Entry1
馬道diary
サヌキマオ
宿題の日記には家の前の様子を書くことに決めた。コケキの家は雑貨屋で、家族七人で二階に住んでいる。家の前は広い通りで、朝から晩まで馬車や早馬が行き交っている。夏なので窓を開け放しておきたいが、道から巻き上げられた土埃が部屋の中に入ってくる。開けていいのは家の裏の窓だけだという約束がある。
薄汚れた窓ガラス越しに路面を観察していると、荷を運ぶ馬車、人を運ぶ馬車、ひと一人乗せて急ぐ馬の三種類あることがわかる。三種類の中にもさらに分類があって、どこかの裕福な家が持っている馬車と、多くの労務者を乗せてのたのたと走る乗り合いの馬車がある。市場に向かうにも野菜を運ぶものと束ねた干物を積んだ馬車がある。
と、様々な種類の馬が行き交う中で一つだけ共通していることは、いずれの馬も尻から放り出すものは同じだということであった。道に糞が落ちるたび、ちりとりやトングを持った町内のぢいさんやばあさんが駆け寄っては拾い集めている。単純に素早さだけがものを言う世界で、直接的な罵倒や衝突はないものの、ひっきりなしに路上に現れるひしゃげた塊を人より速く手に入れんと年寄りは走り回っていた。まもなく夕立と雷があったのでコケキは茶の間の隅に走っていって耳と目を塞いで踞った。
八月二十四日は風の強い日だった、飢えた風がまきあげた砂粒から水を搾りだすような吹き方をしている。コケキの目の前、塵芥の中をたくさんの木箱を積んだ馬車が通りすぎようとしたところ、荒縄での緊縛をはずれて箱がひとつ路上に転げ出た。揃った大きさの箱の側面は格子になっていて、くすんだ色のとさかの鶏が一匹ずつ押し込まれている。箱は壊れることもなく転がってこちらへ向かって大きな音を立てる。階下に突っ込んだらしかった。居てもたってもいられず階段を降りると、確かに店先に件の木箱が転がり込んでいる。入口の引き戸が破れてガラスが飛び散っている。「こっちにくるんじゃないよ」と鋭い調子で母親に止められる。ガラスなんか踏んだら明日っから駆け回れないんだからね――小学校での八月の水泳教室も二十六日までである。せっかくの皆勤をここでフイにしてしまっては仕方ない。仕方なく母親がガラスを片付けているのを眺めていると祖母が帰ってきた。汗に塗れて、ちりとりに三つほど馬の糞を載せている。
晩ご飯にたくさんの唐揚げが出た。とても美味しかった、とコケキはその日の日記に遺している。