瀬可博士の有意義な散歩
サヌキマオ
瀬可博士は特別に朝の散歩ルートを変えることにした。いわゆるインスピレーションの働きによるものだ。博士は常々、サイエンティストというのは科学の徒である以前に好奇心の奴隷であるという自説を持っていた。するとどうであろう、たまたま人の家の二階にミッキーマウスの首が見えたではないか。興味津々に近寄ると、彼を模したBSアンテナだった。いいぞいいぞ、朝から面白い。気分を良くしてこのまま散歩を続けることにする。博士の自宅兼研究所のある住宅街である。幼稚園に登園するのであろう親子連れが目立つ。博士も若い頃には娘の手を引いて幼稚園の送り迎えをしたものだ。こういう風景は三十年程度では変わるものではないなぁと思う。
おお、今度は道路に面して設えてある住宅の駐車スペースに、なにやら機械が据え付けてある。これはなんだろう――残念ながら、家電が積み重ねられたものが、たまたまなんらかの近未来的な機械に見えただけであった。電子レンジや炊飯器、スノーボードの板などがコンパクトに纏められて――それでもそこそこのボリュームでアスファルト上に鎮座していた。以上を大げさだと云うならば「粗大ごみが棄ててあった」と言い換えても差し支えない。
博士の眼はゴミの上に貼られたA4のペラ紙を見逃さない。紙にはこうあった。このチラシをお手にした方のみの特別サービス! 二月八日の朝八時四十五分から九時五分までの間、ご自宅の玄関先に不要な粗大ごみをこの用紙ともに置いていただければ何点でも無料で回収いたします――なるほどなるほど。文末に会社名が書いてあるがそんなことはどうでも良かった。つまり、こういうチラシをこの周辺にばらまいて、素材ゴミという名の資材を回収してまわる業者がいるということだ。「なるほどなるほど」博士はいま来た道を戻り始めた。散歩をしている場合ではなくなったのだ。
――今日未明、神奈川県鶴見区の大黒ふ頭で大規模な爆発があり緑色のゲル状の液体が吹き出して騒ぎとなっております。液体は現在も周囲の建物を巻き込みながら膨張を続けており、神奈川県警は付近の住民に避難を呼びかけています。現場から中継いたします。
博士は珍々軒でラーメンを啜りながら、店の奥の棚に置かれたテレビを観ている。食事中に流すべきでないような緑色が画面を埋める。
「物騒なもんじゃのう」
そういえば最近、あれに近い緑色を見た気もするが、とにかく腹が減っていた。