Entry1
ノスフェラトゥ
サヌキマオ
犬を撮っては紙の写真にしてほうぼうへ送っている。犬ならば何でも良かった。近所の犬、美容院で毛を刈られている犬、看板の犬、本物かと思ったら置物の犬、タブレットで見るYoutubeに映る犬、みんな写真に撮って、家のプリンタで印刷して関係各所に送った。何かがそうさせた。自分ではわからなかった。
郵便局に行くと局員には顔を覚えられていて、必ず六十三円のミニレターを九通買う。三通ずつ三ヶ月使う。ついでに二円切手を十枚買う。
二円切手には訳があって、犬の写真を気に入った人があって、いいのがあったら必ず送るようにと八十二円切手をどっさり送ってくれたのだ。ところが今や封筒の切手代は八十四円である。二円余計に貼らねば相手方に届かない。時代は移り変わるが、まだ八十二円切手は五十七枚ある。
ところで、仕事の都合で(不動産屋で働いている)トランシルバニアの古城に行くことになった。はじめての海外旅行だ。バスや電車を乗り継いで、ほうほうの体で夜遅くに闇に蔽われた古城にたどり着くと、城門まで出迎えてくれた今回の顧客であるオルロックという男に、いきなり首筋に噛みつかれた。彼は吸血鬼だったのだ。わざわざ丸一日かけてトランシルバニアくんだりまで来てこの仕打ちである。大変いやになってきた。社長だってこんな目に合うだなんて事前に教えてくれなかった。オルロック氏は長く伸びた犬歯で私の首筋に二つ穴を開けると、吹き出た血をずるずるとすすり始めた。考えてみればそうだ、どうも思い違いをするが、蚊のように管を通してスマートに血を吸ってくれるわけではないのだった。またたくまにワイシャツが血まみれになっていった。いい加減に腹が立ったので私は吸血鬼野郎をグーで殴る。怯んだところを投げ飛ばし、倒れ込んだところを腹に蹴りを入れる。オルロックが呻きながら腹を抱えて丸まったところでようやく落ち着いてきた。これはいったいどういうことだろう、と社に電話すべく携帯電話を取り出す――と視界の隅に巨きな犬が映った。セントバーナードだ。でかい、とにかくでかい。二本足で立ち上がったらゆうに二メートルはあるかもしれない。興奮する。
犬はこちらの様子をぼんやり見ていたが、私が近づくにつれてわさわさと立派なしっぽを振り始めた。撮影フラッシュにもいっさい動じない。涎で口の周りがえれいことになっているが賢い犬だと思った。早く帰って印刷してほうぼうに送りたい。