阿弗利加象煽り加増
サヌキマオ
爽やかな秋の日のことであります。赤井御門守様がご家来衆を五人も連れて、目黒不動参詣をかねての遠乗りにでかけました。
「ずいぶん遠くまで来てしまったのう」
今の東京は違って、江戸では少し中心部を離れるとだだっ広い野原が広がっています。天を突いてそびえ立つバオバブの木。群なして往くオグロヌー。ここはサバンナ。
「ベクナイ、ここは何処であるか」
「はて……恐れながら、少々遠出が過ぎましたな。そろそろ馬を休ませませんと」
左様かと見渡すと、ちょうどよく池があります。足の長い桃色の鳥が真ん中でじっとしている。
「ベクナイ、あのような鳥が屋敷の庭におったら自慢になろうの」
「恐れながら、今日は遠乗りの予定ゆえ弓矢の支度がございませぬ」
休ませた馬が草を食うのを見ていますと、殿様も段々と腹が減ってまいりました。普通であれば目黒不動近辺に馴染みの茶店があるのですが、こう道に迷っては仕方がありません。ご家来に命じて食べるものを探させますが見つからない。苛立っておりますと、近くの農家から肉を焼くいい匂いが漂ってきました。この際なんでもかまわん、と話をつけに行くと、家来の中に運良くカルチャースクールでスワヒリ語を習っていたものがありまして、何とか農家のおじいさんに頼んで象の足を譲ってもらうことができました。借りた包丁で皮を剥ぎ、出てきた肉を炙ると香ばしい匂いがします。家臣の毒味もそこそこに、お殿様が木の枝を箸代りにして頬張る頬張る。
「これはいかに、珍味である」
お殿様は、生まれてはじめての象の肉がすっかり気にいられたようです。お腹が空いていたことも合わさって忘れられない味になってしまいました。
腹が満たされれば、あとは帰る道を探すしかありません。単純にいま来た道を戻ればいのでしょうが、そう簡単であればそもそも迷わないのが人というものでございます。先だって象の肉をもらった農家の老人に聞いても「ここはガピーアピー(精霊の水浴場)だ」としか申しません。とうとう日がとっぷり暮れてしまう。しかたなく火を起こしまして、残っていた象の肉を削いで食べる。鴉カァで夜が明けてまた帰り道を探す。とうとう三日目の午後、上屋敷から依頼を受けましたサバンナ警備隊と巡り合いまして、無事帰城となりました。
その間、ずっと象の肉が腐らぬよう、蝿がたからぬよう三日三晩扇ぎ続けた小姓の範丞が晴れて二十石御加増という、おめでたいお話。