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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage4
第62回バトル 作品

参加作品一覧

(2023年 2月)
文字数
1
サヌキマオ
1000
2
ごんぱち
1000
3
小笠原寿夫
1000
4
アレシア・モード
1000
5
岡本かの子
1705

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フライパンと兄貴
サヌキマオ

「兄貴ィー! なぞなぞじゃあ! パンはパンでも食べられないパンはなーんだ! 答えられようか兄貴ィ!」
「そりゃあアレよ、ルパン三世よ!」
「ほうじゃあ……ほうじゃがの、こういうときは『フライパン』と答えるのが筋っちゅうもんではないかの」
「なにをぅ」兄貴は吹き出した。「なにを言うとるんじゃ、フライパンは食べられようが」
 甘い夢だった。物言わなくなる前の兄貴との、甘い思い出だ。ふたりして槍ヶ岳をビキニパンツ一丁で駆け抜けて登りつめた思い出。帰りは谷底から川を下って海に流れ着いた思い出。それにしても思い出せない。フライパンを、兄貴は本当にフライパンを食べたのだろうか。
 駅前の百円ショップで手に取ったフライパンに歯を立ててみる。新しいプラスチックと、うっすら鉄の臭いがする。「お客様困ります」すぐに店員が駆けつけてくる。「安心してくれ! 責任は必ず取ってみせる」俺がそう言うと若い女性店員の目元が赤らんだ気がする。もしかして勘違いさせてしまったかもしれない。
「というわけなんじゃ兄貴」
 いつもの霊園、いつもの穴。兄貴の頭蓋の白さに話しかけたものの、考え込んでしまっているのか口は重い。風が流れた。タンクトップは着てきたが、三月頭の多磨霊園はまだまだ冷える。
「悪かったよ、すまなんだ兄貴、このくらいのこと自分で考えにゃいけん」
 機嫌が悪いのかもしれない。また土をかけ直そうとすると、右の薬指に鋭い痛みが走った。釘だ。棺桶に打たれていたものだろうか。指に塗れた土に赤黒い血が混じる。急に腹が立って力ずくで釘を引き抜いて見ると、ずっと眠っていたかのように赤く錆びている。
「そ、そうか」雷に打たれた思いだ。「謎が解けたぞ、さすがは兄貴じゃ。俺の考えつかないことを考えついてくれる」
 寒いのと指の痛いのも忘れて、俺は天を仰いだ。青空の向こうに兄貴の笑顔が巨きく映ったので思わず勃起する。
 錆びさせればいいのだ。錆びれば鉄は赤く朽ちる。俺は駅前の百円ショップで食塩を買うと、前に買っておいたフライパンとともにバケツにコンビニ袋に入れてベランダに置いた。
 体を鍛えているうちに数ヶ月もたったろう、俺は元フライパンだった赤錆をどんぶり飯にかけて食い尽くした。完全な勝利だ。
「兄貴は、兄貴は正しかったんじゃ!」
 勝利の報告に兄貴の墓前に向かうと、その紛れもない証明として、兄貴の墓前に、渾身の、鉄錆まみれの糞をひり出した。
フライパンと兄貴 サヌキマオ

シブチン・スーパーマーケット
ごんぱち

「――蒲田じゃないか、ここのイオン使ってたか?」
「やはりいたか四谷。買い物か?」
「ああ、晩飯の準備で。お前は?」
「ハードオフで米軍制式の電磁波の探知機売ってたんだよ。で、帰る前に、何か安いものがないかと思って」
「イオンは大体同じ値段だろ」
「んな訳ないだろ。フードセンター系とダイエー系で、根本的に違う」
「まあ確かに」
「で、四谷、晩飯に何買うつもりだ?」
「それを考えてるんだ。金が掛からなくって安くって、それでいて経済的なものはないかね」
「方向性がケチ方面で統一されてるな」
「給料以外は何でも値上げ値上げの昨今だからな。ケチでなければ生きられない、贅沢したら生きていく余力がない」
「しょっぱいマーロウだな」
「いやぁ、ハードボイルドにもならない。ガス代節約して玉子かけご飯だ」
「生で鶏卵が食べられる日本社会は贅沢だけどな」

「贅沢といやぁさ、落語のしわいやがあるだろ、蒲田?」
「ああ。ケチ比べの話だろ。おかずをギリギリまで減らす話」
「そう。梅干しも食べないヤツはともかく、梅干しを食べるヤツにしても、あんな食生活をしていたら栄養不足ですぐに死ぬだろう。ケチにしても現実味がないんじゃないか」
「いや、必ずしもそうではないな」
「そうか?」
「時代を考えろよ、四谷。落語の舞台は通常江戸時代か明治時代、新作が昭和だ」
「昭和を新作とは言わんだろ、30年以上前だぞ」
「しわいやの場合、恐らく江戸時代だ。少しの塩辛いおかずで大量のごはんを食べるのが当たり前だったと言える」
「まあそうだが、それにしても栄養が少なすぎるだろ」
「米に栄養がない、その玄宗をぶっこわす」
「易姓革命かな?」
「玄米だよ」
「玄米……なるほど、なら栄養は多少取れるがしかし蒲田」
「なんだ」
「江戸で玄米は好まれなかった筈だ。白米にこだわって脚気が起きたのが『江戸患い』だろ」
「確かに江戸では白米を食べるのがステータスであるが、前提を忘れているだろう」
「前提?」
「彼らはケチだぞ」
「あ、そういう話だった」
「ケチな彼らが白米を素直に買う訳がない。手間が掛かっておらずに安い玄米を買い込んで、そのまま食べたのは間違いない」
「なるほど、だとしたら案外、あの食生活は現実の延長線上だったんだな!」
「まあ、あれは正直やり過ぎで、多分すぐ死んでたと思うけど」
「よし、タイムトラベラーに出す晩飯、決まったよ! ありがとう、蒲田!」
「妙な電磁波が出てると思ったら、それか」
シブチン・スーパーマーケット ごんぱち

交通事故
小笠原寿夫

拝啓
 こちらどもの方では、毎度馬鹿馬鹿しいお笑いを一席、お付き合いを願う訳なのですが、鷺と申しますのは、誠に賢い鳥でして、どこが賢いのかと申しますと、仲間内の寄り合いでひそひそ話をするのだそうでございます。尤も、こちらどものサギはオレオレなんて言わないのですが、おい邪魔するで。また寝てんのかい。おまはん、知ってるか?朝起き三両宵寝は五両なんて言葉がある。朝起きて、仕事でも言ったら、それだけでおまはん飯食うていけるやないか。何してんねん。さっさと起きぃ。おい、何してんねん、起きんかい。はよ出るで。今日はおまはんの大事な日やないか。忘れたとは言わさんで。おまはん、昨晩、一杯飲み屋で何言うたか覚えてるか?わしが飯は何で食うてんねやと尋ねたら、おまはん言うたな。うどんと茶碗をごっちゃにしたらあかん。箸と茶碗で食うてると。あの時は参ったな。最前の酒はどこ行ったんや言うてな。舐めた真似し腐りやがって。ええ根性しとる。肝が据わっとる。あの字が読めんのか。お品書きって書いたんねん。あれなんぼすんねん言うてな。おもろいやないか。お品書き注文するなんて以ての外や言うたら、おまはんなんて言うたと思う。うどん屋の釜や言うてな。なるほど。湯ぅばっかりっておもろいやないか。鷺という鳥を知ってるか。あれに餌ばらまいて散々食うたろうやないかという算段。乗ろうやないか。旅路の果てに何が待っているかは、鷺次第という訳でな。この頃の鷺は起き抜けに五重塔まで登るんやそうやないか。そっから飛び降りても、誰も助からん。上手いこと言うて、おばあちゃん騙して金取るような子に育てた覚えはない。お前はうちの子やない。どこの子や。ええか?よう聞けよ。一遍しか言わん。もう二度と言わん。最後になるからよう聞けよ。誰にも言うなよ。洒落ならんからな。判ってるな。お前と俺の仲やないか。あの世でもう一遍呑もうや。じゃあな。
 とお前は、そう言うが弔辞というのも強ち悪いものではない、と思っている。業の肯定が落語ならば、落語家の落語家たる所以は何なのか?業の部分を笑えとでも言いたげな、背中に鞭を打ち、それでも俺は現世に未練はないと言いたげなお前のケツの穴に位牌をぶちこんで頓死玉としてけんげしゃ致す。
敬具
 この文にお心当たりのある方は、一度、警察までご連絡ください。若しくは寄席に行って以上の文を読み上げてください。
  一蹴させて頂きます。
交通事故 小笠原寿夫

銀の硬貨降る降るまわりに
アレシア・モード

 人は予期しない状況にしばしば判断力を失う、予期しないゆえ備えようもないのだが、例えばドライブ先で見つけた小洒落た店でランチの会計をしようとしたら財布が空であり、そういえば財布を新調したまま中身は入れてなかったかもとか思いつつ、今ならスマホでペイペーよとポケットに手を入れたがこちらも手応えなく、ひょっとしてこれも置いてきたんやろか、店長と記された名札をつけた男に向かって不敵な笑みを浮かべつつ、その思考は白い空転を続けている女が一人ここに居ると思って欲しい。
 私――アレシアは目を閉じ、天に祈った。
(お金あれ)
 私は最初、それを雨粒が屋根に弾ける音かと思った。だが音は店内に響いていた。目を開くと、様々な硬貨が空中から現れては強く打ち当たっているのだった。料理が弾け、食器が砕ける。店内はパニックに陥り、人々が叫んで身を隠す中で、私は思考を空転させたまま立ちつくしていた。これは自分の望んだ結果なのだろうか。床に積もって深く海原のように拡がった無数の硬貨は、続いてごりごりとうねり、渦を成して廻り始めた。私は足を取られて硬貨の海に倒れ込み、そのまま大渦に乗せられているうち中心が見えてきた。暗い穴だった。中から機械の音がする。私の身体を呑み込もうとしているのだ。事の深刻さを知ってもがくうち、謎の囁き声が耳元で聞こえてきた。
「さあ対価を払え」
「お金ならあります」
 私は手を伸ばして硬貨を掴んだ。掴んで中心に投げ込んだ。「対価を払え」と声は続けた。私は渦の中心に向かって硬貨を投入し続けた。渦は次第に小さくなり、回転も遅くなったような気がしたが、いくら硬貨を入れても、私が呑み込まれる前に渦を消すには足りないようだった。私は会計カウンターの上で恐怖に顔を歪める店長に叫んだ。
「お金を追加しなさい! 急いで!」
 店長は震える手で五千円札を出した。私がそれを渦に投げ込むと、謎の声は次第に小さく消えていく。渦は自らを呑み込んで収束し、最後に六枚の五百円硬貨と百円玉二枚が輪を描いて転がり、床に止まったのだった。私は硬貨を拾い上げ、静かにポケットに収めた。
「みんな、もう大丈夫よ」
 感謝と畏敬の拍手を背にしながら、私は店を後にする。達成感の中でエンジンキーを回しつつ、私は漠然とした不安を覚えていた。いま何が起きたのか、そして私が支払うべき対価とは何か。謎は尽きない。アレシアは行く。果てしない戦いの道を。
銀の硬貨降る降るまわりに アレシア・モード

今月のゲスト:岡本かの子

 その人にまた逢うまでは、とても重苦しくて気骨の折れる人、もう滅多には逢うまいと思います。そう思えばさばさばして別の事もなく普通の月日に戻り、毎日三時のお茶うけも待ち遠しいくらい待ち兼ねて頂きます。人間の寿命に相応しい、嫁入り、子育て、老先の段取りなぞ地道に考えてもそれを別に年寄り染みた老け込みようとは自分でも覚えません。縫針の針孔めどに糸はたやすく通ります。畳ざわりが素足の裏にさらさらと気持ちよく触れます。黄菊などを買って来て花器に活けます。
 その人にまた逢うときには、何だか予感というようなものがございます。ふと、ただこれだけの月日、ただこれだけの自分ではというような不満が覚えられて莫迦莫迦しい気持になりかけます。けれども思えばその気持もまた莫迦らしく、こうして互い違いに胸に浮ぶことを打ち消すさまは、ちょうど闇の夜空のネオンでしょうか。見るうちに「赤の小粒」と出たり、見るうちに「仁丹」と出たり、せわしないことです。するうちきつその人に逢う機会が出て来るのでございます。
 出がけのときは、やれやれ、また重苦しく気骨の折れることと、うんざり致します。逢って見る眼には思いの外、あっさりして白いものの感じの人でございます。ただそれに濡れ濡れした淡い青味の感じが梨の花片のように色をさしてるのが私にはきっと邪魔になるのでございましょう。
 その人は体格のよい身体をしてしゃんと立てて椅子に腰をかけ、右膝を折り曲げています、いつも何だか判らない楽器をその上に乗せて、奏でています。普通には殆ど聞こえません。 私は母から届けるよう頼まれた仕立ものを差し出します。その人は目礼して受け取って傍の机の上に置きます。そして手で指図して私をちゃうどその人の真向こうの椅子に掛けさせて、また楽器を奏で続けます。その人は何も言いません。細眼にした間から穏やかな瞳をしずかに私の胸の辺に投げて楽器を奏でます。私の不思議な苦しみはこれから起こります。
 その人の中には確かに自分も融け込まねばならぬ川が流れている。それをだんだん迫って感じ出すのです。けれどもその人は模造の革で拵えて、その表面にエナメルを塗り、指で弾くとぱかぱかと味気ない音のする皮膚で以て急によろわれ出した気がするのです。私の魂はどこか入口はないかとその人の身体のまわりを探し歩くようです。苦しく切ない稲妻がもぬけの私の身体の中を駆け廻り、ところどころ皮膚を徹して無理な放電をするから痛い粟粒が立ちます。戸惑った私の魂はときどきその人の唇とか額とかに向っても打ち当って行くようです。アーク灯に弾ね返される夜の蝉のように私の魂は滑り落ちてはにじむような声で鳴くようです。
 私は苦しみに堪え兼ねて必死と手を組み合わせ、わけの判らない哀願の言葉を口の中でつぶやきます。けれどもその人は相変わらず身体をしゃんと立て、細い眼の間から穏やかな瞳を私の胸に投げたまま殆ど音の聞えぬ楽器を奏でています。私の魂は最後に、その人の胸元に向って牙を立てます。噛み破ります。
 ふと、気がつくと、私は首尾よくその人の中に飛び込めて、川に融け合ったようです。川はもう見えません。私自身が川になったのでしょうか。何だか私には逞しい力が漲り、野のどこへでも好き放題に流れて行けそうです。明るくて強い匂いが衝き上げるような野です。もう私の考えには嫁入り苦労も老先きもないのです。
 いま男の誰でもが私に触ったら、ぢりりと焼け失せて灰になりましょう。そのことを誰でも男たちに知らせたいです。だのにその人は、もとの儘、しずかに楽器を奏でています。ただ今度の私は、大仏の中に入った見物人のように、その人を内側から眺めるだけです。楽器の音が初めて高く聞こえます。それは水の瀬々らぎのような楽しい音です。 私はそこからまた再びもとの自分に戻るのには、また一苦労です。海山の寂しさを越えねばなりません。
 しかし私に取ってこういう奇蹟的な存在の人が、世間では私の母のやすい仕立もののお得意さまであって、現在、製菓会社の下級社員で、毎日ビスケットを市中に届けて歩き、月給金○○円の方であるとは、どうにも合点がゆきませんです。