が高いという程でもないけれど、すらりと伸びた背筋。
 まるっきりだ!
 あたしは目をぎゅっとつぶる。
 それから深呼吸を一つ。
 二つ。
 三つ――。
「水沢ー、寝ると死ぬぞー、色んな意味で」
「おわっ!」
 先生の声に、びくり、と、あたしは起き上がった。

 帰りのホームルームが終わるなり、あたしは教室を飛び出した。
 うっかり追いかけてしまうのだったら、先に帰ってしまえば良い。
 いつもより前のバスに乗って、と。
 振り向きそうになる顔をぐっとこらえ、こらえ……きれず。
 バス停に佇む人影。
 もう一分早ければ、同じバスに――。
 そうじゃなくて!
 間に合ったんだよ。
 時間合わせて同じバスって。
 それじゃまるっきりストーカーじゃないか!

「あれ? ハルカは?」
「帰ったわよ」
「一緒に帰れば良いのに。告った後、OKのメール貰ったんだよね?」
「恥ずかしいのよ。見てたら分かるでしょ? フフ」
「うん。かわいかったねー、あれは」







エントリ08  鯛吉君のこと     越冬こあら


 研修生配属通知書

氏名(所属) 御目出鯛吉、タイ科タイ目硬骨魚。
長所/短所 煌めく外見/無口な性格。
賞罰 特になし。
配属先 最終検査課 堀之内班。

「だからさ、何で毎回うちのセクションなわけよ」
 退社前に人事部長から、半ば押し付けられるように渡された『研修生配属通知書』を左手でヒラヒラ弄びつつ、黒生の中ジョッキを半分空けて、堀之内先輩の愚痴が始まった。
「それもさ、この研修生の御目出鯛吉君って、つまりタイだろう、真鯛かなんかで、魚類じゃん。反則じゃん」
 現代版『生類憐みの令』と陰口を叩かれる全生命体意思疎通標準化計画(WLCP)が施行されて五年。もともと玩具会社のお遊びグッズレベルだった研究が、いつの間にか本格的な装置を生み、現在では殆どの哺乳類、鳥類との意思疎通が可能となった。
「だいたいさあ、牛とか鶏とか連れてきて、研修生とか特待生とかって、特別扱いして社会に受け入れてるうちに、意思疎通が出来るんで、いい気になって、権利を主張しだして、家畜としての使役はもちろん、食用にも出来なくなっちまったんじゃん。だろう」
 装置によって意思疎通が可能になった大部分の哺乳類や鳥類は、人類との不平等是正や生活向上という主張を掲げてきた。行き掛かり上、政府も耳を傾けざるを得なくなり、現在では牛肉も鶏肉も豚肉も(一部の熱狂的ファンが闇市場で取引する以外は)一切、食卓に上らなくなった。そればかりか今や、各々の代表が国連にも送り込まれそうな勢いである。
「そんなんに、魚類まで仲間入りさせんのかよ、おい」
 枝豆ともずく酢をアテに、焼酎に移った先輩の愚痴はその後も淀みなく続いた。

「鯛吉君わかりますか。『はい』なら青ボタン、『いいえ』なら赤ボタンを押して下さい」
 翌朝、二日酔いで充血した目をこじ開けつつ、堀之内先輩は、鯛吉君の研修用水槽に向かって特殊マイクで呼びかけを繰り返していた。何度も反復することで、装置自体の性能も自動的に向上するよう、プログラムされていた。この段階の研修生の発育過程は、幼児のそれに酷似していた。根気が要るが、やりがいのある仕事だ。
 昨晩の愚痴は愚痴として、堀之内先輩は真剣に取り組んでいた。この段階を乗り越えれば、後は転がるように発達していく。牛太郎君のときも鶏の輔さんのときもそうだった。

 不意に、青いランプが灯る。

「あーあ、刺身も喰えなくなったか」
 堀之内先輩が感慨深く呟いた。







エントリ09  鬼ブッダ電子立国 coming soon     葱


 電源を入れて、白鍵を、弾くというより押す。一つだけ。摘みをひねる。音が伸びていく。違うつまみをまたひねる。音が波打つ。長波から短波へ、波形が目に見えるように。ちょっと迷って、黒鍵を押す。草食動物の悲鳴みたいなか細い音が重なって、太い音と絡まり合い波打つ。摘みをまたまたひねる。音が粒子になって散らばるリバーブの感じ。
 風景が浮かんでくる。素人が粘土で作ったような不格好で稚拙で、でも荒々しい、真っ白な大きな塔がある。澄み渡った青空を背景に草原にどっかりそびえ立っている。草原に鹿がいる。鹿じゃない、岩山で生活しているたくましい山羊か。カモシカか。ヤックルと呼ぶことにする。
 ヤックルが飛び跳ねる。ドラムが入ってきた。規則正しく、泡立つように僕の心音を鼓動させる。摘みをやたらと捻りたくなる。真っ白な塔が、ゴム状の素材になって、ぐらぐら揺れる。地震だ。ベースが低くうなり、地割れが生じる。ヤックルは地割れの間を飛び跳ねつづけている。格好いい。ヤックルの足の筋肉が芸術品に見えてくる。地割れにあれる大地を、小さな蝶がカップルで舞う。ちろちろ可愛い音がする。見とれていると、雷が蝶を引き裂いた。雷は荒れ狂い、縦横無尽に駆けめぐる。それでも蝶は生きていた。
 叫び声。リーダーのボーカル。リバーブがかかっていて、やっぱり神様を想起してしまう。まだ言葉はない。早く言葉を。僕に命令を。
「ちょっとストーッップ」

 目眩がするような爆音が止んだ。汗が僕のアナログシンセに落ちている。幸せな妄想から無理矢理起こされた僕は、狭い地下の貸しスタジオに詰め込まれていた。わかってたけどがっかりした。
「ちょお、きさんら、ちゃんとこれ見ろや、いきなり盛り上がりすぎやろ」
 リーダーが手に持ったスケッチブックをみんなに見せる。大胆な字で、『序曲〜嵐の前の静けさのように〜』と書いてある。演奏中も、そうやってリーダーが指示するのが僕らのバンドのやり方だけど、僕はそんなもの見ちゃいない。ただ、自分の出したい音を色んな音と絡めたいだけなのに。まあ、他の連中は知らないけれど。
 僕らは全部で八人いる。リーダーのワイヤレスさんがエフェクトとボーカル。ギターの陽子。ドラムの塚ちゃん。ベースのサリンジャー。トイピアノはフリオ。タップダンスの鬼助。パントマイムの神童さん。そしてピアノ経験なしのアナログシンセは僕だ。
 ライブ経験はまだ、ない。







エントリ10  途絶     ぼんより


 だらんと下げた左手首からきらきら光る赤筋一つ。小汚い砂利道に血が降り続ける。
 私は背筋を伸ばし胸をはって汗もかかず、希望に満ち溢れた瞳を輝かせながら真っ直ぐ城へ向かって歩く。痛くは無い、痒くも無い。それもそうだろう、イタミドメを打ったのだから。痛みなどいらないから。希望を、夢を与える私に痛みなどあってはならないから。
 意識が朦朧とする。美しいのか、この砂利道のように汚いのか、私は真っ赤な血を流しているのだから、致し方ない。途中で倒れるかもしれないが、そのときはきっと誰かが私を城まで運んでくれるだろう。台車にでも乗せて。もしくはぼろぼろの戸板で、二、三人で力を合わせて。私が残した赤い血道を辿って後から人間が続いてくれると思って。
 どどどどどどどどどどど!
 背後から馬鳴りのような地響きが私に近づいてくる。振り返った私のぼやけた視界に映った地響きの正体は、小さな子供たちのそれだった。子供たちは息を切らしている。そして私を取り囲むようにして道を塞いだ。
「ひどい血だね、こんなの死んじゃうよ」白い服の少年が言う。
「痛そうだね、私には無理っぽい」黒い服の少女が言う。
「かわいそう、強がっちゃってるし」青い服の少年が言う
「見てらんないね」黄色い服の少女が言う。
 子供たちがそれぞれに呼応し始めてスピーカー状態になる。やかましいことこの上ない。私の道の邪魔をしないでおくれ。可愛い私の子供たち。この赤い道で繋がった私の子供たち。
「痛くもなんともないのよ、だからどいてね。城へ行かなきゃならないの」
「無理だよ、その前に倒れちゃうよ」
「その時はあなたたちが私を城まで運んでくれる?」
「やだよ」
「なんで?」
「おねーちゃんが城へ行ったってしょーがないもん」
「私はあなたたちの希望よ、夢なのよ」
「おねーちゃんが生きてても死んでても希望とか夢なんかじゃないよ」
「なんだ、そうなの。それなのに張り切っちゃってばかみたい。じゃあもう止めよう。ああ私ってばかみたいね」
「ばかだね、ボク(わたし)たちは元気だよ、いつも元気だよ。そういうことだから。じゃあね」
 子供たちは夕暮れ時のように、放射線状にばらばらになってそれぞれの家へ帰っていった。
 左手首からは、相変わらずだらだらと血が零れ続けるので右手で傷口を覆ったが、無駄な抵抗だった。流れる血は止まらない。妄想も止まらない。城へは程遠いこの場所で、そのうち私は骸になる。







エントリ11  王子様ご招待、ついでに君も     とむOK


 暑がりの彼のためにクーラーを効かせる。下ごしらえをしたステーキは冷蔵庫に寝かせ、ボーンチャイナの皿はぴかぴかに磨いた。彼はきれい好きで、肉の好みはやや固め。
 彼の名はダニエル。私の、王子様。
 夢の王子様にまみえたのは半年前。低い太陽がようやく北風を追い払った昼下がりの公園だった。ペット連れの若い夫婦たちを横目に、私はやさぐれて純粋理性批判を読んでいた。ああ。運命は私のような女にも、その黒く濡れた小さな鼻先をこすりつけて来たのだ。
 まさにウェルシュ・コーギーそのものである美しい栗色の毛並み。つんと澄ました鼻先。後に聞いたらやはり血統書つきだった。その由緒正しさよりも、まん丸の黒目をこらして小首をかしげる儚げな仕草。ああ。それは至福という言葉以外の何ものでもなかった。
 ところで愛しのダニエルの首には、赤い華麗な首輪が巻かれていたのだが、その先には小太り眼鏡で汗かきの三十男が繋がれていた。つまり飼い主である。名前を良雄という。
 良雄は、散歩帰りに近所の店先にいたダニエルをたまたま見かけてたまたま買ったという、望外の幸運を手にした不届者である。私は脅迫同様に良雄のケータイ番号を聞き出し、以来、三日と開けずに呼び出した。当然ダニエルに会うためだ。ついでに良雄には高い服をねだる。美しく装う私を、潤んだ黒い瞳が迎えるのだ。ああ、この快感。ところが良雄ときたら、下心丸出しの私に気づかないばかりか、情熱的で甘え上手なところがいいなどとぬかす。実におめでたい奴だ。君のような者が私の王子様を所有しているという事実が許せないだけなのだよ、私は。
 お姉ちゃん品性苛烈で容赦がないから、良雄さんを逃がしたら後がないわよ、と犬アレルギーの妹が言う。二十歳前にして早くも小姑臭い。犬好きの良雄に妥協してくれたつもりだろうが、犬のいない生活に二十年以上妥協し続けたのはこっちだ。多少の意地悪は虐げられる姉の権利であったと言えよう。ともかく私は王子様を射止めることに成功したのだから、瑣末は広い心で許してやる。
 体重を持て余したような足音が廊下を近づいてくる。ダニエルの声でなく良雄の足音に馴らされている自分が何だか悔しい。しかし飼い主は犬に似るというし、黒目がちに丸頬のでか頭も見慣れてくるとまあ可愛らしいのかも知れない。うやうやしく抱いて来てくれた君にもついでに、キスで迎えるくらいのサービスはしてあげよう。







エントリ12  The rine in Spine stais minely in the pline     るるるぶ☆どっぐちゃん


 まあそういう奴もいるのだ。そういう奴もいる。いかつい男達に囲まれ、法外な請求をされ、半裸の女達が遠くを見ながらたばこを吹かしていて、それでも顔色を変えない男が。大して金なんて持って無いですよ残念ながらね。儲かる仕事はしてませんから。
「壊れた、神殿の、修復を、仕事にしています」
 無理やり連れ込んだ店の中で彼はそのように語った。細い腕だった。
「壊れた神殿を直すには時間がかかります」
 開けさせた彼のかばんの中には金目のものは何も無かった。何かの記号や象徴や長いテキスト、そのようなものの束で埋まっていた。
「壊れた神殿はたくさんありますが、修復にはひどく時間と労力と、研究が必要です」
 金は取れなかった。取らなかった。取れないまま、彼を帰した。
 ネオンサインが目を刺す。ネオンサインは目立とうと、個性的であろうとするあまりに、全てが無個性になっていた。
 ロボット工学を研究していたことがある。幼い頃から憧れ、幾つかのロボットを幼い頃に造り、幼い頃は神童と呼ばれもした。大学へ行き、大学院に行き、様々なことを研究し、博士号までとった。大きな会社に入り、たくさんのプロジェクトを立ち上げ、こなし、様々なロボット達を世へと送り出した。そして今はこんな暗い路地に店を造り、男を騙し、女を騙す、そんな仕事をしていた。恥ずかしくて彼は、昔そんな研究や夢を持っていたことを誰にも語らなかった。誰にも言わなかった。誰かに言ってしまわないように、酔ってしまうことが無いように、アルコールもクスリも絶対にやらなかった。
 スペインの海へ行く。金が余り始めていたのだ。
 海岸線を歩く。
 牛がいた。
 これは良いぞ。そう思う。
 ピストルで撃ち殺す。ぱん。ぱんぱんぱん。ぱん。ぱん。
 牛はどう、と砂浜に倒れる。
 ぱちぱちぱち、ぱちぱちぱちぱち。拍手。
 昔、幼い頃に聞いたような拍手。
 男達に囲まれていた。バットを受け取る。笑顔で牛へと促される。
 どうしろと。とどめを?
 笑顔の男達。
 牛を殴る。ぼすん。ぼすん。ぼすん。ぼすん。神殿を叩き壊す。叩き壊す。叩き壊す。
 途中で馬鹿馬鹿しくなり、バットを放り投げる。
 男達は泣き出した。大声で、泣き出した。
 いつまでも泣き続けるので、その泣き声がいつのまにかスペイン荒野にふる雨の音だということに、女にそう指摘されるまで気がつかなかった。
 壊れた神殿のたたずむスペイン荒野に、ただ雨は降る。