また百舌が鳴く、頻りに鳴く、奴も吾々と同じにこの好晴を喜ぶのだ、好天気、実に好く晴れて居る、
例によって、例の原っぱで野球の競技をやる、
戦は開かれた、吾輩は打撃順によって打手の位置につく、
癖として、吾輩はバットを震わさない、軽く構えて居る、そして球を撰ぶ、驚破!、ここと思えば、踏み出したと同時に、水平にバットを飛ばす、
活!、実に何とも謂いようのない音だ、見る見る、大飛球、風をきって、きりきりと昇って左翼を衝いて、なお落ちない、
けれど落ちる場所はきまって居る、
一塁と二塁の間に森がある、森というのは大袈裟だが、この空地を原ッ場と謂うのと同じ格で、理屈を謂っては困る、
その森にぬしが居る、
あから顔で、白髯胸に及んで、何時も桶の底を叩いて、お経を読んで居る、きく処によればあれは謡曲というもので、皷をうつ音だそうな、
この老怪に娘がある、頬がりんごのようで、吃驚したような眼、低い鼻、宛たるゴム人形だ、
球はその森の裡の、庭の中に落ちた、
玆に奇怪なのは、中堅もしくは左翼の捕るべき球を、投手の中田が、あわてて拾いに行く、喜んで拾いに行く、他が行こうとすると争ってもとりに行く、
何処の団隊に、投手が中堅の球を拾いに行く規定があるものか、
吾輩は、活と音がすれば、大飛球とは見ずとも知れて居る、
ゴム人形の庭に落るのも疾くに御存知だ、安心なもので、闊歩して三塁を渉りホオムイン、一点得られる、
守備の軍ではグズグズ謂い出す、無理はない、けれど中田投手はにこにこものだ、眼を輝かして帰って来る、大満足、敵に一点を納めさして、大満足とは怪しからん、
中田は好投手、三振させるのは実に旨い、それを打って大飛球! 即ち吾輩も好撃手なるなからんやじゃ、
如何に吾輩でも、註文通りに行くものでない、日によると森まで飛ばない事がある、その時の中田の顔や、山雨来たらんとして風満楼、
中田は二十七だ、独身だ、少しは考えてくれなくっては困る、
今吾輩は打手の位置に立つ、右肩にかざすバット、眼は球の途を睨む、百舌の声、投手の顔には、彼の森に飛ばせよと、有々読まれる、百舌の声、
意気相投じてか、活と響く、球は大なる半円を画がいて、その森へ、
投手中田もその跡を追うて、走るわ、駆るわ、