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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage4
第35回バトル 作品

参加作品一覧

(2020年 11月)
文字数
1
小笠原寿夫
1000
2
金河南
1000
3
サヌキマオ
1000
4
ごんぱち
1000
5
吉江孤雁
1230

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41
小笠原寿夫

 天保10年。征夷大将軍、徳川慶喜は、まだ無邪気な若造であった。最近、所狭しと倒幕運動が起こっているとも、つゆ知らず、慶喜は唯、その役に就いたばかりであった。
 前足から、視線を伸ばしていくと、そこには胴体があからさまに、乗っかっているのだった。胴体には、無数の傷跡があり、いかにも戦を終えた武者の様にも思えるのである。
 爪を鳴らし、走る姿は、更なる戦へと向かう。肉を食み、牙を突きたてた、その仕草は、まさしく獅子であった。
「お主、年はいくつになる。」
扇子を片手に、泣きじゃくる坊にそう尋ねた。
「今年で41になります。」
獅子は呆気に取られ、誠か嘘かを坊の全身を品定めした。
「なるほど。バカボンのパパと年を同じくすると申すな。」
背中から腹にかけて迸る汗で、それでも尚、坊に問い掛けた。
「着いて参れ。」
そこには橋があり、堀を隔てると、見事な城が聳え立っていた。胴体から視線を覗かせると、円らな瞳が、片方だけ見えた。一目合った次の瞬間、獅子は、ごおぅるどぅうん、と雄叫びを上げた。坊は、目を背け、ちらりと獅子から景色へと視線を逸らせた。門を開くと、其れは雅な邸になっていた。
「いいか、坊。ここからは、殿のお目通りじゃ。口は慎む様にな。」
坊はこくりと頷き、それ以降、目を上げることもなかった。
 要は、41という年齢から、想像だにせぬその風貌を面白がって、唯々、殿の見世物にしてやろうという魂胆だった。
「面を上げい!」
との怒声が襖の奥から聞こえた。観ると絹の屏風に覆われたその奥に、殿が、仰せになる。
 何も見えなかった。
「良き。」
殿は、多くを語らなかった。獅子は、暫く間を置き、口から下を見られることが無かった。
「仰せの通り。」
坊は、身構えた。坊が身構えた所で、何がどうなるという訳ではないが、そうするしか方策は無かった。
「41だと。」
殿がそう仰せになると、獅子は坊に耳打ちをした。
「いかにもと申せ。」
あまりの事に、反射して、
「いかにも。」
と呟いた。殿の耳にそれが届いたかどうかは、定かではない。ただ只管に喉が渇く。多くを語らない殿の吐き出す呼吸が、それでも坊に汗を掻かせた。
「褒美を遣わす。」
雅な箱に入っていたのは、月見うどんと団子だった。
「最近は幕府の財政がナ。」
「どうやら。」
「行き着ける先は。」
様々な噂が耳を流れる中、坊は、茶屋の脇に座り、拒んだ自分に煙管という褒美を与えた。ぽんぽんと頭を叩く音がした。
41 小笠原寿夫

乾杯屋
金河南

 彼はよく、人に声をかけられるのだそうだ。
 ただ道を歩いているだけで知らない人から道をきかれ、立ち止っているだけで知らない人から恋の相談を受け、買い物するだけでレジの人から天気の話をされる。一事が万事こんな感じで、嫌気がさして10代後半から引きこもっていたらしい。
 そんな彼を外に引っ張り出してくれたのが、このガーデンイベント業者の社長だ。夏はビアガーデン、冬には牡蠣小屋、春はお茶会、秋は焼き芋大会などを催しているらしい。
 彼はイベントごとにブース内をうろつき、するとやっぱり知らない客から声をかけられる。知らない客におつまみの買い方をレクチャーしてあげたり、知らない客たちと一緒に「乾杯~!」と場を盛り上げたり、それが仕事になるなんて彼自身驚きだという。
 かくいう私も、彼に声をかけた客の一人だ。
 奢りのビールをごくごく飲んだ彼は、ここだけの話、と声をひそめた。
 実は彼は、一度誘拐されたことがあるらしい。
 とあるイベントが終了した真夜中のことだった。歩いて帰宅していた彼の隣に、黒い車が停まったのだそうだ。助手席から声をかけられて立ち止まった彼は、後ろから突如現れた黒い服の男たちに捕まり、そこから記憶は途切れ、次に彼が目覚めると知らない倉庫のような場所で鉄骨に縛られていたという。
 よく無事だったねと私が言うと、彼は人懐っこい笑みをうかべ
「誤算があったんですよ。なんだと思います?」
 空のグラスを傾けた。
 と。後ろからすいませんの声。彼はふり返り、はいと答える。見知らぬ女性が申し訳なさそうに話はじめた。どうやら女性の息子がぐずっていて、見ず知らずの彼をご指名なのだそうだ。彼は私に礼を言って席を立ち、その後、席に戻ってくることはなかった。しばらく女性と息子の相手をしていたが、また誰かに呼ばれ、人混みに消えていった。
 犯人の誤算がなにか気になった私は、イベントを楽しみつつ彼をさがすことにした。
 すぐに見つかる。
 彼は……こう、なんだか声をかけたくなる。全身から、いい人オーラがあふれだしていて、彼の周囲は空気がゆったりと流れているような気がする。声をかけても絶対に嫌がらないだろうと思わせてくれる雰囲気なのだ。
 話しかけると、彼はすぐに思い出してくれた。
「見張りの人がね、いたんですよ」
 ふふっと笑った直後、彼は誰かに呼ばれた。彼は酔っ払いの輪の中に入っていき「乾杯!」とグラスを掲げた。
乾杯屋 金河南

小春病理
サヌキマオ

 小春日和であるのに家のマンションの玄関には鳩の死骸が落ちていた。よく見ると(朝の時間にそんなことをしている場合ではないのだが)厳密には翼と背骨付近だけが落ちているのだった。つまり、それ以外の頭や体や足は消失している。背骨の、というか千切られた肉の部分はまだ鮮やかな赤をしている。この形状になってからそれほど時間が経っていないのは明らかだった。
 常識で考えれば、猫である。犬かもしれない。いや、犬はない。このあたりで野良猫を見かけることはあっても野良犬を見かけることはない。東京の、山手線の内側の住宅街だ。それでも割に野生動物というのはいて、よく太ったニホントカゲが青いしっぽをくねらせて駆けていたり、地面に薄く引き伸ばされたアオダイショウがアスファルトの上で見つかったりする。オオスカシバも道行きの植え込みで見かける。これもまた案外レアなんだそうだ。
 鳩の話であった。
 論理で考えれば、猫ではない。話が脱線しているうちに考えを改めた。猫であれば、食べにくい頭が残るはずである。足が残るはずである。野生の示すに従って、消化に悪いところが残されるだろう。しかし、翼だけだ。息子を幼稚園に預けて戻ってきてもまだ骸はそこに転がっていた。まじまじと見ると、ずいぶん暴れたのか羽が打ち枯らしてある。
 鳩には因縁があった。マンションのベランダは何もしないでいると鳩がどんどん入ってくる。雨雪をしのぎ、小枝を運び巣を作り、いつしか卵を生んでしまう。落ちた羽からは虫が湧き、糞は辺り構わず蓄積する。問題を解決するには網を張るか、鳩の足に障るような仕掛けを作る必要がある。うまく仕掛けを作れたのでずいぶん忘れていたが、数年前はずいぶん戦っていたのだ。
 そうして昼に一階のポストに手紙を確認に行くとまだ翼は落ちている。昼間の人通りはそこそこあるのだが、翼は、死はずっと道端に広がっている。そのうち誰か他人が片付けるのを待っているのだ。この場合は、誰かが片付ける役の管理会社に電話するのを待っている。
 夕方、息子を幼稚園に迎えに行くときには死骸は消えていた。
 この問題に、納得のいく、ちょっとでも気の利いたオチがつけられるようであればよりウケの良い作文が生み出せるのであろうが、結局何もわからなかった――強いていえば、一番上の、六階のベランダだけ一切の鳩避けの網がないことにしてしまえば、ちゃんとオチになるのかもしれない。
小春病理 サヌキマオ

西暦壱万年
ごんぱち

「田尾君、君の仮説だがね、もう少し詳しく説明してくれないか」
「はい、四谷先生」
 田尾誠は、データを表示させる。脳の電気的特性を読み取り、ナノマシン経由で相手に直接的にイメージを伝達する。
「あまり整理出来ていないな」
 四谷京作教授は苦笑する。
「音声言語で検討しようじゃないか」
「分かりました」
「仮説は、日本三大民話と言われる『モモタロウ』『ウラシマタロウ』『アンパンマン』に関する文化的位置づけに関する検証、だな?」
「はい」
 参考映像が互いの視神経に表示される。
「この三編は、タイトルになる程の象徴的な主人公の存在、当時の科学力において為し得ない超常的な現象、人間と異なる生物とのコミュニケートなど、多くの民話が持つ要素を端的に網羅しており、恐らくは全ての民話を習合または、派生元となっていた可能性が示唆されています」
「ふむ」
「ですが、文献等の研究を進めていくと、違和感が出て来るのです」
「それはどのような?」
「民話の発生には様々な類型がありますが、基本的にその地域に根ざした事実がその根底にあります。例えば、雪女伝説ならば寒冷地である事、実際の凍死者の発生事例がある事、山姥であれば山における遭難や、食い扶持減らしの為に老人を村内から山の境界に追いやった事例などです。だとして、元の話が辿れないものは、完全な創作である可能性がある」
「創作であると不都合かね?」
「優劣を語るものではありませんが、この誤認は文化史の理解に混乱をもたらすのではないでしょうか?」
「違和感の根拠は」
「主人公の造形があまりに他の二つと異なる。描写された超常現象のレベルに明確な差異がある。過去に発生した事実も曖昧。そして最も重要な事ですが、主人公のモチーフです」
「どう違うかね?」
「つまり、他の二つが食物であるのに比べ、ウラシマタロウだけが、居住地域に過ぎない事です!」
「なるほど、更に彼だけ成人で、超常現象も時間旅行や装備を使用しない海中移動等、抽んでている。事実との関連性も日本国の吉備津彦命の鬼討伐伝説、大日本帝国の特攻隊又は太平洋戦争時の飢餓状態、か」
「従って、ウラシマタロウは、何らかの特定個人の創作物であったと結論します」
「損傷の激しい発掘文献に、ウ○○○マ○タロウという、外宇宙との繋がりを示唆するものがあったな。よし、次回のプロジェクトで、チームを編成してみようじゃないか」
「ありがとうございます、四谷先生!」
西暦壱万年 ごんぱち

蜻蛉
今月のゲスト:吉江孤雁

 秋の空は灰色に曇って風が冷たい。昨夜ゆうべ稍々やや遅くまで更かしたので、頭も重い、如何いかにも気が進まない。でも急に出さなければならない郵便物もあるし、婆やを頼んでやるにしては少し解りにくい事もある。だが如何どうも嫌だな、自分できたくは無い。婆さんを呼んで見た。
『婆さん、郵便局へ行って呉れないか』
『ええ、あの、お片付けをしてからでよろしうございましょう』不精ふしよう無精ぶしよう返事だ。
『いやい、僕がこう』ものの十五丁とは無い所だから僕は出掛けて行った。
 郵便局はつま先き登りの坂の下だ。路に向って窓が二つ並んで、左の窓際からペンキ塗の壁が三尺ばかり道路の方へむかって付けてある。両方の窓口には人が立っていて近寄れない。暫く立っていると、左方の窓口の学生らしい人が『失礼しました』と会釈をして、其処そこを去って行った。
 僕はその窓際へ寄って、書留小包を頼んで、受取りの出来るのを待って凝乎じつと立っていた。一二分だったろう。出し抜けに、実際出し抜けにガアッという音がしたと思ったら、何物なにものか僕の頭の上から圧するように落ちて来た。アッと思って見ると、車じゃないか、荷車だ。轅棒かじぼうが右の肩越しに背後の板壁に衝当ぶつつかっている。気が付くと、膝頭が痛くなる。左の踝が痛くなる。肩から掛けて、右手がぶるぶる震えている。櫛巻くしまきの女の顔、半被はつぴを来た男の顔、真黒い幾つかの子供の顔が、うようよと周囲まわり一面に群れて目に入る。僕はにたりと笑った。確かに笑ったと覚えている。が、まだ其儘そのまま凝乎じつと立っていた。――すると何人だれか来て車の轅棒かじぼうの下をくぐらせて引出して呉れた。
 人の群の中を肩へ助けられて郵便局の中に入れられて、暫く休んでいたが、人だかりがして来てたまらない、人車じんしやで帰って来た。
 車の上で身体じゅうが震える。色々なおもいが胸に閃めいて過ぐる。――あの車は確かに僕の身を砕くために落ちて来たんだな。それが目的で、僕の一寸ちよつとの隙をつけ狙っていたんだなと思っていると、不図ふと胸の中へ故郷に居た頃の幼時の様が浮んで来た――稲田の間の細い路だ。垂れ穂が黄になって、葉が路の上に折れ返っている。其処を通って学校へ行く途中だ。鞄を掛けているちいさな姿が見えるようだ、不図ふと見ると、稲の葉の上に蜻蛉とんぼが一匹止まっている、朝日を受けて羽を伸ばしている。尾の紅い、羽の先には二重ふたえの丸の付いた紅蜻蛉あかとんぼと云うやつだ。そっと足を忍ばせて近づいて、右手を伸ばしてその片羽かたはを押えた。蜻蛉とんぼ一寸ちよつとばたばたしたが、それきり止んでしまった。両羽りようはを一緒に押えると足をもがもがさせる。その足を左の小指でつつきながら学校へもつて行った――そんな事が思い出された。私もその蜻蛉だ。吹く風が冷たい。身体からだが震える。
 医師へ寄って繃帯ほうたいして貰って帰って来た。桜の若木の木立の葉が黄になって散りかかっている。そのさきに棕梠しゆろが二本立っている、ガラス窓が見える、吉田君の濃い頭髪かみ確然くつきりした輪郭の顔とが見える、見ると急に懐しくなってたまらずに、『吉田君』とすがるように呼んだ。吉田君は何も知らずに窓を開けて笑顔を向けた。