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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage4
第58回バトル 作品

参加作品一覧

(2022年 10月)
文字数
1
サヌキマオ
1000
2
ごんぱち
1000
3
アレシア・モード
1000
4
上田広
1393

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紅葉と兄貴
サヌキマオ

「兄貴ーー! 桜の樹の下には死体が埋まっとるんよのーーーぅ?」
 濁流の中岩にしがみつきながら、怒鳴るように川上の兄貴に問うた。兄貴は股座に蛸の足をまとわりつかせている。
「そうじゃーーー! そうでなかったらあんなにきれいな花は咲かんのんじゃーーーい」
「そうすると、兄貴ーーー!」
「なんじゃーーーい」
「紅葉の下には何が埋まっとるんかのおおおおおぅ」
「紅葉か! 紅葉の下にはのぅ、そうじゃ、ルビーが埋まっとるんじゃーーー」
「そうかーーー! 赤いからのーぅ。さすがは兄貴じゃああ」
 そんな夢を見た。久しぶりに見る兄貴の云うことなので、紅葉の下に埋まっているルビーを掘り出しに井の頭公園に行くことにした。見つけて持ち帰って売ったら大金持ちだ。
 穴を掘っていると通りがかる人がじろじろと観てくる。まもなく作業服の、管理人だというおっさんがやってきて、こんなところで穴を掘ってはいかんという。
「ルビーを見つけたら大金持ちになれるからやっとるんじゃ」
「こんなところにそんなもん、あるわけがなかろうがい」
 警察を呼ぶというのでしかたなく引き上げたが、今ひとつ釈然としていない。兄貴が嘘を? いや、そんなことがあるわけがない。だがしかし、兄貴はどうしてしまったのだろう。聞いてみることにした。公園の前から出ているバスに乗り、調布駅から多磨墓地前駅に乗り継ごうと思ったら駅がなくなっている。聞くと、もう二十年前に多磨駅に名前を変えたという。そんなわかりにくい話はあるか、とたいへん頭にきたが、前にも同じようなことを教えられた気がする。
「兄貴ー!」
 太い葉桜の下、幾度となく掘り返したあたりを手慣れた様子でほじくると、まもなく頭蓋骨が現れる。
「兄貴聞いてくれーい、兄貴の云ったとおりに紅葉の下を掘ってみたけれどルビーなんぞ出なかったんじゃ」
「ほうかー、ちと季節が悪かったかもしれんのう」
 もう兄貴の声真似などお手の物だ。生前の兄貴だったら絶対に云いそうなことを云うことも出来る。
「やはり(ひと冬)越さんとの、(葉っぱが)赤くなる前に掘り出さんと、そら(ルビーは)そう(出て来ない)よ」
「ほうかー! さすがは兄貴じゃ!」
 すっかり感心して埋め戻す。たまたま墓参りの客が恐怖の目でこちらを見ている。なにをそんなに怖がられているのかと不思議でしょうがなかったが、それで難癖をつけて殴ると警察を呼ばれることを、ちゃんと学習している。
紅葉と兄貴 サヌキマオ

携帯オトコとノゾキ女
ごんぱち

「子よ、『携帯電話を勝手に見る女』と『浮気をしている男』とではどちらが罪深いのでしょうか?」
「子路よ、お前に分かりやすいように、戦で例えよう」
「畏れ入ります」

「とある辺境に、東西隣り合わせの2国があった。2国は長らく深い友好関係にあったのだが、在る時西の国が他国と軍事同盟を結び、東の国の侵略を画策し始めた」
「油断している相手に対し、後顧の憂いを断ち奇襲を行う、戦の常道ですね」
「西の国の僅かな変化から不穏を察知した東の国は間者を送ってこれを調べ、攻撃の意図や時期を知った」
「友好国といえども平時から動きを知るのは大切な事でしょう」
「このため、東の国は西の国の侵略に予め備える事が出来、侵略の兵を見事撃退できた。然る後に追撃を行い、ついには西の国の城を取るに至った」
「奇襲は攻撃を受ける覚悟を鈍らせ、反撃には弱いもの。崩れた敵を追い、次なる攻撃の芽を摘むのも理に適っておりましょう」

「さて子路、これら2国を指揮した西の宰相と東の宰相では、どちらが優秀だと思う?」
「子よ、それは勿論東の宰相でしょう。彼の働きがなければ、奇襲を受けて国が取られていたでしょうから」
「では、今度は西の宰相が間者の存在を予測し、自国の国境の警備を密にし、官吏の間のやりとりには合い言葉や暗号などを常に使わせた事で、侵入した間者が正しい情報を得て帰ることができずなかった場合はどう考える」
「その時は西の宰相の方が優れておりましょう」
「その心は?」
「奇襲を画策しつつも、その情報を常からの備えにより漏らさず、容易く東の国を奪う事が出来たでしょう。そもそも仮に奇襲を画策していなくとも、間者を自由に出入りさせる国など国としての体を成しておりますまい」
「如何にも。人もこのようなものだ。人はいつ敵対するか分からない。伝説上の忠臣でもない限り、事あらば人より己のために動く。相手に全てをさらけ出すのは愚かな事だ。それを相手の機嫌を取るために全て曝すようであれば、いずれ国をとられる事になるだろう」
「しかしながら子よ」
「なんだ」
「携帯電話をテーブルに置いて離席する男の方がモテる、という説があったと聞き及んでおりますが」
「子路よ、もしもお前がメディアに書かれている『モテる』『ヤレる』『がんが治る』という情報をそのまま実践して、本当にモテたりヤレたりがんが治ったりしたなら、それに従うのも良いだろう」
「……まことに不勉強にございました」
携帯オトコとノゾキ女 ごんぱち

本日開放
アレシア・モード

 プラチナの指輪を嵌められた翌朝、白い靄の中に目覚めて以来、何か薄っすらした膜が頭の中に生じていたのである。薄く揺らめく膜は、同じく頭に漂う微かな異質な成分を、日々薄く積もらせて、次第に厚みを増していっても暮らしの中ではその違いには気づかない。そしてある朝、明らさまな違和を感じた日、そいつはすでに重たい異物となって私の頭を塞いでいるのだった。
 私――アレシアの脳は鈍重に動いた。思考が廻らない。頭の半ばに重く厚い板が天井のように拡がって、私の脳の上半分を隔てていた。ごんごんと当たるばかりで、心も言葉もその向こうには届かないのである。
 上というのがまた鬱陶しい。そこは何もない、空隙なのだ。空っぽだったくせに、必要なのだと主張するのだ。脳の底では思考が冷たく粘ってくる、秋の泥濘に嵌った車のように、やがて私も動きを止めていくのかと思えば、とにかく行動を起こさねばならぬ、もう思考なんていらない。キッチンのシンクの下の扉を開放すると、醤油や油の容器の奥からストリチナヤの瓶が現れる、かしりかしりとアルミの蓋を廻し、開けば甘く純粋たるアルコールの精気は漂い、早くも思考の底を温め電子の粒が浮かび出す、真空管のヒーターみたいだ。脳を蓋する天井に色づいた電子が漂い寄っては灰色と化して積もる、薄々知ってたが実にそういうプロセスなのだ、だがな、このウォッカは原因なんかじゃない、結果なんだ!
 もう思考なんていらない!
 そうです、私はこの週末を日常を離れて過ごすためリゾートホテルに来たのでしたよ! キッチンの横には寝室があって、誰か見知らぬスタッフっぽい男が、何があったか青い溶剤を壁や床に懸命に振り撒いているんだ。ならば私――お客様アレシア様は、熟成重ねた我が赤いスイートピーとストリチナヤの溶液で果敢な応戦を開始するのだ、でも連鎖反応として男が今度は――今日まで混乱のなか味方も敵も判らなかった――公然と敵対的になったのだ。ああ私は世界の最大の誤解を解いて、太陽のある場所に戻りたかっただけなのに、彼はそれを招待状と受け取って、ドラッグで私を打ち、キッチンの暗いテーブルへと押し戻した。男の手が私の胸に触れ、私は純粋な力で彼を押しのけます。ああベルが鳴る、どこかで目覚まし時計のベルも鳴る、ドアのベルも鳴る、警察です開けてください、これはウェディングベルじゃありませんか?! いえ違います――大丈夫です!
本日開放 アレシア・モード

3と8
今月のゲスト:上田広

 石子は、頭の悪い尋常二年生である。彼女は3と8との区別にすでに二年も費やして来ているが、まだいっこうに思わしくない。その間の、先生と母の気長な、説明の反復も遂に無益に終わっていた。
 石子はこれまでに、算術のノートを三冊も買って貰った。勿論その算術帳には、小さな人形、ビスケットのような数字が、いちめんに、どの頁にも書かれてある。けれども、その殆んど大半は3と8とで尽くされ、それも、石子の筆蹟らしいものは一字もなく、たいてい先生かさもなければ石子の母が、幾度も繰り返して書いて見せたものであった。
 石子は学校で「なんで八釜しい先生なんでしょう」と考えながら、3と8とをうらめしげに見詰めるだけの、せめてもの勉強が習慣になっていた。母の前で石子は、やっぱり解らない3と8とを毎晩、見栄にでも睨んでいなければならなかった。
「8を書いてごらん、石ちゃん」
 と母が言った。石子はニヤと笑って、しんの長い鉛筆で怪しい3を書きつけた。
「あら、またよ。ではこんどは3の字を書いてごらん。石ちゃん」
 石子は一寸躊躇っていたが、やがてその脇へ、8の字を書き並べた。
「まあ、お上手だこと。だけどそれは石ちゃん8の字よ」
「いいえ、3の字よ」
「いえ8よこれは、こっちが3なの。石ちゃんは反対に覚えているのね」
「ちがうわよ」
「そんなことありません」
「だって母ちゃん、先生がこう教えたんですもの」
「まあ、剛情な児」
 母は石子の鉛筆を取って、初めから3と8との正確な区別を記憶させるために、お腹の空くほどお喋りをした。すると石子は眠そうに目を擦り始めた。そして母は、いつも叱る気力さえなくしているのが常であった。
 石子は3と8との混淆から日常生活の煩わしさを体得した。しかし先生も母も、もうすっかり呆れ果てて「いまに覚えるだろう」ということにして置いた。
 そして尋常二年生の発育は目覚ましかった。
 ある朝、石子は「算術帳を買うんだから」と言って、母に十銭をせがんだ。
「算術帳ですって?」
 母はだいぶながいこと買って与えないノートに気がつくと、微笑しげにそう問い返した。
「もう書くとこないの?」
「ええ」
「随分早いのね」
「そ」
「母ちゃんに見せてごらん。石ちゃん。母ちゃんが見て、ほんとになかったら買ってあげるわ」
「いや」
「どうして?」
「どうしてもいや」
「それじゃいけないわ」
「それより母ちゃん、いいから買ってよ」
「買ってあげるからさ」
「いやよ」
「では」
「いやよ。いやよ」
「ではまだ書くとこが残ってるんでしょう。この頃母ちゃんは、石ちゃんの算術帳なんか使っちゃいないんですもの」
 石子は蟹のように跼んで泣き出した。母は無理矢理に石子の手からカバンを剥ぎ奪ろうとした。たちまち、石子は泣き出した。
「母ちゃん! 母ちゃんてば」
 石子は母にしがみついた。しかしその時の母は、石子に些しの容赦も持たなかった。石子は最後までさからった。
 やがて、勝利は母に帰した。
「いいわ母ちゃん。いいわ。いいわよ。母ちゃんはなんにも知らないくせに」
 母は驚いた。
「まあ石ちゃん」
 算術帳は3と8とで洪水のように埋まっていた。始めの頁から終わりの頁まで、ぎっしりと一字の隙もなく、次第に、石子の筆蹟で、その進歩を明らかに現していた。
 石子は再びわあッと泣き出した。
 だがその夜石子は、又も3と8との問題で母の試験に落第した。

(一九二九・五・一八)