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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage4
第17回バトル 作品

参加作品一覧

(2019年 5月)
文字数
1
サヌキマオ
1000
2
ごんぱち
1000
3
渋川玄耳
892

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Entry1
夢オチである、猫の話
サヌキマオ

 どうせ夢オチですから、と女は言った。縁側の襖は開け放ってある。庭の松の向こう、金おりがみを貼ったような月の前をコウノトリの群れが赤ちゃんの入った袋を咥えて飛んでいく。月がまばゆいので影がはっきりと見える。しばらく鳥に見とれていると乾いた咳が聞こえるので、また女に向き直る。
 女の、仰向けになりながらも厚ぼったい寝間着では隠し遂せないような胸の膨らみが気になった。どんどん膨らんでいく。そんな気がする、ではない。むくむくと女の胸は膨らんでニャアと鳴いた。胸元から顔を出した猫はあたりを見回したあとにずろりと出てきた。猫の抜けた穴にまた別の模様の猫の頭が覗く。錆猫のあとは虎猫、白猫、黄色い猫と続いて女の顔を次々と踏んでいった。地面に降り立っては年末に替えた畳の匂いをふんふんと嗅いだ。
 これもまた夢オチなんですか、と問うた。女は答えなかった。黄色の猫が「そうね」と答えた。廊下の電話がりりりりるるりりと鳴る。出てくださる、と女が口を開く。他に誰も出ないので出るしかあるまい。
 ひたひたと部屋の隅まで歩く、裸足の冷たい夜だ。廊下に出る襖を開けたところで電話の呼び鈴が途切れた。切れてしまいましたね、とばつの悪そうな声色をしてみたつもりだが本当はそうは思っていない。どうせ大事な電話だろうに、そんな大事な電話に客である自分が出ねばならぬ憤りのほうが大きかった。腹立ち紛れに廊下の先を覗くと、突き当りが玄関で、靴棚の上の水盆に花が活けてある。月の光に照らされて花の輪郭がはっきりと見える。
 どうせならここに来なければよかったと思い始めた。女の胸元から生まれた猫たちは三々五々に散らばって、今は錆猫だけが床の間で丸くなっている。るるりるりるる、また電話が鳴る。出ねばなるまい。ふい、と女の方を見やると、電話、出てくれるんでしょ、という顔をしている。今度は意を決して電話にでることにする。玄関の黒電話に向かってぺたぺたと足音がする。今度は首尾よく電話が鳴り続けている。受話器を取る。
「夜分に恐れ入ります」電話線の奥から陽気そうな中年女性の声がする。「奥様にご注文を頂いていたラバギザバテルの件でお電話を差し上げたものですが」
 遠くから火事だという声がする。火事。これは夢でも虚構でもない。電話を放り投げて玄関から外に出ると、ボール紙の満月がめらめらと燃えている。幾人ものスタッフが消火器をもってうろたえている。
夢オチである、猫の話 サヌキマオ

Entry2
Fの接点
ごんぱち

 夜明けを待って、探偵の四谷京作は、パーティー参加者を独りづつ自室に呼んだ。
 容疑者の一人、半任出州男の番になった。
「――被害者の頃佐連田桧垣男さんの日記には『今日のFMラジオが終わった』とある。この辺りで聴けるFMラジオは、午前〇時三〇分には放送終了する」
 四谷は頃佐連田の日記帳を眺める。
「そうです四谷探偵。その時点までは確実に頃佐連田さんは生きていたという事です。私が彼の部屋から会場に戻った二十三時頃よりずっと後です」
「時に半任さん、このパーティーは、どういうパーティーだったかね」
 半任が僅かに眉をひそめる。
「SMの……愛好家の、パーティーです」
「SM嗜好のうち、被虐趣味、つまり、Mの集まりでしたな?」
 無言で半任が頷く。
「頃佐連田さんは、その中でも特に性向が激しく、自らの身体の欠損さえ引き起こしていた。そういう人々を、フランクには『ドM』と呼ぶね」
「そんな言い方は不快です」
 そっぽを向く半任に、四谷はポケットから出した切り抜きを差し出す。
「これは新聞のラテ欄だが。午後二十二時から、SM愛好家向け番組『ドMラジオ』が十五分間放送されている」
「このFMの『F』の字。なあんか、上の横棒が乱れすぎてちゃいないか?」
 四谷は頃佐連田の日記を手に取り、目を近づける。
「まるで、点線を後で線で繋いだようにさ!」
「!」
「半任! お前は『ドMラジオ』に線を書き足し、『FMラジオ』に見せかけ、アリバイ工作をしていたのだ!」

「こうして事件を解決したこのオレ、四谷探偵は、パーティー主催者から報酬を現物支給されたのだよ、ワトソン近藤君」
「探偵の秘書って理由だけで妙な呼び方しないで下さい、四谷先生」
「これ本革だからかなり高いらしいんだけど試着」
「セクハラで訴えますよ」
「フフ、冗談さ。半任は、こうも言っていたよ。もし頃佐連田がSで、『ドMラジオ』ではなく『ドSラジオ』なら。自分はアリバイ工作を思いつけず、殺害には至らなかったかも知れない、とね」
「そういうものでしょうか」
「全ての犯人が、確固たる揺らがぬ信念で罪を犯したと思うかい?」
「それは、まあ」
「オレの関わった事件の犯人は、戸惑いと焦燥、そして強い恐怖の中で、無我夢中のうちに手を汚した、そういう普通の人達がほとんどだったよ。哀しい程、普通の」
「先生……」
「だから試着」
「くたばrrれ」
「せめてヒールでひと踏み」
「Fuck Yourself!」
Fの接点 ごんぱち

Entry3
胡媚兒
今月のゲスト:渋川玄耳

 唐の貞元年間、揚州の町に乞食をしている女芸人があった。
 何処から来たか判らないが、自分では姓は胡、名は媚兒と言っていた。その女のする事がすこぶる怪異であるから、彼女が物乞いに出ているところには人だかりがするようになった。したがって貰いも莫大になった。
 胡女は懐中から一つの硝子瓶を取り出して前に置いていた。およそ五合入りほどで無論中は透いて見える。立ち囲んでいる人々に向って、
「この瓶に一ぱい貰えば宜しいんです」
 と言っていた。瓶の口はやっと葦の管ほどの狭さであった。
 ある人が百銭を投げ與えた。それは女がその銭をどうするかを見るためだった。女は平気でその銭を拾って瓶の中へチャリンと投げ込んだ。透かして見ると銭は粟粒のように見えた。周囲の人はみな不思議に思った。今度は千銭を與える人が出た。さらに萬銭を與える人も出た。しかしそれらの夥しい銭は相変わらず瓶の底に粟粒のように見えるだけであった。物好きな人があって十萬二十萬という莫大な銭を與えたが同じことであった。馬をやろうと言い出した者もあった。馬は瓶の中に蝿の如く小さくなって歩き廻っていた。
 折から、収税官が役所から数十輌の車を引き出して其処に通りかかり、車を駐めて見物した。ために一時その辺は通行止めになる騒ぎであった。役人どもは、銭でなければあの瓶には入れないのかと思うから尋ねて見た。
「この車をみな瓶へ入れられるかい」
「入れて宜しければ、入れます」
「まア、やって御覧」
 胡媚兒が少し瓶の口をその方へ傾けてその車を大喝すると、多くの車は片端から瓶の中へ入って行った。中ではさながら蟻が這っているように車が続いて動いているのが見えた。そのうちに車は見えなくなった。そうすると今度は胡自身が瓶の中へ踊り込んでしまった。
 車と税金とを攫われてしまって収税官は驚いてしまった。早速その瓶を叩き破って見たが何も出て来なかった。
 そのままこの女の行方は判らなくなっていた。一か月あまり経って、ある人が清河の北でこの女に逢ったが、多くの車輌を宰領して東平の方へ行っていた。
 その時、後に乱を謀って誅せられた李師道が東平にいたのであった。