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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage4
第11回バトル 作品

参加作品一覧

(2018年 11月)
文字数
1
サヌキマオ
1000
2
ごんぱち
1000
3
井原西鶴
1445

結果発表

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印度象 in 土蔵
サヌキマオ

「で、どうだった」
「どうもこうも」
 刑事課にはヤマさんしかいなかった。ヤマさんは僕の教育係でもあった大ベテランだ。
「通報の通りです。成体の象が、たしかに詰まっていました」
「印度象なあ」
 興味を失ったのか、ヤマさんはあんドーナツを指でつまむと無精髭の口に押し込んだ。背後からの視線で「お茶かなにかを持ってきて欲しい」というメッセージを感じるのだが、無視して自分の席につくと、やれやれといった趣で席を立った。
「それで、どうすんの」給湯室から声がする。
「どうしますかね、土蔵の入り口からは当然象が出そうもありません」
「……アレかな、アイヌの方の、子グマのうちに檻に入れて育ててると、大きくなって身動きが取れなくなる、みたいな」
「その線も考えましたけど、そういうのではなさそうです。昨日、気づいたら象がいたんだとか」
「昨日? いきなり?」
「ええ、それで出そうにも出ないんで通報したと」
「昨日今日入ってたんなら、どこかに象の出入りする穴があるだろう」
「無いんですよ。土蔵ですから」
「土蔵って、あの土蔵かい?」
「江戸時代からあるものらしいですが、今も現役で物置に使っているそうです」
「厄介なことだ」
 ヤマさんは頭を掻こうとして、指先に砂糖がついているのに気がついた。舐めてから改めて頭を掻いている。
「方法がないことはないんですよ? 象を殺した上でバラバラにして部品ごとに外に運び出す」
「乱暴だなあ、そりゃあ殺象罪で現行犯逮捕だ。わははは」
「冗談だとしても、乱暴でも問題解決の可能性としては、アリですよね」
「だがなぁ、そもそも、どうやって象が中に入ったかがわからんとなぁ」
「そういうのは、いいんです。我々の任務としては、土蔵の象をどうにかする、ここだけがクリアできればいいんですから」
「まぁ、そうではあるけれども」
「なるべく土蔵の中を荒らさないように、象をまず眠らせて、しかるべき致死処理を行う。関係各所、まずはどこから当たりますかね――」
 と、電話がなった。ヤマさんが出る。しばらく離していると、ずいぶん陽気な声を出している。
「おい、象、いなくなったってさ」
「どういうことです?」
「俺も説明を聞いていてよくわからなかったんだけどな、象のいる側が土蔵の外だったらしいんだ。つまり、象はふらりと土蔵の前に立ち寄っただけ、と。お前、わかるか?」
 なるほど、と無意識に口から出た。確かに問題は解決したが、これでいいのか。
印度象 in 土蔵 サヌキマオ

数字
ごんぱち

 医師が母に数字をつけた。
 絶対的な物ではないとか、症状の程度を表すものではないとか、色々言っていたが、結論としてアルツハイマー型認知症という言葉が出た。

 病院を後にし、バスから地下鉄に乗り替える。
 ゴムタイヤを履いた地下鉄は、この街に独特なものだ。不規則で甲高いブレーキ音をぼんやりと聞いていると、脳の細胞が震えて鳴き声を挙げるイメージが浮かぶ。
 リアルな脳細胞ではなく、絵本のような擬人化されたそれ。
 母に絵本を読み聞かせて貰った記憶はおぼろげだ。自分でページをめくっていた記憶ばかりが出て来る。その時によく読んでいたのは『からすのパンやさん』だったか。
 母はよく「人に数字を付ける事が間違っている」と言っていた。
 もっと人として大事な何かがある、と。
 同じ口で、父の持ち帰る数字をなじった。
 何となくそれっぽい事を言ってみたかった、そういう不用意な口のきき方をする人だった。

 地下鉄から降り駅前の繁華街を抜けて、ブロック一つ跨いだ場所に、病院で聞いたケアマネ事業所はあった。
 五階建ての小さいビルの二階。役所とは少し違うらしい。
 対応した四〇絡みの男のケアマネージャーに、母の事を話す。

 ――人としての大事な何か。
 それが脳から生じる物だとしたら、母の脳細胞が編み出すそれは、どれほどになっているだろう。
 医師が言った数字ほどに、落ちているのだろうか。
 むしろ、反比例して増すのだろうか。増していたとして、どうだと言うのか。
 汚れた下着に、誰が気付くのか。
 風呂をいやがり暴れるのを、どれほどの力で押さえるのか。
 警察からの連絡を受けて、何度迎えに行くのか。
 後何回、何時間、幾ら、いくつの数字が私たちの家族から差し引かれて行くのか。

「――お話し伺う限り、骨や関節というより、認知症で歩行機能低下した状態でしょう。最終的には、寝たきりになってしまう事も理解しておいて下さい」
「あの……」
 ケアマネージャーに尋ねる。
「なんでしょう?」
「数字を付けたら、母はどうなります?」
「長谷川式で七点だったようですが、要介護度なら3から4の間ぐらいに収まるんじゃないですかね」
 また数字が付いた。
 私が伝えた数個のエピソードだけで、事も無げに。

 母に数字があって。

 上があり。

 下がある。

 相談を終え帰途についた。
 契約書類を納めた封筒を、バッグに押し込む。
 地平まで広がる曇り空から、白い雪片が落ち始めた。
数字 ごんぱち

家の入札
今月のゲスト:井原西鶴
高柳淳之介/訳

 用心したまえ、国には盗人、家にはネズミ。後家には入婿急いじゃならぬ。
 今どきの仲人、タダで骨折りはしてくれず、持参金の一割づつ取るという。嫁婿は一生一度の大商い、この損は取り返しのつかぬものなれば、よくよく念を入れるがよし。世の中のふうを見るに、何でも分際よりは見かけを良くし、嫁取る息子のあるうちでは、家も新築、道具も買い入れ、下女や下男も置いて富貴に見せかけ、そしてよい嫁見つけて持参金を儲ける計りごと、せずともよいのに送り迎えの籠乗物、一門縁者の奢り比べ、無用の金が掛かりて遂には雨の洩る屋根も葺けずという有様。それからまた娘の方でも自分に過ぎた婿を望み、あれこれと探してみるに、諸芸すぐれて小鼓つづみを打つというので、調べてみれば鼓打ちではなく博打打ち、若い人だといえば傾城けいせい狂い。男がよくて商売上手、世間に疎からず親孝行、人に憎まれず、そして娘をなめるほど可愛がってくれる様な、そんなよい婿、かねや太鼓で探したとてあるはずもなく、うえつ方でも不祥はあるもの、ましてしもつ方の我々同志、十に五つは見許して、小男なりとも、ハゲ頭なりとも、商い上手で親の譲りを減らさぬ様な人なら縁組すべし。あれは何屋の婿殿と御節句に袴肩衣かたぎぬつけて、金ごしらえの小脇差、後から若い者がお供するような当世男を娘の母様は喜ぶけれど、それも破産すれば着物も刃物も人手に渡る、何でもそんな浮いた考えは起こさずに、琴を引くより真綿を引き、伽羅の煙より薪が煙らぬ様に炊くがよし、そして何より似合いの夫婦が一番良い。
 かく世間はみな偽りの世の中に、奈良の春日に白木綿の問屋で松屋というがあった。昔は今の秋田屋にも勝るほどの世盛り、毎日酒のんで毎日刺身食って栄養栄華に暮らしたものだがその家次第に衰え、それに旦那は四十で若死に、そして借金を大分に残して譲ったという。人の身代というものは死んでみねば分からぬものぞかし。
 この後家、今年三十八歳で小作りの女、きめ細かに色白くちょっと見れば二十七八、人好きのする当世女房、跡を忘れてまた再縁でもしそうであったが、小さな子供が一人あるので世間に疑われぬよう髪を切り、白粉やめて紅つけず、それで男模様の着物きて細帯しめて、才覚男に勝れども女一人では百姓も出来ず、柱が腐っても根継ぎは出来ず、何時となく屋根からは雨が洩り、庭は荒れて草しげり、ひょっとしたら裏庭で鹿でも鳴き出しそう、まず女一人では世は立てかねると見えるぞよ。それだから亭主が死んだら過分の金銀ある者も女の親類意見して、まだ若い盛りの後家に無理矢理に髪を切らせ、心にもなき仏の道をすすめ、命日忘れず弔わせる様するけれども、それでもとかく浮名は立つもの、遂には若い亭主がいつしか出来る、こんなのに比べて見れば、たとえ庭で鹿が鳴こうが、あの松屋の後家は感心なものと人々賞めぬものはない。しかし旦那から残された借金は五貫目、それに家を売っても三貫目に売れるかどうかも怪しいもの、それを松屋の後家さん町中をなげき、この家をくじ引きにて売ることに頼み歩いた。
 誰でも銀四匁出せばくじ一本引かれ、そして当たった人へは家を渡すという訳なので、我も我もとくじを買い、そのくじ数三千本、またたく内に売れてこの売上高十二貫目、そのうちで五貫目の借金払って、残った七貫目を資本として、落ちぶれた家を再興し人に羨まるる分限者ぶんげんしやになったという。
 それから売家のくじに当たったのはある家の女中で、たった四匁で大きな家持ちになりました。あれもめでたし、これもめでたし。