Entry1
41
小笠原寿夫
天保10年。征夷大将軍、徳川慶喜は、まだ無邪気な若造であった。最近、所狭しと倒幕運動が起こっているとも、つゆ知らず、慶喜は唯、その役に就いたばかりであった。
前足から、視線を伸ばしていくと、そこには胴体があからさまに、乗っかっているのだった。胴体には、無数の傷跡があり、いかにも戦を終えた武者の様にも思えるのである。
爪を鳴らし、走る姿は、更なる戦へと向かう。肉を食み、牙を突きたてた、その仕草は、まさしく獅子であった。
「お主、年はいくつになる。」
扇子を片手に、泣きじゃくる坊にそう尋ねた。
「今年で41になります。」
獅子は呆気に取られ、誠か嘘かを坊の全身を品定めした。
「なるほど。バカボンのパパと年を同じくすると申すな。」
背中から腹にかけて迸る汗で、それでも尚、坊に問い掛けた。
「着いて参れ。」
そこには橋があり、堀を隔てると、見事な城が聳え立っていた。胴体から視線を覗かせると、円らな瞳が、片方だけ見えた。一目合った次の瞬間、獅子は、ごおぅるどぅうん、と雄叫びを上げた。坊は、目を背け、ちらりと獅子から景色へと視線を逸らせた。門を開くと、其れは雅な邸になっていた。
「いいか、坊。ここからは、殿のお目通りじゃ。口は慎む様にな。」
坊はこくりと頷き、それ以降、目を上げることもなかった。
要は、41という年齢から、想像だにせぬその風貌を面白がって、唯々、殿の見世物にしてやろうという魂胆だった。
「面を上げい!」
との怒声が襖の奥から聞こえた。観ると絹の屏風に覆われたその奥に、殿が、仰せになる。
何も見えなかった。
「良き。」
殿は、多くを語らなかった。獅子は、暫く間を置き、口から下を見られることが無かった。
「仰せの通り。」
坊は、身構えた。坊が身構えた所で、何がどうなるという訳ではないが、そうするしか方策は無かった。
「41だと。」
殿がそう仰せになると、獅子は坊に耳打ちをした。
「いかにもと申せ。」
あまりの事に、反射して、
「いかにも。」
と呟いた。殿の耳にそれが届いたかどうかは、定かではない。ただ只管に喉が渇く。多くを語らない殿の吐き出す呼吸が、それでも坊に汗を掻かせた。
「褒美を遣わす。」
雅な箱に入っていたのは、月見うどんと団子だった。
「最近は幕府の財政がナ。」
「どうやら。」
「行き着ける先は。」
様々な噂が耳を流れる中、坊は、茶屋の脇に座り、拒んだ自分に煙管という褒美を与えた。ぽんぽんと頭を叩く音がした。