Entry1
ぼくと拳と習慣と
エルツェナ
…また厄介なのに目を付けられた、そう感じた瞬間、野太い声が場を威圧しに来た。
「よう。 舎弟が世話になったな」
しかし、ぼくが振り向くだけで怯えもしないどころか、微妙に遠くを見ているところを見て少しむっとし始めたらしく。
「…お前…正直に話せば、見逃してやる。 舎弟に、何をした?」
わざわざぼくの視線上に来て、膝曲げて目線まで合わせてきた。 どうしてもあちらは、ぼくが、とは全く思っていない様だ。
毒づいてもいいけど今やると後々面倒だから、家に呼ぶしかないかな、と諦めて。
「やってもいいけど…後ろ」
わざと、そう伝えてやる。
「あ?」
何が起きたか分からない、と言った顔をしたそいつの横を、白黒の車が通っていく。 次の瞬間驚いたように目を見開くも、上で回っているランプが青いことに気付いて安堵したのだろう。
その隙を突いて一気に後ろへ下がると。
「どうしてもっていうなら、付いておいで」
目の前からいきなり数mも離れたぼくを、当初きょとんとした顔で、次第に真剣な顔つきになって付いてくるそいつ。 その雰囲気から、もしかすると…という一縷の気配を感じて。
数分後に家に着いて、そいつを招き入れつつ母に挨拶。
「お帰り。 そちらの方は?」
「ただいま。 今日の挑戦者」
そこは、空手道場には必ずある試合場――
「げえっ、まさかお前ッ」
因縁吹っ掛けた側のそいつが、青い顔で仰け反った。 そう、ここはフルコンタクトの空手道場で、二階が家。 ぼくは慣れた手つきで靴と靴下を脱いで、とーんとーんとアキレス腱だけで飛ぶ。
「…」
その、膝が曲がってないのに身長ほども浮いているぼくを見て驚いているそいつに、構えも取らず促した。
「いつでもどうぞ?」
少しして、突如滑り込む音に目を遣りながら右下段回し蹴りの被りを振り――そいつの姿勢に困惑した。
「舎弟をしつけて頂いて、ありがとうございます!!」
近くまでスライディングしての土下座だった…初めて見たよこんなの。
「…な、あ…、え…?」
いきなりの土下座に、思わず戦いの場と言うことを完全に忘れて足を下ろしてしまい、
「っ!」
そいつの弱っちい右拳をもろに股間に――誰も受け入れたことの、ない所に――もらった。
「…え? な、」
今度はそいつが狼狽する番だった。
「ない!?」
お母さんゴメン、なんて思う暇も無く左足で金的を蹴り上げて天井にぶつけると、落ちてくる顔めがけて平手を打った。