Entry1
自慢の弟
SuzzannaOwlamp
私が、三歳の頃、母は生まれたての弟と一緒に産婦人科に入院していた。当時、父はベニヤ板の会社で、営業をしており、私は母方の伯母の家に預けられることになった。隣に住む圭ちゃんの家にお泊りできると昂奮していた私は、大人同士の会話が理解出来ぬまま、大阪市六反町にある団地まで伯母に抱きかかえられて、連れて行ってもらった。その間私はずっと泣きじゃくっていた。
「そんなに泣いたら警察に連れていかれるで」
伯母は、ごねる私に何度もそう怒鳴った。傍目から見れば、警察に連れて行かれそうなのは、私ではなく伯母の方だったろう。伯母はそれを知ってか知らずか、怒鳴り声をあげなくなった。
「トシくん、よう来たな」
無表情だったであろう私に嬉しそうに声をかけた伯父は、髭面で一見、怖そうに見えたが、にっこりと微笑んだ、その笑顔は本当に小さな子どもをあやかす感情に満ち溢れていた。
六反町にある伯母の家にいる間中、むっつりとしていた私を、なだめすかせようと、伯父は‘おうまさん’になり、伯母は‘むすんでひらいて’を懸命に教えてくれた。団地の前の駐車場、団地の階段、お世辞にも広いとは言えない部屋の間取りを今でも朧気に覚えている。寂しい匂いのする住宅地だった。その中で、唯一、光があるとすれば、まだリモコンもない時代のテレビくらいなものだった。
伯母の家に滞在する最後の土曜日、「8時だよ!全員集合」を見て、「志村や! おばちゃん、これが志村やで!」と連呼する私を見て、伯父と伯母は、この子は家に帰るのが、そんなに嬉しいのかと思ったという。
「お母さんによろしゅうゆうといてな」
伯母の社交辞令を理解するには三歳の私にはまだ早すぎた。たった一週間の出来事。元の家に帰ると、ベビーベッドで眠る弟が待っていた。
初めて目にする赤ん坊に気味悪がって、最初は触ることすら出来なかった。しかし、弟が出来た喜びよりも、むしろいいライバルが出来たという嬉しさが宿ったのは事実である。
「ねえ、お母さん、赤ちゃんはいつになったら喋れるようになるの?」
そう聞いては、母親をうっとうしがらせた。
弟に追い越された、と思った瞬間は、ショックだった。彼らの名は麒麟。
どちらの腕にも才能があり、かつ漫才は一級品。松本人志をアッと驚かせ、中田カウスを「あんなオチみたことねえ」と唸らせた。
そんな自慢の弟からこの間、一通のメールが届いた。
──ありがとー。猫かわいいね。