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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage4
第38回バトル 作品

参加作品一覧

(2021年 2月)
文字数
1
小笠原寿夫
1000
2
サヌキマオ
1000
3
アレシア・モード
1000
4
ごんぱち
1000
5
姜敬愛
1338

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福禄寿成就萬
小笠原寿夫

「子は鎹なんてェ事を申します。」
と打つと、客席から、
「なるほど。今日は子ほめか。」
と唸る声が出る。集中しながら、語り始めると、客はジッと聴いている。
「近頃では、コロナなんて物が蔓延っておりますが、我々の方で行きますと、声患いの方がよっぽど恐いわけなんでございまして。」
滑り出しは好調。今日の客は悪くない。それでも違和感を、感じずには居られないのは、何故だろうか。
「こりゃあ、まだ生まれてねぇみてぇだ。」
とサゲると、客は何故かうまくウケない。なるほど、これが落ち目という奴か、と痛感する。師匠の言葉が、心に刺さる。
「落語ってのは、慣れちゃ行けねぇんだ。自分が飽きちゃうと客まで飽きちゃう。だから初舞台の積りで臨むんだ。」
兄やんが、見兼ねて言う。
「師匠から最初に教わったネタやってみな。」
目から鱗だった。最初に教わったのは、「鉄砲勇助」。数々の法螺を吹き倒すネタである。嘘から出た誠の噺である。
「雪国では、小便が凍るんだ。」
だとか、
「出した『あーっ』の声まで凍るんだよ。」
と演った後、
「最後は上手に溶けました。」
と打ってみた。近頃では、演者よりも客の方が落語を知っているので、やりづらい。ところが、今日のネタは何故かウケた。最初に卸したネタがウケるのは、今の自分があるのは、そのネタのお陰であることを立証する唯一のネタだからである。
「兄やん、お先に勉強させて頂きました!」
と挨拶すると、兄やんは高座に上がる。高座に上げたのは、「らくだ」。
嫌われ者のらくだという男の葬連の噺である。
「私も師匠にはお世話には、なりまして。」
客は頷いている。先代の事をネタにするのは、噺家の流儀なのかもしれない。
「私も先代から受けたネタを。」
と、喉を絞めて高い声を出す。このネタは、酒飲みの噺なので、濁った声を出さなければいけない。久六との遣り取りを終えると、いきなり目が据わり、低音を出す。
「うまい。」
思わず、舞台袖で呟く。そうして高座でかんかんのうを演じ、
「今度は冷やでお願いします。」
と演ると、拍手喝采となった。汗だくになった兄やんの身体を拭きながら、 
「どうして、らくだを掛けたのですか?」
と聞くと、
「俺も、もう近い。」
と兄やん。
「先代はよく出来たお人だった。」
名跡には適わない。これは、落語会の暗黙の了解である。
数年後、私は高座に上がった。
「えー。葬連と申しますのは、我々の方では縁起のいいものとされておりまして。」
福禄寿成就萬 小笠原寿夫

瀬可博士の有意義な散歩
サヌキマオ

 瀬可博士は特別に朝の散歩ルートを変えることにした。いわゆるインスピレーションの働きによるものだ。博士は常々、サイエンティストというのは科学の徒である以前に好奇心の奴隷であるという自説を持っていた。するとどうであろう、たまたま人の家の二階にミッキーマウスの首が見えたではないか。興味津々に近寄ると、彼を模したBSアンテナだった。いいぞいいぞ、朝から面白い。気分を良くしてこのまま散歩を続けることにする。博士の自宅兼研究所のある住宅街である。幼稚園に登園するのであろう親子連れが目立つ。博士も若い頃には娘の手を引いて幼稚園の送り迎えをしたものだ。こういう風景は三十年程度では変わるものではないなぁと思う。
 おお、今度は道路に面して設えてある住宅の駐車スペースに、なにやら機械が据え付けてある。これはなんだろう――残念ながら、家電が積み重ねられたものが、たまたまなんらかの近未来的な機械に見えただけであった。電子レンジや炊飯器、スノーボードの板などがコンパクトに纏められて――それでもそこそこのボリュームでアスファルト上に鎮座していた。以上を大げさだと云うならば「粗大ごみが棄ててあった」と言い換えても差し支えない。
 博士の眼はゴミの上に貼られたA4のペラ紙を見逃さない。紙にはこうあった。このチラシをお手にした方のみの特別サービス! 二月八日の朝八時四十五分から九時五分までの間、ご自宅の玄関先に不要な粗大ごみをこの用紙ともに置いていただければ何点でも無料で回収いたします――なるほどなるほど。文末に会社名が書いてあるがそんなことはどうでも良かった。つまり、こういうチラシをこの周辺にばらまいて、素材ゴミという名の資材を回収してまわる業者がいるということだ。「なるほどなるほど」博士はいま来た道を戻り始めた。散歩をしている場合ではなくなったのだ。

――今日未明、神奈川県鶴見区の大黒ふ頭で大規模な爆発があり緑色のゲル状の液体が吹き出して騒ぎとなっております。液体は現在も周囲の建物を巻き込みながら膨張を続けており、神奈川県警は付近の住民に避難を呼びかけています。現場から中継いたします。
 博士は珍々軒でラーメンを啜りながら、店の奥の棚に置かれたテレビを観ている。食事中に流すべきでないような緑色が画面を埋める。
「物騒なもんじゃのう」
 そういえば最近、あれに近い緑色を見た気もするが、とにかく腹が減っていた。
瀬可博士の有意義な散歩 サヌキマオ

プレイバック partX
アレシア・モード

 赤いポルシェは、緑の中を走り抜ける。
 私――アレシアはひとり、旅を続ける。気ままにハンドルを切る。若い時に答えはない。道があるから行くのよ

 ごべっ

 妙な音が右舷から聴こえた。何だろうね。って、隣の車がぶつけやがった。何やってんの。ちょっと!
「いまミラーに当てたでしょ!」
 隣からダサい男が降りてくる。何か言ってる?
「お前、左折でどんだけ膨らむんだよ。完全に車線割ってるだろ!」
 何こいつ? 自分勝手にも程がある。
「私のポルシェはね、アウトヴァーン仕様だから日本の車線に収まらないの。それくらい見て分からない?」
「何がポルシェだ。オペル・ヴィータ(平成10年式)じゃん。バカじゃねえ。オバサンがボロいクルマ乗りやがって」
 お前は……言ってはならぬ事に触れすぎた。
「はあ? バカにしないでよ!」
「完全にバカだろ!」
「そっちのせいよ!」

 あっ……。
 ちょっと待って。その言葉は?
 胸のペンダントの三つのジェムが明滅する。タイムフローのフラグだ。私は男にそう伝えると、男を制しながらスイッチを押して蓋を開いた。連動する時空メカの歯車が微かな音を立てる。えっと。
「プレイバック、プレイバック」
 キュルキュルキュル……
 チャン、チャン♪ チャンチャン♪




 ペンダントは言った。
『――バカにしないでよ! そっちのせいよ!』

 私は頷いた。
「……それは昨夜ゆうべの私のセリフ」
「知るか!」
「気分次第で、抱くだけ抱いて……」
「知らねーよ! マジ頭おかしいだろ」
「はあ……坊や」
 私は嘆息した。いったい今まで、何を教わってきたの?
「私だって、疲れるわ……」
「勝手にしやがれ!」

 はっ……。
 ちょっと待って。今の言葉?
「ほらプレイバック、プレイバックよ」
 私はペンダントを男に見せつけた。
 キュルキュルキュル……
 チャン、チャン♪ チャンチャン♪




 ペンダントは言った。
『――勝手にしやがれ、出て行くんだろ』

「……それは昨夜ゆうべのあなたのセリフ」
「違うよ!」
「強がりばかり言ってるけど、本当はとても寂しがり屋さん♡」
「違うよお! もういいよ!」
「私、やっぱり……私、やっぱり」
 男の腕を掴む。
「帰るわ! ……あなたのもとへ」
「もう、いいってば!」
 男は怖ろしいモノから逃げるかのように私の手を振りほどくと、ベルファイヤーのドアを閉めて走り去った。

(馬鹿……)

 私の旅は続く。ペガサス経由で牡牛座廻り、蟹座と戯れ、いまは獅子座のあなたと……
プレイバック partX アレシア・モード

金曜日はカレーの日
ごんぱち

 トマト缶で赤い汁の中に、ニンジン、タマネギ、賽の目の豚バラブロック、ズッキーニ、パプリカ。どれもすっかり煮え上がっている。
 四谷京作は火を止め、カレールーを割り入れ蓋をする。
「流し空けてくれ」
 リビングから戻って来た蒲田雅弘が、流しで台拭きをすすぐ。
「四谷、テーブル拭いてるか?」
「む」
 ルーが溶ける間に、四谷はボウルやまな板を洗い、パプリカの種をゴミ箱に捨てる。
 蒲田はキャベツの葉を四枚ほどザク切りにして耐熱容器に入れ、電子レンジにかける。
 電子レンジのスタートボタンを押した蒲田が、小ぶりなグラスを四谷に手渡す。白地に青のロゴの入った缶から、黄金色のビールが注がれる。
「お疲れ」
「ん」
 二人は立ったまま、ぐっとビールを飲み干した。

 ルーが溶けたのを確認した四谷は、火を再び点け弱火にする。
「――ルーを二種類混ぜるというやり方をしばしば見かけるんだがな、蒲田」
 蒸し上がったキャベツを少しつまみつつ、ビールを飲む。
「メーカーによれば、ルーはバランスが取られた完成品なので、余計な事をする必要はない、と」
「うむ」
「商品としての制約の中では事実だと思うが、カレーとしてベストな味になっているとは思わない。魯山人が、料理屋の料理は収益を目指した妥協が混じる為、美食を追求するには適さないというような事を書いていたが、それに近い」
「魯山人は、カレーを好む政治家を、辛すぎて味が分からなくなるようなものを好むヤツとしてディスってなかったか」
「そんな気もするが、それは今は関係ないぜ」
「つまりカレールーには、改善の余地は当然にあるが」
「その補正は、別の製品ではなかろう」
「味が足りないと思うなら、その足りないものを明確に理解した上で、その部分だけを足せば良いしな」
「そう。何が足りないかよく分からないが、何となく物足りないから、何かをしてみたら、おいしくなった気がする、というぐらいの事だ。それは意味のある事なのは認めよう。だが、その方法を『最高のカレーを作る』というような文脈で語る事が滑稽なのだ。チキンラーメンとカップヌードルで、究極のラーメンに辿り着くか?」
「カレー粉を使ってる時点で、既製品感はあるしな」
「だが、これらの話は、オレが思っているだけの事だ。表向きは、工夫してるね、というスタンスで接する。明かすのはお前だけさ」
「四谷……」
「蒲田……」
「……そろそろ良いんじゃないか? 腹減って来たぞ」
金曜日はカレーの日 ごんぱち

月謝金
今月のゲスト:姜敬愛
蛮人S/訳

 ある日の朝。
 二千戸あまりのC村でただ一つの教育機関であるC普通学校の運動場には、いつも幼い生徒らが愛らしく遊び回っていた。
 今年十歳になるセッジェは、まだカーテンも開けていない真っ暗な教室に留まって、ぼおっと座っていた。ストーブの火はかっかと燃え上がる。上に置かれたヤカンからは湯の沸いた音がする。
 外からは相変わらず子供らの、騷ぎ、喧嘩する声がはっきり聞こえる。手を叩く音、「ハハッ」という笑い声に、セッジェは思わず窓に向かいカーテンを開いた。目が細まる。
 外には牡丹の花のような雪が音もなく降りしきる。田んぼの畦を巡って植えられたタバン松の株やアカシアの木に白い花が咲き乱れた。
 運動場の真ん中には雪だるまが目を開き、格好よく一文字に口を閉じて立つ。その周りに生徒らは揃って並び、手を叩いて笑う。その息遣い、息遣い……
 一人の生徒が自分の帽子を脱いで被せ、木の枝でひげを挿す。皆が足を踏み鳴らして笑う。
 セッジェもにっこり笑って、自分も行ってみようという衝動に後ろへ振り向いた時、濡れた廊下に先生の、あの恐ろしい顔がゆっくり通り過ぎる。
 彼は身を震わせ、一瞬忘れていた月謝の事が再び胸の裡に戻ってきた。
「明日は必ず持って来いって言われたのに、持って来ないと校庭に追い出すぞって言われたのに……」
 そんな思いとともに、言葉にならない重苦しい何かが喉の奥にこみ上げてきて、彼は両手でばっと眼を覆った。
 硝子越しにはっきり見える雪だるまの目! その口! そのひげ! セッジェは両眼を覆いながらも、小指を開いて、ふふ、と無理やり笑おうとした。
キムセッジェキンサンサイ!」
 その呼び声に、セッジェは先生が月謝を取りにきたんだと、思わず顔を沈め、涙を浮かべた。しかし級友のボンホと知ると、ぽかんと彼を眺めた。
「この金を見ろや。うちのおとうは貯金せえって言うんだけどな。ああ、外套も呉れるってな。お父はまったく偉いわな……」
 彼は得意げに銀貨を持ち上げてみせ、机の中にお金の音がするように入れると、いきなり外へ飛び出す。その元気に走る手足。セッジェは、彼に見られないよう呆然と眺め、思わず指先を口にくわえた。
「おっかあは、なんでお金がないんだ?」
 こう呟くと目頭が熱くなり、涙がぽろぽろと流れた。
 彼は拳で涙を左右に拭い、
「うちのおっ母も明日には必ずくれるって。甘藷を売って月謝をくれるんじゃないか!」
 空に向かってこう呟いても、昨日叱られた事を思い出すと、先生だって明日までは待ってはくれるまいと思われた。鐘が鳴ったら先生が、あの教壇に立って号令して、僕は、あの雪の外へ追い出されて、わあわあ泣いているんだ。国語も勉強できん、朝鮮語もできん……。
 瞬間、彼の目に、先刻の銀貨がはっきり見えた。そうして、それさえあれば、自分は追い出される事もない、他の子らと一緒に勉強できるだろうという考えが、眉の縁からの稲妻のように起こるのを感じた。
 セッジェは、軽く息をつきながらボンホの机に目を遣った。今まで真っ暗だった彼の目に、一種の不思議な光! 歓喜の光! 突進の光がぎらつくのが見えた。
 始業前の鐘が、がらん、ごろんと鳴り始めた。セッジェは鐘の音のままに、ボンホの机に向かって狂ったように走っていた。