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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage4
第47回バトル 作品

参加作品一覧

(2021年 11月)
文字数
1
サヌキマオ
1000
2
ごんぱち
1000
3
磯萍水
939

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鶏の話
サヌキマオ

 猫をもらってくれ、と電話があった。まあいいか、と思った。この家にも三年前までコッコという名の猫を飼っていた。死期を悟ったのか、冬の朝にふいと出かけていったきりだ。肩で息をして小さく上下する後ろ姿をいまだに覚えている。
 まもなく送られてきた猫は縁側の座布団におさまった。これも死んだ婆さんが尻を落ち着けていたものだ。猫の後ろ姿に婆さんを想起することはさすがになかったが、視線を感じたのか、猫はぽいと庭に降り立った。庭の周縁から探検を始めたふうである。隅には井戸があって、かつては周り四方の家の共同のものとされていたそうだ。それが何十年も経って、家が潰れたり区画整理されたりで、中心だった井戸が縁となった。今でも水は出るのだろうか。
 猫は井戸と塀の間の狭い隙間を通り抜けようとしている。塀の向こうは車道を挟んで新興の住宅地だ。隙間に挟まった猫はしばらくもそもそしていたが、なにか咥えてこちらによたよたと戻ってきた。茶色い羽をしたカナブンかコガネムシかの甲虫である。猫は虫をくわえながら、咥え心地の調整をしているような様子で口を忙しなく動かしていたが、ちょうどいいところが見つかったとみえて、一気にぱくりと飲み込んだ。人間のほうは、やっとなにか食うものをやらねばならぬと思い当たった。

 やけに早く目が覚めた。昼過ぎに妹が来るので、そのころに眠くなると困るなぁ、と思う。庭先はうっすらと明るくなっていて、早くから猫がなにをするでもなく庭をうろうろしている。なにをするでもなく、というのは人間の基準であるが、散歩につれて歩けるでもなしこうやってウロウロすることで運動不足の解消になるのかもしれない。
 少しかわいそうになってきた。たかだか猫の額ほどの庭があるからといって、猫なんぞ引き取るのではなかったかもしれなかった。
 朝がきて昼もきた。まもなく妹もきた。妹は生家であるところのこの家を綺麗にしておかないとずっと五月蝿い。ひっつめ髪に、まださらに目が悪くなったのか、更に厚いぼったい眼鏡を掛けている。玄関から家の中を見回した妹は、とりあえずは兄の暮らしぶりに合格点を与えたらしくやっと靴を脱いだ。黒のパンプスだった。おや、と思う。
 居間に戻ると、開け放していた縁側から猫が戻ってきている。さいきんはすっかり定位置となった件の座布団にちょこなんとしている。
「猫をもらったんだ」
「これは鶏です」妹は膠もなかった。
鶏の話 サヌキマオ

カチカチ
ごんぱち

「知ってるか、蒲田。最近の桃太郎は鬼を殺さずに、制圧するらしいぞ」
「伝聞を印象で話しているが、今回はそういう芸風か、四谷?」
「まったく、そこまでお優しく育てる必要があるのか?」
「四谷、我々が知っている話も、ペローやらグリムやらアンデルセンやら小泉八雲やらが収集してそのまま出した訳ではない。改編は宿命だぞ」
「本質を掴んでいれば良いのだ。だが、ただ目の前の描写を潰す為の改変は作品を破壊するのだ。例えば、かちかち山で最近は大体婆汁を喰わせる描写がオミットされているようだが、その割に狸への復讐の方は継続されているから、バランスが崩れているのだ」
「バランスを取るとどうなる?」
「うむ。初手の狸の悪事は、囃し立てて嫌な気分にするだけで実害は出さない。作物を掘り返す事は生命の危機を伴う悪事だからな。当然、狸に対する罰も、狸汁ではなく、縛って一晩反省させるだけの事だ。故に狸は逃れる時もお婆さんを撲殺せず、少し緩めてもらったところから金玉で大入道を作って驚かすだけなのだ」
「なるほど、この時点でいずれも血を流していないな」
「そして、ウサギの復讐方法は、薪の松の枝を背負わせて、背中をヤニでベタベタにする」
「それは嫌だな。毛が酷い事になりそうだ」
「そう。毛が乾いた後、
『カチカチになっちゃったよ、どうしてくれるのさ』
『ここはカチカチ山なんだよ、知らなかったのかい』
『なんだってこんな酷い事をするのさ?』
『お爺さんをからかうのも、お婆さんを驚かすのも、どんなにか相手の心を傷つけたか知れない。さあ、謝りに行くんだ。そうして、風呂を使わせてもらおう』
 こうして、狸はお爺さんとお婆さんに謝って、カチカチの毛はお湯で洗ってすっかり綺麗になり、みんなで仲良く幸せに暮らしましたとさ、と、こうだ」
「まるで別の話だな」
「ここまでやって、ようやく世界に命が宿るのだ」
「もっともではあるが、四谷。ただ、かちかち山に限って言えば、亜種も含めて同一の物語であったとすると、収まりは付くんだぞ」
「同一だと?」
「ループ物さ」
「それにしちゃあ、お婆さん、毎回縄をほどくのはアホだろう」
「別にお婆さんとは言ってないぞ」
「じゃあ狸か……いや、狸こそ、生き残りのルートは簡単だ。お爺さんの野良仕事を邪魔しなければ生存確定だ。ああ、お爺さんか。お婆さんの生き残りのためか」
「その動機だろうか?」
「え?」
「本当にそうか? 彼はいつ、喜んでいた?」
カチカチ ごんぱち

魔球
今月のゲスト:磯萍水

 また百舌もずが鳴く、しきりに鳴く、奴も吾々と同じにこの好晴を喜ぶのだ、好天気、実に好く晴れて居る、
 例によって、例の原っぱで野球の競技をやる、
 たたかいは開かれた、吾輩は打撃順によって打手バツターの位置につく、
 癖として、吾輩はバットを震わさない、軽く構えて居る、そして球を撰ぶ、驚破すわ!、ここと思えば、踏み出したと同時に、水平にバットを飛ばす、
 かつ!、実に何とも謂いようのない音だ、見る見る、大飛球、風をきって、きりきりと昇って左翼を衝いて、なお落ちない、
 けれど落ちる場所はきまって居る、
 一塁と二塁の間に森がある、森というのは大袈裟だが、このあきはらと謂うのと同じ格で、理屈を謂っては困る、
 その森にぬしが居る、
 あから顔で、白髯はくぜん胸に及んで、何時いつも桶の底を叩いて、お経を読んで居る、きく処によればあれは謡曲というもので、つづみをうつ音だそうな、
 この老怪に娘がある、頬がりんごのようで、吃驚びつくりしたような眼、低い鼻、えんたるゴム人形だ、
 球はその森のなかの、庭の中に落ちた、
 ここに奇怪なのは、中堅もしくは左翼の捕るべき球を、投手のなかが、あわてて拾いに行く、喜んで拾いに行く、他が行こうとすると争ってもとりに行く、
 何処どこ団隊チームに、投手ピツチ中堅センターの球を拾いに行く規定ルールがあるものか、
 吾輩は、かつと音がすれば、大飛球とは見ずとも知れて居る、
 ゴム人形の庭におちるのもくに御存知だ、安心なもので、かつして三塁をわたりホオムイン、一点得られる、
 守備の軍ではグズグズ謂い出す、無理はない、けれど中田投手はにこにこものだ、眼を輝かして帰って来る、大満足、敵に一点を納めさして、大満足とはしからん、
 中田は好投手、三振させるのは実に旨い、それを打って大飛球! 即ち吾輩もこうしゆなるなからんやじゃ、
 に吾輩でも、註文通りに行くものでない、日によると森まで飛ばない事がある、その時の中田の顔や、さん来たらんとしてかぜ満楼ろうにみつ
 中田は二十七だ、独身ひとりだ、少しは考えてくれなくっては困る、
 いま吾輩は打手の位置に立つ、右肩にかざすバット、眼は球のみちを睨む、百舌もずの声、投手の顔には、の森に飛ばせよと、有々ありあり読まれる、百舌の声、
 意気相投じてか、かつと響く、球は大なる半円をがいて、その森へ、
 投手ピツチ中田もその跡を追うて、走るわ、かけるわ、