Entry1
印度象 in 土蔵
サヌキマオ
「で、どうだった」
「どうもこうも」
刑事課にはヤマさんしかいなかった。ヤマさんは僕の教育係でもあった大ベテランだ。
「通報の通りです。成体の象が、たしかに詰まっていました」
「印度象なあ」
興味を失ったのか、ヤマさんはあんドーナツを指でつまむと無精髭の口に押し込んだ。背後からの視線で「お茶かなにかを持ってきて欲しい」というメッセージを感じるのだが、無視して自分の席につくと、やれやれといった趣で席を立った。
「それで、どうすんの」給湯室から声がする。
「どうしますかね、土蔵の入り口からは当然象が出そうもありません」
「……アレかな、アイヌの方の、子グマのうちに檻に入れて育ててると、大きくなって身動きが取れなくなる、みたいな」
「その線も考えましたけど、そういうのではなさそうです。昨日、気づいたら象がいたんだとか」
「昨日? いきなり?」
「ええ、それで出そうにも出ないんで通報したと」
「昨日今日入ってたんなら、どこかに象の出入りする穴があるだろう」
「無いんですよ。土蔵ですから」
「土蔵って、あの土蔵かい?」
「江戸時代からあるものらしいですが、今も現役で物置に使っているそうです」
「厄介なことだ」
ヤマさんは頭を掻こうとして、指先に砂糖がついているのに気がついた。舐めてから改めて頭を掻いている。
「方法がないことはないんですよ? 象を殺した上でバラバラにして部品ごとに外に運び出す」
「乱暴だなあ、そりゃあ殺象罪で現行犯逮捕だ。わははは」
「冗談だとしても、乱暴でも問題解決の可能性としては、アリですよね」
「だがなぁ、そもそも、どうやって象が中に入ったかがわからんとなぁ」
「そういうのは、いいんです。我々の任務としては、土蔵の象をどうにかする、ここだけがクリアできればいいんですから」
「まぁ、そうではあるけれども」
「なるべく土蔵の中を荒らさないように、象をまず眠らせて、しかるべき致死処理を行う。関係各所、まずはどこから当たりますかね――」
と、電話がなった。ヤマさんが出る。しばらく離していると、ずいぶん陽気な声を出している。
「おい、象、いなくなったってさ」
「どういうことです?」
「俺も説明を聞いていてよくわからなかったんだけどな、象のいる側が土蔵の外だったらしいんだ。つまり、象はふらりと土蔵の前に立ち寄っただけ、と。お前、わかるか?」
なるほど、と無意識に口から出た。確かに問題は解決したが、これでいいのか。