Entry1
夢オチである、猫の話
サヌキマオ
どうせ夢オチですから、と女は言った。縁側の襖は開け放ってある。庭の松の向こう、金おりがみを貼ったような月の前をコウノトリの群れが赤ちゃんの入った袋を咥えて飛んでいく。月がまばゆいので影がはっきりと見える。しばらく鳥に見とれていると乾いた咳が聞こえるので、また女に向き直る。
女の、仰向けになりながらも厚ぼったい寝間着では隠し遂せないような胸の膨らみが気になった。どんどん膨らんでいく。そんな気がする、ではない。むくむくと女の胸は膨らんでニャアと鳴いた。胸元から顔を出した猫はあたりを見回したあとにずろりと出てきた。猫の抜けた穴にまた別の模様の猫の頭が覗く。錆猫のあとは虎猫、白猫、黄色い猫と続いて女の顔を次々と踏んでいった。地面に降り立っては年末に替えた畳の匂いをふんふんと嗅いだ。
これもまた夢オチなんですか、と問うた。女は答えなかった。黄色の猫が「そうね」と答えた。廊下の電話がりりりりるるりりと鳴る。出てくださる、と女が口を開く。他に誰も出ないので出るしかあるまい。
ひたひたと部屋の隅まで歩く、裸足の冷たい夜だ。廊下に出る襖を開けたところで電話の呼び鈴が途切れた。切れてしまいましたね、とばつの悪そうな声色をしてみたつもりだが本当はそうは思っていない。どうせ大事な電話だろうに、そんな大事な電話に客である自分が出ねばならぬ憤りのほうが大きかった。腹立ち紛れに廊下の先を覗くと、突き当りが玄関で、靴棚の上の水盆に花が活けてある。月の光に照らされて花の輪郭がはっきりと見える。
どうせならここに来なければよかったと思い始めた。女の胸元から生まれた猫たちは三々五々に散らばって、今は錆猫だけが床の間で丸くなっている。るるりるりるる、また電話が鳴る。出ねばなるまい。ふい、と女の方を見やると、電話、出てくれるんでしょ、という顔をしている。今度は意を決して電話にでることにする。玄関の黒電話に向かってぺたぺたと足音がする。今度は首尾よく電話が鳴り続けている。受話器を取る。
「夜分に恐れ入ります」電話線の奥から陽気そうな中年女性の声がする。「奥様にご注文を頂いていたラバギザバテルの件でお電話を差し上げたものですが」
遠くから火事だという声がする。火事。これは夢でも虚構でもない。電話を放り投げて玄関から外に出ると、ボール紙の満月がめらめらと燃えている。幾人ものスタッフが消火器をもってうろたえている。