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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage4
第12回バトル 作品

参加作品一覧

(2018年 12月)
文字数
1
サヌキマオ
1000
2
ごんぱち
1000
3
竹久夢二
854

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阿弗利加象煽り加増
サヌキマオ

 爽やかな秋の日のことであります。赤井御門守様がご家来衆を五人も連れて、目黒不動参詣をかねての遠乗りにでかけました。
「ずいぶん遠くまで来てしまったのう」
 今の東京は違って、江戸では少し中心部を離れるとだだっ広い野原が広がっています。天を突いてそびえ立つバオバブの木。群なして往くオグロヌー。ここはサバンナ。
「ベクナイ、ここは何処であるか」
「はて……恐れながら、少々遠出が過ぎましたな。そろそろ馬を休ませませんと」
 左様かと見渡すと、ちょうどよく池があります。足の長い桃色の鳥が真ん中でじっとしている。
「ベクナイ、あのような鳥が屋敷の庭におったら自慢になろうの」
「恐れながら、今日は遠乗りの予定ゆえ弓矢の支度がございませぬ」
 休ませた馬が草を食うのを見ていますと、殿様も段々と腹が減ってまいりました。普通であれば目黒不動近辺に馴染みの茶店があるのですが、こう道に迷っては仕方がありません。ご家来に命じて食べるものを探させますが見つからない。苛立っておりますと、近くの農家から肉を焼くいい匂いが漂ってきました。この際なんでもかまわん、と話をつけに行くと、家来の中に運良くカルチャースクールでスワヒリ語を習っていたものがありまして、何とか農家のおじいさんに頼んで象の足を譲ってもらうことができました。借りた包丁で皮を剥ぎ、出てきた肉を炙ると香ばしい匂いがします。家臣の毒味もそこそこに、お殿様が木の枝を箸代りにして頬張る頬張る。
「これはいかに、珍味である」
 お殿様は、生まれてはじめての象の肉がすっかり気にいられたようです。お腹が空いていたことも合わさって忘れられない味になってしまいました。
 腹が満たされれば、あとは帰る道を探すしかありません。単純にいま来た道を戻ればいのでしょうが、そう簡単であればそもそも迷わないのが人というものでございます。先だって象の肉をもらった農家の老人に聞いても「ここはガピーアピー(精霊の水浴場)だ」としか申しません。とうとう日がとっぷり暮れてしまう。しかたなく火を起こしまして、残っていた象の肉を削いで食べる。鴉カァで夜が明けてまた帰り道を探す。とうとう三日目の午後、上屋敷から依頼を受けましたサバンナ警備隊と巡り合いまして、無事帰城となりました。
 その間、ずっと象の肉が腐らぬよう、蝿がたからぬよう三日三晩扇ぎ続けた小姓の範丞が晴れて二十石御加増という、おめでたいお話。
阿弗利加象煽り加増 サヌキマオ

そして饅頭も
ごんぱち

 ドアがノックされた。
 ……ノック?
 ドアホンを付けている筈だが、一体どうした事だろう。
 ドアミラー映像を携帯端末で見る。
 スーツを着て、やや色の入ったメガネをかけた男。
 頬の二本線のマーキングに、端末画面が矢印をかぶせる。タップすると、吹き出し画像が開き「人間型機械 識別番号R-1192296 藍川県所属」と表示された。
 男ではなくロボットだった。
 ドアの鍵を開けると、ロボットはお辞儀をした。
「おくつろぎの所、申し訳ございません、石田様」
 ロボットにこういう仕草を仕込むのは人を馬鹿にしているが、それでトラブルが減ったというから、人間も単純なものなのだろう。
「何か御用ですか?」
「政府の推進する尊厳保護プログラムによって派遣されております」
「なに? よく聞こえなかった」
「役所の福祉政策の一つで、プログラムに参加された高齢者の方を訪問しております」
「じゃあ老人のところに行ってくれ。私はこれから仕事なんだ」
 対象を間違えるとは、どうやらこのロボットは壊れているらしい。
 壊れたロボットと話をしてもらちがあかない。
 なにしろ今日は仕事に行かなければならないんだ。もう……仕事に行かなければならない時間だ。
 準備をしなければ。
 スーツはどこだ? バッグは? 財布は、定期は? どこだ?
「こんにちは、石田さん」
 もう一人の声がして、今度は女が入って来た。
 これは、なんとか言う人だ。見覚えがある。
「ああ、先生。こいつを何とかしてくれ、壊れているらしいんだ」
「そうでしたか」
 女は会釈してロボットに向き直り、「こちらへ」と手を引いて出て行った。
「石田さんも、そろそろ夕飯ですから、食堂に降りて下さいね」
 そうか、夕食か。

 施設のスタッフルームで、介護士の女はロボットにお茶を出す。
「ありがとうございます、白川さん」
 ロボットは茶をすする。五年前から採用されたこのモデルは、人間が行えるコミュニケーション手段は全て持ち合わせている。
「どうでした?」
「非該当です。今の心は、間違いなく生きたいと考えていますから」
 ロボットはバッグから封筒を出し中身を開く。文面は『尊厳保護に関わる同意』とあり、署名と押印がされていた。
「またですか」
「それを確認する為の、我々です」
「――幸せなのでしょうかね」
 女は呟く。
「幸せや楽しみは」
 ロボットは湯飲みを見つめた。
「お茶の一杯からでも、感じられるものではありませんか」
そして饅頭も ごんぱち

時計
今月のゲスト:竹久夢二

 1
 鳥瞰図的に世間から見たら、それは到底纏まらぬ縁であったのだ。彼は初婚ではなかったし、彼女は一人娘であった。しかし、恋する者はそんな事情は考えの外においた。いや、そういう世間的な事情が、却って二人の愛情をせつないものにして、一層寄添わせたのかも知れなかった。そのうえ、彼女は二年越しの病気で、彼と三年近くも世間にかくれて(その実は、彼女の師匠の心添えや、彼の友人達の親切によって半ば公然ではあったが)同棲したK市の病院から、東京の彼女の生家へ、間もなく引き取られる手筈になっていた。
「こうしてゆっくりお話出来るのも、もうあと一週間ね」
 彼女は枕の位置をかえて、彼の方へ向きながらそう言った。彼はそれを考えるのを好まなかった。生家に引取られてしまえば、気まずい思いをせずに、彼女を見る機会はとても得られそうもなかったから。
「恋する者にとって一週間といえば永遠さ」いささか芝居の文句じみると思ったが、彼は、元気よくそう言って笑った。
「ほんとうにそう思って下さるの?」
 そこへ看護婦が、花の水を入れ換えた花瓶を持ってきて、枕元へそれをおいた。看護婦がしずかに室を出てゆくと、彼女は、待っていたように彼の方を見あげて、
「あたしね。時計がほしいのよ」
 と、子供がおねだりをする時のような、甘えた頬笑みをしながら言うのだった。

 2
 彼女のこの思いつきは、何か彼を悲しくした。彼はしかし、すぐに黒船屋の店へいって、唐草模様の彫刻を施した薄手の時計を買ってきた。
 静かな冬の夜の枕元で、時計は、侘しげにチクタクと鳴るのであった。
 二人は黙ってそれをきいた。彼女の頬をしずかに涙が流れた。

 3
 東京の生家に帰ってから三月目に、彼女は神に召されていった。
「午後九時二十五分」彼女の家族のうちで、一番彼に好意を持っている彼女の従弟が、臨終の間に合わなかった彼に、電話で知らせてよこした。

 4
「かたみ」として彼に送られたその時計は、やはり「九時二十五分」でとまっていた。それは人意か、自然か、彼はそれについて考えることを恐れた。