Entry1
日本庭園にて
小笠原寿夫
「和の心得は、ありますか?」
唐突過ぎる質問に、絶句した。
「いえ、ですからお茶道とか生け花とか。」
その手の質問に、慣れていない私は、
「料理の心得なら、少し。」
という答えを出すのが、やっとだった。
「素晴らしい。どんなお料理を?」
私は、躊躇った。料理といっても、カレーライスか肉じゃがしか出来ない私に、よもすれば、挑戦状にも似た質問だった。
「いえ、母から齧った程度で。」
獅子脅しが、鳴った。
「音楽番組は、見られますか?」
相手は、目を見開いて言った。
「第九が大好きでね。ベートーベンは、交響曲第九番に『運命』と名づけた。それを見極めた貴方は、やはり私と気が合うのかもしれません。」
相手の声が、高らかに成れば成る程、私は俯いた。先ほどの質問に、答えようと思った。
「和の心得というと、日本の風情だとかそういった物にこだわりがあるのでしょうか。」
自分でも、かなり芯を突いた質問の積もりだった。
「見てください。この日本庭園を。ここには、和を催した四季折々が、全て詰まっています。例えば、あの灯篭。灯篭には古来より魔除けの意味合いが含まれていて、それが今の日本にも息づいている。こんなに素晴らしい国に生まれた貴方に会えて私は光栄だ。」
日本人女性なら、数多にいるのに何故、私が国家を代表して、この人の話し相手にならなくてはいけない理由が解らなかった。後で、母に文句八百言ってやろう、と思いながら、笑顔で頷いた。
「光栄です。」
私は、嫌われる覚悟で、質問を捻り出した。
「お笑い番組とかには、興味がないでしょう?」
相手の表情が、少し曇った。
「日本にはね、古来より三河万歳というものがあります。シテとツクリテに別れて、舞と音楽を奏でる。その文化が絶えようとしている事に、私は若干の悲しさを感じます。」
チャンスだ。この人は、笑いを知らない。
「毎年恒例の笑ってはいけないシリーズは、拝見されますか?」
どんどん相手の表情が曇っていく。
「文化というものは無害であるべきだ。しかし笑いという文化には、若干の攻撃性があります。それは、日本のあるべき姿ではない。」
「いえ、質問に答えてください。笑ってはいけないシリーズはご存知ですよね。」
「笑ってはいけないのですか?」
突拍子もない答えに、私は鼻を鳴らした。
「それでは年末は、何をご覧になるのですか?」
「年末は北米で和を広めるビジネスをさせていただいております。」
私は、この瞬間、赤旗を揚げた。