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シティ・ステイト・サヴァイヴァーアレシア・モードさん
感想:「ミートピア」
Switchの「ミートピア」を見るたびに「肉の都……」と思っちゃうんだよなぁ、という話。
「枯れた話題」
うん、枯れている。ウミガメのスープが出てきて「おっ」とおもったが、結局日本童話に収束するあたりが枯れている。
「シティ・ステイト・サヴァイヴァー」
最後パックマンかな、とも思ったものの暗号で「上上下下左右左右BA」がでてきてしまったのでもう駄目だと思った。いや、作品がではなく。
実際に「AIに出来ないことを仕事にしよう」という時代になってきてはいるが、電気の供給そのものが危うくなってきたときに人間に出来る、いや人間がせねばならないことは飛躍的に増えるなぁと思った。機械に洗濯を代行してもらったり、アイスを保存してもらうだけくらいのときのほうが平和だったかもわからんね。
「氷魚縅」
そうなんだよな、江戸に流行った軍記物を明治にはいって「小説」させしめたのは「軍に負けても、恋には勝利」なんだよな。えーと、こういう軍記物に人情とか、わりに卑俗な感情を入れてはならんところを平気でぶち込んでくるあたりが「ちがう」のであり、当時の新しい思潮であったろうということなのでございますですよ。
しかしながら、前半の勇壮さ、きらびやかさに対して後半はやはり取って付けた感がでてしまうのが面白いといえば、面白い。
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感想:「労働の全てがAIとその肉体である機械が担うようになる事」=「ディストピアである」とは散々描かれているが、それは大体古代ローマ辺りで実現していた事であろう。とすれば、AI天下になってもそこまでディストピらずに、単に文化が爛熟して人間の生きがいがパンと哲学とか銭湯とか対外戦争とかに収斂するだけの事かも知れない。労働が人間の生存要件というのが、そもそもからしてプロテスタントっぽい発想だし、拡大再生産も旧約聖書そのものだ。
ただ、労働を正義とした方が生産物を増やせるし、拡大再生産が進めば武力に割けるリソースは加速度的に増えるのであるから、「労働は正義」の文明の方が世界を制覇するのには向くだろう。その世界においては、労働成果を上げる事が至上命題であって、生産に劣るものは駆逐されていく。
どっちがディストピアか問題は、どうせ極論ならどっちもディストピるだけという凡庸な結論に至るだけだ。中庸が良いなんてのは、大体誰もが言語化しないまでも感じてはいる事ではあり、極論などというものは失言の揚げ足取りか、ドリフのネタぐらいにしか使われないのが本当のところ。どこからが極かというのもさじ加減だったりと考え始めると、無知の知で停まるだろうから、小人閑居して哲学を成す程度の事か。
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