Entry1
鶏の話
サヌキマオ
猫をもらってくれ、と電話があった。まあいいか、と思った。この家にも三年前までコッコという名の猫を飼っていた。死期を悟ったのか、冬の朝にふいと出かけていったきりだ。肩で息をして小さく上下する後ろ姿をいまだに覚えている。
まもなく送られてきた猫は縁側の座布団におさまった。これも死んだ婆さんが尻を落ち着けていたものだ。猫の後ろ姿に婆さんを想起することはさすがになかったが、視線を感じたのか、猫はぽいと庭に降り立った。庭の周縁から探検を始めたふうである。隅には井戸があって、かつては周り四方の家の共同のものとされていたそうだ。それが何十年も経って、家が潰れたり区画整理されたりで、中心だった井戸が縁となった。今でも水は出るのだろうか。
猫は井戸と塀の間の狭い隙間を通り抜けようとしている。塀の向こうは車道を挟んで新興の住宅地だ。隙間に挟まった猫はしばらくもそもそしていたが、なにか咥えてこちらによたよたと戻ってきた。茶色い羽をしたカナブンかコガネムシかの甲虫である。猫は虫をくわえながら、咥え心地の調整をしているような様子で口を忙しなく動かしていたが、ちょうどいいところが見つかったとみえて、一気にぱくりと飲み込んだ。人間のほうは、やっとなにか食うものをやらねばならぬと思い当たった。
やけに早く目が覚めた。昼過ぎに妹が来るので、そのころに眠くなると困るなぁ、と思う。庭先はうっすらと明るくなっていて、早くから猫がなにをするでもなく庭をうろうろしている。なにをするでもなく、というのは人間の基準であるが、散歩につれて歩けるでもなしこうやってウロウロすることで運動不足の解消になるのかもしれない。
少しかわいそうになってきた。たかだか猫の額ほどの庭があるからといって、猫なんぞ引き取るのではなかったかもしれなかった。
朝がきて昼もきた。まもなく妹もきた。妹は生家であるところのこの家を綺麗にしておかないとずっと五月蝿い。ひっつめ髪に、まださらに目が悪くなったのか、更に厚いぼったい眼鏡を掛けている。玄関から家の中を見回した妹は、とりあえずは兄の暮らしぶりに合格点を与えたらしくやっと靴を脱いだ。黒のパンプスだった。おや、と思う。
居間に戻ると、開け放していた縁側から猫が戻ってきている。さいきんはすっかり定位置となった件の座布団にちょこなんとしている。
「猫をもらったんだ」
「これは鶏です」妹は膠もなかった。