ふわんたじあ
今月のゲスト:辻潤
日曜の午後らしい。座敷の中は薄暗かった。門には見事な松が生えている。坂の途中の家で、門の前には子供が沢山群れている。みんな幼稚園の生徒と云った感じだ。
私はなんと云うこともなくその家の座敷にツカツカとあがってしまった。どこからか女の泣く声がする。子供の父兄らしい人達がなにかしきりに罵り合っているのだ。しかし子供たちの方は一向平気で歌を唄ったり、毬をついたり、お手玉をとったりしているのだ。
私にはその家が日曜学校であることがわかった。しかし、基督教の牧師の家だと云う感じは少しもしないのだ。
ひとりの背の低いチャンチャンコのような物を着た一向に風采のあがらない四十格好の男がしきりに平身低頭して父兄達になにか弁解しながら謝っている。
見るとそれは私の親友のIなのだ。彼は非職海軍大佐で、ながらく印度や波斯を放浪していた人だが、地上に於ける一切の「革命」というものに幻滅しきって、再び故郷にかえり小さやかな今の家をかりて幼稚園をひらいているのだと云うことが私にわかってきた。
門前に群がっている子供達の声もいつの間にかパッタリ止んで聞こえなくなり、罵り喚いた父兄達もいつの間にか帰り、薄暗い座敷の中にIと私だけが残った。
“ What is the matter with you? ”と私は英語で話した。私は彼と話す時は御互に英語をまじえて話す習慣を持っていた。
――なんでもないんだよ――つまりあれが原因さ――あれだよ――あれだよとIはうす気味の悪い微笑を浮かべて傍を指さした。
私は今まで気付かなかったが、彼の注意によって指差された方を見ると、座敷の隅の方になにか箱庭のようなものが見えた。
この時、奥の方から一段高く「ワアッ!」と声を張りあげて巨大な女が私の前にまろび出して、いきなり私の足に齧じりついて、あたりかまわず泣き叫ぶのだ。
Iは「もういい泣くんじゃないよ」と困惑したような表情をしてしきりと巨人の背中を撫でさするのだ。彼女がIの同棲者のHであることは云わずとも私にはわかった。
――これがあんなものを拵えたのでね、それでわからずやの父兄達の御機嫌を損じたわけさ――
箱庭がなぜわるいのか私にはわからなかった。しかし、私はじっとそれを凝視しているうちに何時の間にか慄然としたのだ。
それには如何にも巧に拵えられている箱庭には相違なかった。しかし、それは紛うかたもない墓場の縮図なのである。白い破れた提灯、シキミの花、線香、卒塔婆の類が混然として浮みあがって来た。
――これはいけない――と私は心の中で思った。黄昏の色が次第に濃くなってきた。Iは愁然としてうなだれている。女はなおもうつぶせになって歔欷しているのである。