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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage3
第96回バトル 作品

参加作品一覧

(2017年 7月)
文字数
1
小笠原寿夫
1000
2
ごんぱち
1000
3
サヌキマオ
1000
4
moon
955
5
渋川玄耳
923

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Entry1
紅と白
小笠原寿夫

 幼き頃、弟が産まれた。
 それはそれは、可愛かった。弟と喋ったり、遊んだりするのを心待ちにしていた。
「ねえ、まあはいつになったら喋れるの?」
「いつになったら、まあと遊べるようになるの?」
そんなことを聞きながら、両親を困らせた。まあというのは、当時の弟の愛称だった。
 そんな弟も無事に就職し、結婚し、子宝にも恵まれた。もう弟とは、遊べないし、直接、話をできる機会もないだろう。
 繰り返し、訪れる出会いと別れ。それを踏まえながら、今の私が成り立っている。
「弟よ、お前は偉大に成長した。」
母親に、その話をすると、
「お前も偉大になれ。」
という返事が返ってきた。
 そうか。弟は偉大で、私は立派。早く偉大になるべきである。
 父とは、殆ど話さない。父とは、そうあるべきだし、いつまでも父親という発想はない。
「いつまでも私らが生きてると思うなよ。」
母は、言う。
 であれば、言おう。
「私は、いつまでも生きている。」
生きて、あなたを守ろうではないか。
「俺、頑張ってるよな。」
母は、言う。
「生きているだけで、頑張っています。」
今更ながら、母は一枚も二枚も上手であった。
 放送作家、永六輔さんが、仰るには、
「十代は、セックスで結婚。
 二十代は、愛で結婚。
 三十代は、努力で結婚。
 四十代は、我慢で結婚。
 五十代は、諦めで結婚。
 六十代は、感謝の気持ちで結婚。」
 愛蔵を越えて、残るのは、感謝の気持ち。
「ありがとう。」
 だから、これが最期に発つ時の挨拶なのだろう。
 私は、書こう。いつの日か生まれ出づる我が子に向けて。
 そうして、子守唄を歌いながら、歩こう。遠き日の偉大なあの人のように。
「どうしてこうも、安いのかねぇ。」
「着物でも着てくれば良かったよ。」
「この着物、いったい幾らなんだい?」
「一文五銭でどうだい。」
「いや~、はったりだねぇ。七文五十銭ならどうだい?」
「値に色をつけるとは、生意気だね。気に入った!買おうじゃないか。買わせてくださいよ。野坂昭如が売ろうって言ったってさ。買わせて頂戴よ。これが、僕のポリシー。うまいこと言った。うまいことやりやがったねぇ。」
 本当のあなたは、もうこの世の者ではないのかもしれない。仮初めの洋服を着る、裸の王様なのかもしれない。
 それにしたところで、この世にいる間は、この世に合わす顔を見せよう。
 偉そうに書いたところで言の葉はいついつの日も無力なの。
 いくらほざいたところで。 
紅と白 小笠原寿夫

Entry2
ごはんは、おいしく
ごんぱち

 硫黄の煙と共に、悪魔のヘッテルギウス氏が現れた。
 白いスーツの紳士然とした美しい風体で、僅かに牙と角が見える他は人間と変わらない。
「願いをどうぞ。お支払いの魂に見合った、あらゆる願いを聞き届けましょう」
「お、おう」
 人間は魔道書を握ったまま、唾を飲み込む。
「妻……妻の、料理の腕を、人並み程度に上達させてくれ。対価は、私の死後の魂だ」
「ふむ?」
 ヘッテルギウス氏は首をかしげる。
「あなたの奥様は、お料理上手ですよ。それは願いとして成立しません」
「そんな筈はない、彼女の料理は、彩りに絵の具や青銅を使ったり、米を洗うのに苛性ソーダを使ったり、健康を害するレベルの下手さだ! そして、私が自分でやると言うと、自分の仕事を奪うのかと大いに悲しみ、先日は投げた包丁で耳が落ちかけたぐらいだ」
「奥様は、あなたへの料理とご自分のを分けていらっしゃいましたね?」
 ヘッテルギウス氏は、ポケットチーフを左手にふわりとかけて、さっと取り去る。きんぴらゴボウが盛られた小鉢が現れた。
「奥様が、ご自分用に召し上がっているものです。見覚えございますでしょう?」
 人間はきんぴらゴボウをつまんで口に入れる。
「……う、うまい?」
「奥様は、あなたと同じ物を一度だって食べていないのです」
 ヘッテルギウス氏はにたりと笑う。
「あなたに健康を害する料理とも言えない物体を喰わせた先の、奥様の企て、そうさせた相手。さて?」

「……スプラッター」
 地獄の四丁目のバーで、カウンターのヘッテルギウス氏は、座るなり注文を出す。
 バーテンダーのニスシチは、フルート型のシャンパングラスに、白ワインと炭酸を入れ、メルチョルの魂のパウダーをひとふりして、マドラーで軽くステアする。
「お待たせしました」
 ヘッテルギウス氏は、立て続けに二杯飲んで溜息をつく。
「今回は」
「はい」
「今回は良い感じに世界に憎しみを持てそうな事例だったんだよ」
「そうでしたか」
「それが『自分の方にうまい方の料理を出してくれ』ってなんだよ! そんなので、何割魂が取れるってんだ! 復讐心とかないのか、この去勢された人間が!」

「あ……あなた、ご、ご、ご、ごはんです」
「ありがとう。うん、おいしいよ」
「そ、そう、よ……良かったわ」
「君もおあがりよ」
「え、え、ええ、き、今日は、き、き、きぶ、き、あ」
「食べられるだろう? なぜか」
 男はにっこり笑う。
「悪魔にでも操られているように、さ」
ごはんは、おいしく ごんぱち

Entry3
半夏生ズ
サヌキマオ

 駅前の五差路で信号待ちをしていると、隣に横手の婆さんがついてきて「ね、当たったの?」と聞いてくる。十日ほど前、銀行脇の宝くじ売り場でミニジャンボをバラで十枚買ったのを見られていたのだ。隣人ではあるが、私はこの婆さんが嫌いである。
「ははは当たりましたよ」快活に答えた。婆さんの頬の皺が緩むのを認めてから「六等、三百円です」と言ってやった。これで相手の質問に答えつつ、ちょっとした緊張と弛緩を与える小粋な会話が成立した、と思った矢先婆さんは「ふんてこ!」の言葉を遺して弾け飛んだ。機械には詳しくないが、ずいぶん飛び出た部品が古いのはわかる。もうもうとした煙に濃密な半田の臭いがする。
 そのうち故障を察知して家族の誰かが回収に来るだろう。面倒になる前にその場をあとにする。
 いまだにこの五差路には慣れない。横断歩道で渡れるところと、頭上に放射状に張り巡らされた陸橋を通らないと渡れないところがある。今回は外れで、横断歩道を渡った先で陸橋の登り口を探さねばならなくなる。陸橋を登りきると、横手の婆さんから立ち上っているのであろう煙があたりに充満している。煙が結露を呼んで、今にも降り出しそうな空模様である。えーっと、どこに行くんだっけ。
 目指すものは浄水器のカートリッジである。五年前に引っ越してきたとき、親に「給水塔を通った水はいろいろと危ないから浄水器をつけろ」と言われたのである。かかる費用以外には難癖をつけるところがなかったので従った。しかしカートリッジは半年にいっぺんは替えろと取説に書いてある。浄水器本体についている表示を見ると、間もなく一年が経つ。
 歩道橋横に立っていた地図に沿って歩くと野球場があって、平日昼間というのに試合をしている。ショートは猫、センターとレフトも猫。ライトには人が立っているようだったが、猫を使うくらいだからカーネルサンダースの置物かもしれない。カキーン、と球を打つ小気味のいい音がする。一塁を回って二塁に向かってきた打者は途中で「ぽん」と甲高い破裂音と煙を遺し、勢い余って前のめりに倒れた。ショートで香箱を組んでいた猫が慌てて逃げていく。

 結局浄水器のカートリッジは買わずに帰ってきた。本体の型番をメモし忘れたのである。
 隣の家の生け垣をひょい、と覗くと横手の婆さんが庭に転がされている。
 これで三日もすると修理されて元通り徘徊するものだから、存外丈夫なものである。
半夏生ズ サヌキマオ

Entry4
アイスキャンディ
moon

見慣れたはずの道の先がぼやけて何も見えない。まるで異世界へ繋がる入り口に向かっているようだ。
格好良く言ってみればちょっとはマシな気分になるかと思ったけど、見ているだけでうんざりする。そんな陽炎がユラユラするほどの暑苦しい昼下がり。
真っ黒な服は太陽を一身に集めるから余計に暑く感じる。
灼熱地獄の坂を自転車で思いっきり下る。
ユラユラした中に古びた駄菓子屋を見つけた。
もう、無理だ。どこでも良いから少し休みたいという誘惑に勝てずに自転車から乗り捨てて、その店の扉を開けた。

扇風機だけが細々と回っている店内は外と変わらないくらいのムッとした熱気が漂っていた。でも、直接太陽が照りつけてくる外よりは幾分マシだ。小さいころ好きだった懐かしい菓子がたくさん目の前に並んでいる。
私の家の近くにも駄菓子屋があって、20円しかポケットに入ってなかった私はいつも真剣に2つお菓子を選んでいた。
あぁ、大好きだったチューイングガムも今ならどれだけでも手に入るのか。
そんなノスタルジックな思い出に浸りながら店内を見渡すと、いや、入ってすぐに目に入っていた「アイスキャンディ」を手に取って、暑そうにしきりに汗を拭くおばあちゃんに渡す。
「はい、ガム2つとアイスキャンディーで70円ね。」
店先のたった一つの青いベンチに座ってアイスキャンディを頬張る。口に広がる冷たさと甘さに痺れるけど、じりじり照りつける太陽もアイスキャンディに手を伸ばすから、アイスキャンディはポトポト落ちてうっかり私のスカートに染みを作る。
もう、すぐに溶けるんだから。

優しい色のアイスキャンディは私の口内に幸せな甘さを残しながら、すぐに溶けてなくなってしまう。
アスファルトに落ちたアイスの染みはジリジリした太陽の前では何事も無かったかのようにもう跡形も無くなっている。
貴方との恋はアイスキャンディのようだった。
燃え上がるほどの太陽の中で刹那的な甘さを与えてくれた貴方はすぐに溶けて私の前からいなくなってしまった。
ぼんやりして何も見えない道の先にも貴方がいないことだけははっきり分かる。
貴方を失ってからまだ2ヶ月もたってない。
アイスキャンディはとうに無くなってしまったはずなのにポトポトと私のスカートに染みが出来る。
強がりたい私はつぶやく。
道の先がぼやけて見えるのは陽炎のせいだ。アイスキャンディを食べるたびに思い出す切ない夏の恋物語。
アイスキャンディ moon

Entry5
妾撃賊
今月のゲスト:渋川玄耳

 山東の青州城の西、某という富貴の大家たいけに、婉麗な妾をおいてあったが、嫉妬深い本妻は、いつも此の妾をいじめてむちちなどするのであったが、妾は少しも逆らわず、いよいよ身をつつしんで何事も唯々はいはいと服従していた。
 主人は妾を憐んで、折々人の居らぬ頃を見計らっては、やさしく慰安の言葉をかけた。しかし妾は一度たりとも怨みがましい言葉を口に出したことがなかった。
 ある夜、数十人の盗賊が、かきを乗えて闖入した。しつの扉をどんどんと撞いて今にも壊れそうになった。主人も妻も、慄えおののき、周章狼狽するばかりで何の役にも立たなかった。
 その時妾は黙したまま、燈火の消えた屋内を手探りに探り歩いて、ようやく手頃の棒を一本探がし当てた、それを小脇に掻込んで、戸を開けて庭先へ躍り出た。其の勢に賊共は浮足立って逃げ出した。妾は棒を風車のように振舞わして追っかけ、逐いつめ、見る間に五六人薙仆なぎたおした。盗賊共はいよいよ呆れて、我れ先きに争って逃出したが、急に牆を乗踰え兼ねて、躓くやら転げるやら、上を下へと混乱するばかりで、気も魂も身に添わぬ狼狽の体を妾は棒を杖に笑いながら、「命は助け遣わすに依って速かに退散せよ」と、牆の外に放してやった。
 物陰から仔細を覗き見していた主人は、妾の手練に驚いて、「お前にあれほどの腕前が有ろうとは、今の今まで知らなかった、一体どうしてあのような事が出来たのじゃ」と尋ねたところ、
わらわの父は、槍棒そうぼうの教師でございました。そして妾は父からその奥義を授かって居ります。それ故あのような鼠賊共百人ぐらいは相手に致すにも足りませぬ」
 と語ったので、主人の驚きは勿論、妻は一層驚いて、これまで見分けがつかなかったことを後悔して、其の後はやさしく親切に待遇するようになった。妾は其後も相変わらずつつましく事えるのであった。
 近隣の婦人達が当夜の事を聞伝えて、其の中の一人が此の妾に、
あなたは数十人の盗賊を、豚や犬を追散らすように追払われたそうですが、それだけの力量が有りながら、どうして平生無理な打擲を甘んじて受けて居られましたか」
 と問うた。すると妾はただ一言、
「それは身分が違いますから」と答えた。
 このことを聞伝えて、実に賢婦人であると褒めない者はなかった。