まずちくわである。ちくわは怒り心頭に達していた。練り物である。グチという魚で出来ている。ここが大きな問題であった。話の都合上、登場するグチに名前をつける。グチに名前があるものかとも思うが、便宜上、サンマ、ミシン、ちりとりとする。学名Pennahia argentata、東シナ海に産湯をつかった幼馴染同士である。
サンマとミシンは恋仲であった。いくどとなくミシンの生んだ卵に精子をかける間柄であった。子供は次々に生まれ海中に満ち、大半は他の魚の滋養になった。自分たちの兄弟もずいぶんと子を成すまでに消えていった。そうした意味では、三匹とも生き物としての役目を果たす意味で運が良かったと云えるだろう。
さて、問題はここからだ。あるうららかな春の日のことだ。うららかなのは日本だったので彼らには関係がないが、サンマが今日も今日とて射精に勤しんでいると、どうも様子がおかしい。なにかこう、やってやったという達成感が生まれないのである。どうしたことであろうか。
単純明快な話だ。ミシンの卵はすでに受精していたのである。サンマはしばらく呆然と鰓に海水を通していたが、やおら泳ぎだした。ミシンを探しに出たのである。果たしてミシンは見つかった。いつもと変わらぬ様子で海底の岩肌に身をなじませている。やや距離があって数匹のグチがなんとなくたむろしている。サンマにはピンとくるものがあった。あすこの連中の、あいつに違いない。サンマはちりとりにむかって真直ぐに泳いでいった。姦淫非道の間男野郎をこの地から叩き出さねばならぬ。
と、その時であった。今まで聞いたこともないような轟音が近づいてきたかと思うと、あたりの風景が一つの方向に引っ張られていった。さんまもちりとりもミシンも巻き込んで、一同、海面に引きずられていった。水がどんどん温まっていく。
悲しい話であった。地上に引き上げられた彼らは鱗を剥がれ解体されすり潰され、骨は打ち捨てられ、なにもかもかき回され分けられ整形され火を通され袋に詰められて並べられた。愛するミシンも憎らしいちりとりも何もかも混ぜあって、30%OFFのシールを貼られて東京の片隅でひっそりしている。
あああこんな不条理があっていいものか。こんな不条理は携帯電話の二年契約縛りに匹敵する。
憤怒が頂点に達したちくわはおもむろに身を捩らせると、中に仕込んであったきゅうりの細切りをスポーンと発射して、また静かになった。