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自治会役員顛末記
小笠原寿夫
集会所に人が集まっている。
自治会の役員を決める総会があるからである。黒山の人だかりとは、よく言ったもので、集まった人間は、烏合の衆の如く、あれこれ言っている。
「さっさと決めましょうよ!」
鶴の一声とは、まさにこの事かと思われる甲高い声が飛んだ。
その一声を出した人が、会長を務める事になった。
後は、相談の上、私は書記に抜擢された。
受話器の向こう側から、声が聞こえる。
「勇み足です。」
高くも低くもない声で、叱られた。書記に選ばれたことにより、根拠もなく湧き出してきたやる気が私を突き動かした。インターネットカフェで、文書を印刷し、高額な料金を払い、しかも領収証を紛失したのだから、叱られて当然である。
お金の管理が出来ない私は、会計を困らせた。自然と低予算で仕事をするスキルを学ばせていただいた。
夏に草刈があった。草刈は、駐車場の雑草を抜いていく作業だった。ある時、草刈を業者に任せようか、という提案が浮かんだ。すべては紙がものを言う世界にいるのも久しぶりだった。アンケートを取り、多数決で草刈は業者に任せる事になった。暑い夏に草刈を自治会役員だけでするという無理がそうさせたと思われる。
パソコンが触れるというだけで、書記を任せられた私は、汗だくでコピー機で書面を印刷したこともある。
何度も試行錯誤を繰り返しながら、させて頂いた仕事だった。集会の日に朝、起きられることだけが、悩みの種だった。会長は、住み心地のいい住宅にすることに奔走されていた。ごみ問題についても、かなり意識されていた。私はというと、たまにやってくる仕事が、何故か私の胸を躍らせた。
そうして、役員最後の仕事を迎えた。昨年度に続き、総会は行われた。
私は、最後まで、書記の仕事を全うし、役員を終えることとなった。最後に役員通信費という形で、2,000円を頂いた。任務を終えた私は、叱咤激励の末、自治会役員を務めあげた。これからも住み続ける住居として、私はこれからも市営住宅に貢献するつもりでいる。
あらゆる人々のお陰で一年間、自治会の役員をさせて頂いたことには、大変、感謝している。最後に言い残すことがあるならば、
「あぁ、楽しかった。」
ということである。
男の一人所帯で、役員を務めたのは、私にとって自信にも繋がった。
たかが自治会、されど自治会。役員をした後に、住居人の方から、靴を頂いたことだけは、付け加えておきたい。