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スイカサヌキマオさん
感想:河童はカエルの眷属かのか、それとも亀の眷属なのか、くちばし要素はどの辺りなのか。でも、亀の口は割とくちばし寄りかも知れない。
そこらの性質はともかくとして、あの右腕と左腕が繋がっているというのは何なのだろう。亀っぽさと考えるべきか。でも大丈夫、フロイト博士に尋ねたら、きっと手頃な性的表現に読み替えてくれるだろう。
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感想: まさに「どういう了見だ馬鹿野郎」というほか無い。
笑いの師匠というのに限って、常識的な人間だ(※1)。常識的でない芸人は居るが、そういう芸人はよほど才能がないと大成しない上、大成しても師匠にはならないからだ(※2)。
※1 作中の師匠が笑いの師匠かどうか分からんが話が続かないので笑いの師匠ということにする
※2 世の中は中学校の物理みたいな理想世界ではないから計算外の存在は必ず居るが、考えていると話が続かないので考えないものとする。
常識的な師匠は、産まれたての河童など受け取らない。面白くない人だなあ、非常識な弟子はそう思うばかりで理解はしない。
常識的でない芸人は、常識的でないゆえ常識が判らぬ。当然、非常識も判らぬ。客は常識に立っている。だから非常識を笑って楽しむが常識に立たぬ芸人にはそこが判らぬ。非常識を磨くことが出来ぬ。判らんからだ。ただ自分の持ち前の非常識を振り回す。芸人の領域でなければ、およそ犯罪である。
さてここに犯罪者が、拾ったスイカを持って道をやって来る。一家揃って喰ってもらえるものと思っている。外観的にもスイカでは無さそうだが、熱帯夜に煮えきったスイカ頭には判らない。まさに領域を越え、人の道を踏み外そうとする芸人を救ったのは、河童である。
この立派な河童となら、うまくやれるかもしれない。師匠は思ったかもしれない。河童クラスでなきゃこの馬鹿野郎の相手はできないし、あわよくば常識を教えてやれるかもしれない。師匠は優しい。
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