追分の古駅
今月のゲスト:田山花袋
今はどうなっているであろうか。あの大きな油屋の家はそのままになっているであろうか。戸は堅く閉められ、壁は落ちるに任せ、庇は破るるに任せてあるであろうか。あの品の好い老婦はやはり下の一間二間をしきって静かに暮しているであろうか。あの奥の間には夏はやはり好奇の避暑客が一組か二組来ているであろうか。
それは西鶴の一代男の中にも出ている追分である。昔は殿様の行列や旅客や雲助の陸続として通った追分である。中仙道と北陸道とのわかれ路、女の涙、男の涙はいかに多くそこにそそがれたことであろう。馬の鈴の音、朝立の旅客の音……何もかもみな過ぎ去ってしまった。
私は御代田から馬車を雇って、その荒廃した有名な本陣油屋の家の残っているのを見に出かけた。交通の絶えた町はすっかり荒れて、新しい家などは一軒もなく、壁は落ち庇は破れたような家屋ばかり、昔の賑やかな宿場はすっかり山村となってしまっているのを私は見た。山畠には徒に桑の樹が植えてあった。
『え、どうか見て下さい』
こう言って、その品の好い老婦は私達の前に草履を並べた。
流石に本陣と言われただけあって、大きな大きな家屋であった。広い階段なども昔を思わせた。私達はローマのルゥインでも見るような気分で、塵埃のたまった中を一間一間と見て歩いた。その時分、女郎がいて張店を張ったという室の前に来た時には、『ははァ、そうですかね、ここに女郎がいたんですかね』こう言って深く考えずにはいられなかった。いろいろな戯れの址、悲劇の址、涙の址という気がした。
こうしたルゥインを見せられて、誰か人生の悠久なのを思わずにいられよう。また誰かこうしている自己の時の間に、時という陥穽の中に陥って行くのを思わずに居られよう。私達はただ押し黙って、塵埃の深く積った中を歩いた。
『Dust, all is Dust……』
それにしても、今はどうなっているであろうか。やはりあのままにその家はあるであろうか。崩れて、ないしは倒されて、畠になってしまったであろうか。または新しく建てかえられて、避暑客の大勢行くところとなったであろうか。あの主婦は生きているであろうか。それとも死んだであろうか。あの時一緒に行ったV嬢は既に嫁して、二三人の子の母親となった。S君は遠く海外の都会に行った。志賀村のK君はやはり同じ村にいるけれども、滅多に逢うような機会すらもなくなった。時はすぎて行く。我々をDustにしなければ止まないというようにして、時は一刻一刻にすぎて行く。しかしその時の中に幻影のようになって残っているルゥインのさまの悲しさよ、かつ、寂しさよ。