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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage4
第59回バトル 作品

参加作品一覧

(2022年 11月)
文字数
1
サヌキマオ
1000
2
ごんぱち
1000
3
アレシア・モード
1000
4
越地水草
1555

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四五人に月落ちかかるをどりかな
サヌキマオ

 役河原えんのかわらで四五人で踊っていると、はるか上空で浮いていた月が落ちてきた。みるみるその姿を大きゅうして近寄ってくる月にその場にいた人はみな内心腰を抜かしたが、さほどの殺気を感じないのが解ると、不安を感じながらも踊り続けた。
 四五人、ということは、少なくとも四人はいたということで、何を踊っていたかと云えば、踊念仏のようなものであり、みな様々の宗派の聖だった。教師としての修行は断念したが、仏に縋る気持ちはまだ持ち続けていた。いろいろの事情はあって、それぞれが別々に口を動かしている。南無阿弥陀佛を唱えるもの、おんあぼきゃべいろしゃのと光明真言を口にするもの、オンコロコロと薬師如来を信仰するもの、それぞれであった。それぞれが口にするものに合わせて手を揺らし足を上げては地に下ろす。
 もう明け方に近かった。月は何をしているかというと、この奇妙な数人を眺めているようにも見える。もしくは、人々を尻にどこか遠くを眺めているようにも見える。そしてこれだけ近いと、月のうさぎに見える模様も明らかだった。これは遠目に見ればこそ「うさぎに見える」という手合のものだというのがわかる。
 月の落ちかかったのにそれぞれがそれなりに驚いてはいたが、念仏を、声明を止めてはならぬという不文律があった。動きを止めてはならぬという信心があった。これはいかなる力によるものか、阿弥陀様のいたづらか、辯天様の気まぐれか。みな一様に見て見ぬふりをして頭上の月を気にしていた。あたりは真昼のように明るくなった。しかし、仏典のどこにも「月が落ちてくる」という文句はなかったような気がする。「月かげのいたらぬさとはなけれどもながむる人のこころにぞすむ」とは法然だったとは思うが、それにしても、月のほうから出向いてくるとはどこも教えてくれなかった。月はゆっくりと、しかし確実に落ちてきている――そうか、そうだったのだ。これが悟りに違いない。聖たちの動きはてんでバラバラだったが。不意に浮かべた表情はみな同じだった。これが真理か。これが、真理なのか?
 月は地表をひと撫でするとまた虚空に帰っていった。ぐちゃりと潰れて野犬に食われる聖、風に乗ってひらひらと飛んでいく聖、失禁し陶然として痙攣する聖、翼を生やして天へ登っていく聖、いろいろいた。それぞれいた。一晩中各地の音頭を流し続けていたラジカセだけが、明け方の河原に七回目の真室川音頭を流し始めた。
四五人に月落ちかかるをどりかな サヌキマオ

輪廻
ごんぱち

「ぬぐああぁぉおあああ!!」
「どうした四谷、いつものヤツか?」
「蒲田ぁああ! このサイト、スクロールする度に下に新しい記事が出て来るんだよう」
「ああ……確かにこれは鬱陶しいよな」
「嫌だよぅ、嫌いだよぅ、嫌悪するよぅ、こんな事をする輩は、もれなく地獄に落ちれば良いんだよぅ!」
「じゃあ、地獄に要望出しとくか?」
「頼むよぅ……」
「じゃあ、ちょっと髪の毛よこせ」
「ああ、蒲田が地獄通信が出来るタイプの人で良かったよぅ」
「今回だけだぞ」

「――閻魔様」
「どうした、馬頭鬼」
「閻魔様、最近はメズキではなく、バズキと呼んで頂けると嬉しいです」
「アイデンティティはどうなっておるのだ」
「肩書きですのでさして気にしません。現世からこのようなリクエストカードが届いておりますが」
「ふむふむ……これは、前にも見たな」
「覚えておいででしたか。累計1千万件に達しましたので、改めてのご報告です」
「なるほど、地獄設置基準を満たした訳だな」
「左様でございます」
「IT系か……あまり細分化しても効果は薄いのだが」
「新陳代謝は必要でございますよ」
「それも一理あるな。馬頭鬼、お前はこういうものに詳しかったな。どのような地獄にすれば良いだろうな?」
「お分かりになりませんか?」
「儂も多忙だ。聞こえはするが、必ずしも認識している訳ではない」
「ああ、それは確かに」
「そもそもこれが地獄に相応しいほどの罪になるのか、今ひとつ儂には分からんのだ。スクロールしたら新しい記事が出て来るのだろう? クリックして新しいページに移る必要が無く、便利ではないか」
「ああ、なるほど」
「なんだ、半笑いで」
「では、最近やって来た亡者が流通させているi(inferno)Padをどうぞ」
「どれどれ……ふむ、スクロールして、うん、次が出て来る。やはり便利ではないか。出て来たな。うん、まだあるのだな。結構楽しくなってきた。あれ? 一体どこまでなのだ? いや、こんな時は縦スクロールバーを見れば良いのだ。ふむこの辺か。おや、まだ終わらないのか。え? 縦スクロールバーが戻った!? 見間違いか? いや、まただ、また上がったぞ! ぬぐぁあああおお!」
「いかがでしょう」
「……発明したヤツは来ているか?」
「いえ、まだ生者リストに名前があります」
「企画担当に採用しよう、実務経験者は貴重だ。極楽の薬師如来宛で、出来るだけ早く来られるよう要望書を出しておけ」
「承知致しました」
輪廻 ごんぱち

灯台守
アレシア・モード

 鰯雲の波立つ空の下、耳慣れぬ機械音が集落の果てから近づいてくる。漁船や軽トラではない。これは私の処にきっと来る。この村では変な者が来たら必ず私の処へ行くと思われていて実際そうだった。
 草の茂る角を曲がって変な乗り物が現れた。エンジンが道路工事みたいな音をあげている。見た目はリアカーを牽いたバイクのようだったがその通りだった。色んな箱や汚いバッグが山ほど括り付けられている。その中にこれまた工事みたいなメットを被った巨人が座っていて庭に出た私の顔を見るなり親しみの過ぎる笑顔で白い歯を見せて手をひょいと挙げた。私の低いテンションがさらに沈む。
「サリュ~ト! アレシアご無沙汰~」白い歯が爆音の中で叫んだ。私は人の顔と名前は覚えられない。「ヤ~よ、ほ~ら、ペ~よ。ね~?」ああハンドルネーム・ペトロパブロフスク・カムチャツキーことПペーだ。エンジンを止めて突き放されたような静寂が戻ってもПペーはなお大声で叫ぶ。「ここが野良猫灯台ね~! 灯台無いけど、ハハッ!」寺の隣だからあまり騒がないで欲しいが私は薄笑いと共に「ようこそ」とだけ言って庭のチェアを勧めた。Пペーは「いや~旅行で近くに来たんで寄ってみたわ」と叫びつつリアカーから降ろした何かのレジ袋をテーブルに置き「良かったら飲んで」と中を見せる。ウオッカの瓶と酎ハイが幾つか入っていた。Пペーは酎ハイ缶を取り出すや「いや~、すぐ帰るからお構いなく~」と喚いて自分で飲む。「飲酒運転? これしきニチボ~よ~、そこは~わきまえてる~」とПペーは無責任に笑った。社会不適格者には陰と陽の二種類があるが死ぬとき人様に迷惑をかけがちなのはどっちだろう。「ねぇ~、今も毎日野良猫やって食べてるの~?」港で雑魚を恵んでもらってるのは事実だが仕事みたいに云わないでくれ。「仕事なに? 灯台守~?」違う。それは仮想空間における私の業務のメタファであって「ニェ~、それは知ってる~、真面目に答えるんじゃね~の」テンションがさらに沈むのを感じた。「折角だし~占ってくれる? 未来とか」それ仕事依頼ですか。はい。
『あが、おなりみかみの、まぶらでて、おわちやむ。やれー、ゑけー』
 宣託のビジョンはПペーの事故死を呈示した。私は頭を抱え、ウオッカの蓋を開きながら「妹御神は今晩泊まって行けと宣うた、あと隣町に立花モータースなる腕の良いバイク屋があるので立ち寄れ」と伝えるしか無かった。Пペーは爆笑した。
灯台守 アレシア・モード

サフラン酒
今月のゲスト:越地水草

 暗いので、細君の白い顔がさびしく見える。眉をひそめていた。
 主人はしきりにらんの花をっていた。
 えんには、生渋しぶをひいたがみをひろげて、やはり濃い紅紫色こうししよくのサフランの花が、陰乾しにしてあった。はげしく匂う。
 秋の末の、午後の弱い日光ひざしは、白く流れさして、コスモスの花の白いのと紫のとが、潮に動く海藻のように、はげしく風にゆれていた。
「ほんとうに無駄ですよ」
 細君はおすおず云った。そして主人の顔をうかがうように見た。主人はやはり相手にしないと云ったような顔をして、まだなまなサフランの花をる。指がサフランの色にそまっていた。
「そう、ほんとうに」
 梨子なしにかぶせる新聞紙の袋を貼っていた娘が、ふり向きさま声高こわだかく云った。やはり細君に似て、色の白い、眼の大きい。
「それに、それに何でしょう、こしらえ方だって知らないんでしょう」
 主人は笑っていた。いくらか酒気をおびて、赤い顔をしていた。
「知らないでも出来る」
「まあ、お父様は、何だってああなんだかしら――ほんとうに、それだけのらんが、ただになってしまうんだもの、惜しい、乾かして売れば……」
「ほんに」と、つい細君も云った。云って驚いたように白い顔を哀しくした。
「何を云うんだ。きッと出来る」
「出来るもんですか、拵え方も知らないで」
「出来るッたら。黙っていたら好いんだ」
「だって、拵え方も……」
「馬鹿ッ」
 主人はけわしい顔をした。娘はだまった。
 細君の白い顔は、なお白くなって、激しい恐怖に唇は震えていた。気遣わしげに娘の方を見たが、涙ぐんで俯向いた。
 娘はだまってしまったが、何か口の中でいながら、また急がしく袋を貼る。たえず動く袖の脇から、うす紅いろのふりがちらちらもれて、それが何となく暗い沈んだ家の中に匂やかに見えた。
 主人は深い酒気の息を幾度いくたびもついた。しきりにっていたが、やがてってしまって、叮嚀ていねいに新聞紙に包んだりわけた屑花くずはなや粗いしべやを、えんがみの上へまぜて、手をはたいた。その音が、あたりの空気に耳立って響いた。
 眼鏡をはずすと、ノシノシと奥へ入って行った。奥も暗い。
 サフランははげしく匂う。
 主人が奥へ入ると、細君と娘とは、さびしい顔を見合わせた。そして娘は、苦い顔をして笑った。細君は白い顔をさびしくした。
「見ててごらんなさい、どうしたって出来るもんですか」
 娘はもう堪らないといったように云った。
「えええ、そりゃ勿論出来ないのは解っているんだけど、あれがお父様の性分なんだからね」
 細君はやはり涙ぐんでいる。
「お父様とうさん、やっぱり出来る積りなんでしょうか」
「それもどうだか」
「あんなに威張っておいて、出来ないだって、恥ずかしいとも思わないんだから」
 二人はしばらく無言だまった。
 広い人気のすくない家の中は、ひっそりとして、秋の日のひややかさが身に沁む。
「お母さんだって、こんなに苦労するのも、やっぱり――それに、止めるとああだし。お父様とうさんなんか、好んで、苦労するようにするようなものだから、もう、ほうっておくよりかたないんだよ。自分でして見たら得心がゆくんだから」
 細君が、涙ぐんでいるので、娘はもう何も云わなかった。
 二人の白い顔が、暗い中に浮いて見えた。娘の白い手先は、しきりなく動いて、新聞紙はさらさらと、さびしい音を立てる。袋は来年の梨子なしにつかうのである。新聞紙や雑誌やの散らばった中に、土壌、肥料の何とかと、果樹栽培何とかとの、厚い書物の金文字がけばけばしく見えていた。
「そして、サフラン酒だって、何にするの」
「薬になるんだって」
「そして売れるんですか」
「どうして、売れるもんかね」
「じゃ出来たって、ただなんだわね」
 娘は口惜しそうに云った。そこへ主人が、四角な、黒い壜をさげて出て来た。
 秋の日は、と陰って暗くなる。
 二人はだまってしまった。