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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage4
第66回バトル 作品

参加作品一覧

(2023年 6月)
文字数
1
サヌキマオ
1000
2
ごんぱち
1000
3
アレシア・モード
1000
4
田山花袋
2329

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舟を漕ぐ
サヌキマオ

 舟を漕いでいる。おそらく中学生あたりが最後なので、およそ三十年ぶりに櫂を握っている。
 漕ぐというと難しいが、要は水の抵抗を利用して進めばいいのである。それを漕ぐというのだが、両の手に代わって櫂で水を押す感覚が懐かしい。水は水で無いようで、というと違和感があるが、普段飲んでいるような水よりももっと粘度の高いようすで櫂からの圧を受け止めている。腐臭のする真黒な水だ。水の黒を染める霧の中だ。岸から水面に突き出した長い葉は、陰鬱さとは無関係につやつやしている。水の上下もない沼の中、モノクロームに目に映る小島小島の間を縫って進んでいくと、まもなくじっとりと雨が降り始めた。
 えんふぇんほれは半ば闇の沼の中で独り光っている。光っていると沼の魚が鳥が、ともすると猫が襲ってくる、襲ってくるとえんふぇんほれは進んできゃつらの口の中に飛び込んでいき、腔内で爆発する。わけもわからず巻き込まれ、ばらばらになった生き物だった肉塊をちびちび食って生き永らえている。悪辣であった、というのは人間特有の感想だろうか。しかし、いやなはづだ。どんな生き物も自分が死ぬと思っていないときに死ぬのはいやなはづだ。沼に棲む獲物以外の生き物にとっては食い物を食べやすくしてくれるいいやつだと思われているかもしれない。ずっと辺りに籠もっている腐臭は骸が分解される過程かもしれない。
 えんふぇんほれの漁師は金網でできた袋を持っている。袋の口にはむぐろの頭を模したハリボテがついていて、これをけしかけることでえんふぇんほれがむぐろの口の中に飛び込んでくる算段だ。えんふぇんほれが爆発しても金網は破壊されチュドーン。爆発があった。近くだ。狩りに成功したのはえんふぇんほれだろうか、人間だろうか――舟は爆発の衝撃のあった方へ近づいていく。コントラストの高い白黒の遠景にふたつ、雨で烟ってぼんやりとした明かりがふたつ見えた。別々に遠ざかっていくことからすると、きっと人間を恐れて逃げているのに違いなかった。人間は――いた。すっかり目がグレースケールに慣れているところに、うつ伏せに倒れた人間のうっすらと革の茶色が浮かび上がって見える。革を着ていれば爆発の衝撃には耐えられるということだが、例の仕掛けを握った手首はあらぬ方向にぽっきりと折れている。金網の中には黒い塊が――えんふぇんほれであろう。がたがたと中で暴れるのを横目に、おれは先を急いだ。
舟を漕ぐ サヌキマオ

SOMENはCOOLに
ごんぱち

「素麺はフライパンで茹でるとエコだしおいしいぞ!」
「1回やったけど超不味くて捨てたぞ」

「――というコメントのやり取りがあったのだが、蒲田」
「動画コメントか、四谷」
「そこまで不味いなら、やり方失敗してないか? 猜疑心をカチカチに固めて最初から決めつけ、駄目だろう、ほら駄目そうだ、やっぱり駄目、では、そりゃあ上手く行く訳がないだろう。本来は、ある程度分量を絞りつつ試し、言及されない手順は修正した上で、これがこの方法で到達可能な正解、という辺りまでやって初めて意味ある試行だろうとオレは思うわけでな」」
「……四谷、分かってるとは思うが」
「おう?」
「彼奴は、フライパンで素麺なぞ作ってはいない。『まずいから捨てた』という時点で、自炊すらした事がない。自分で料理するなら、健康被害が出ない限り完食せずにはいられないからな」
「……まあ」
「こういう連中はな、自分が普通にやっている事と別な事を言われると、自分が否定されたと感じ、否定したいが、試してないなら相手にされない。だから試したことにして、そう言うのだ」
「だがな、蒲田。もしもそうだとしたら、そいつは『試しもしないで否定から入るヤツ』から『うそつき』に格下げになってしまうではないか」
「四谷、それは現実世界の事だ。インターネッツにおいて、嘘は悪でも罪でもないのだ」
「なんやて?」
「パン職人か」
「せやかて工藤」
「そっちのつもりなかったろ。大体お前、コナンはグレート派だろ」
「YAIBAがどうも。直刀を回して切れる理屈が、な」
「リンクの悪口を言うな」
「マジゴメン。ヨーヨーはやめて」
「剣使う方だよ」
「そっちはミニファミコンで挫折した」
「知ってるか? ミニファミコンのケースって、回収した既存のファミコンを圧縮して作るんだぞ。ほら、カップラーメンもこんなミニサイズ」
「マジで!?」
「……ネットの嘘は吐き捨て、だ。顔が見えない場だ、いくらでもつくさ」
「今、対面でオレに嘘ついたよな」
「Hな人が言っているだろう『嘘を嘘と見抜けない人は、インターネットを使うのは難しい』と」
「蒲田、それを言ったのはNの人ではないか」
「……いいや、彼の正式名は『“ハッキングから今夜のおかずまで”で有名な2ちゃんねる創始者、西村ひろゆき』だから、イニシャルはHだ」
「確かに。流石はHの本場、フランスに行くだけの事はある」
「そのHは、日本語由来だな」
「SO COOL!」
「それは英語だ」
SOMENはCOOLに ごんぱち

甦る法隆寺ラーメン
アレシア・モード

「こうなったら悪魔を呼ぼうと思う」
「……駄目だよ」
 マリは憐憫を込めて言った。私――アレシアの店「法隆寺ラーメン」は理由は知らんが危機にあった。滅亡の日まであと十八日なのである。
「店を守りたいのは分かるけど……オカルトでラーメン店の栄えたためしはないわ」
「違う違う」私はスマホを示した。「今はこれ、AIの時代よ。悪魔イン・チャットのアプリで悪魔に商売のアイデア出してもらうのさ」
「……AIは悪魔インの略じゃないわ」
「知ってるよ。とにかく販売を強化しないと店は限界なの」
「……味をどうにかした方が」
 君に私のラーメン理論は分からぬ。
「ねえAI、法隆寺ラーメンの売上アップを考えて」
 AIは答えた。
〘ピコーン。ある理論によればラーメン店の客とは情報を食うものだそうです。従って情報を濃くすれば人気が出ます〙
「どうしろと?」
〘法隆寺は世界遺産ですので多くの情報を含んでいます。そこで法隆寺をダシにして宣伝しましょう。こんなのはどうですか。
・現存する世界最古の木造けずり節
・エンタシス様式の柱の太麺
・金剛力士立像の腕組みからの湯切り〙
 振り上げたスマホからAIがまだ何か言ってる。凄いよ泣きたいほど名案だよこのポンコツハゲ死にやがれッ」
「落ち着いてアレシア……スマホに罪は無い」ああっさすがマリ。危うくスマホ叩き壊すとこだった。
「こ、今回は許そう。他に何かないのかAI」
〘ピコーン。ラーメンの情報量が薄くても、客の頭の中をより薄めてやれば熱力学第二法則によって旨くなるという学説があります。客の記憶をマクスウェルの悪魔に売り渡す、けしごむ作戦です!〙
「な、なんだって――!」
〘まず、スープの成分からアミノ基の一部をアルミニウムに置換し……


 新作ラーメンの効果は抜群だった。客たちは一口ごとに記憶を失い、ただ「旨っ旨っ」と口走りつつ無心にラーメンを啜り続けた。スープまで飲み干すと恍惚の幽鬼の如く席を離れ「法隆寺ラーメン……いいね、いいね」と譫言うわごとを呟きながら店の外へとまろび出てはぶつかった自転車や蚊柱を相手に「旨いよ旨い」と囁くのだった。
「ねえ……アレシア」
 マリが不安げに見つめる。
「本当にこれで良かったの?」
「そらそうよ。日本一よ」
「でも……客の記憶を奪ったりして」
「だから何?」
「みんな支払いまで忘れてる気が……」

「あれ? 先にお代もらって、なかったかな?」
「アレシアも……スープの味見してたよね」
「いやあ旨いんで、つい」
甦る法隆寺ラーメン アレシア・モード

線路
今月のゲスト:田山花袋


 停車場を出てまだいくらも来ないのに、汽車はふと軽い動揺を感じて、俄かにしかし緩やかに停車した。非常汽笛が鳴った。
『オヤ』
『どうした』
 乗客は互いに顔を見合わした。車窓から首を出したものもあった。『誰か轢かれたかな?』こう言って窓の方に立って行く人達もあった。それはちょうど町外れと言ったような、汚い低い家屋の両側に並んだところで、色の褪せたむつなどが懸けつらねられてあるのが其処から見えて居た。トタン張の長い塀には大きな広告などが書いてあった。道路と線路とを仕切った処には、背の低い枳殻からたちの垣が勢いよく新しい芽を伸ばして居た。向こうの方には敷いたように一面に草の青々とした広場が見えた。


『子供が轢かれた!』
 誰言うとなく、そうした声が車内から車内へと伝えられて来た。一二分経った後には、群集が彼方此方あちこちより集まってきた。汽車から下りてわざわざ走って見に行く人達もあった。向こうの広場の柵を越えて、酒屋の御用聞きらしい男が此方こつちへ飛んで来たが、子供の二三人立っているところへ来て、何か強いて聞くような形をして、そのまま汽車のそばへと寄って行った。
 後から後へと人々が続いた。
 一人の巡査は剣を左の手で持って慌てて走って来て、しつするようにして群集の中に入って行った。
 車内の空気はどことなく騒々しかった。乗客達はみな顔を曇らせて居た。轢かれたのが子供だというだけに一層心を動かされたようにも見えた。『どうしてまあそんな処に子供が出ていたんでしょうねえ』こう言った三十七、八のコートを来た女はそば七歳ななつになる位の可愛い女の児を伴れて居た。
『そんな処に出しておく親の不注意さねえ、まあ』
 こういう声も聞こえた。
幾歳いくつくらい? 五歳いつつ? まあ五歳いつつくらいですって。それじゃまだなんにも知らない可愛いさかりですのに……。誰か一緒に来たんでしょうにねえ?』
『それ、其処そこにいるのが伴侶つれですと』
 こう右側に居た男に教えられて、女達はその青々とした広場を前にした群集に取り巻かれて居る三人の児を見た。七歳から十歳くらいまでの年格好で、一番年上なのは、髪をお煙草盆に結って、赤いメリンスの前垂まえだれをしていた。
 その女の児は始めは何かいろいろと口を利いたり、指さして教えたりしていたが、その幼い眼に映った事件の何事であるかに俄かに思い附いたように、やがて袖を顔に当てて泣き出した。


 汽車は静かに動き出した。
 列車の左側の処からは、乗客の顔が幾重にも重なり合って見えた。
 汽車は静かに、静かに……。
 一番先に見えたのは灰色に濁った汚い掘割の水であった。其処そこには泥を満載した舟が一そう繋いであった。その掘割に架けた橋を渡る汽車の音がちょっと耳立って聞こえたが、やがて線路と掘割とに接して、小さいスロープになった草の生えた処が見えた。緑色の草……散らばった花束……紅い血……足も手も離れ離れになった小さな紅い塊……巡査の長剣……群集……。


『まあ、厭だ!』
 こう言って顔を両手で覆って長い間じっとしている女もあった。
『まあなんていう汽車に乗り合わしたんでしょうねえ!』
『どんなでしょう? 親は?』
 そうした声が轟々とした汽車の音に交じって聞こえた。
『なぜ、私は見たんでしょう。見なければよかった。嫌ですわねえ!』
 若い娘はつらそうにして言った。
 車中にあるとある女達は恐ろしい運命の迫害から辛うじてのがれて来たようにほっとしていた。うちに置いて来たその同じ年頃の子供たちを思わない母親はなかった。現にそうした子供を伴れて旅をしている人達は、しっかりとその子をその身のそばから離さぬようにしていた。
『本当に油断がなりはしませんわねえ』
『人ごとと思えませんわねえ』
 こうした言葉が絶えず繰り返された。
『線路の中に入って居たんですかねえ。どうしてまあ、そんな処に来て遊んで居たんでしょう。花を取りに入っていたんですってねえ……。五つや六つではまだあぶないなんていうことは知りませんからねえ』
 汽車が二つ三つの停車場を通り越しても、その話は容易に尽きようともしなかった。その紅い小さい塊は長い間はっきりと人々の眼の前にあった。


 汽車の通って行く両側には、田舎の衰えた町があったり、一八いちはつの咲く茅葺かやぶき屋根やねがあったり、高い処に新たに建築された立派な別荘があったりした。
 新しく乗って来た人々を捉えて好奇に、『この汽車は今、五歳いつつくらいな子供を轢いて来たんですぜ』などと話して聞かせる人たちもあった。新しく乗って来た客は、厭な汽車に乗り合わせたもんだという顔をして、しかもめずらしそうにその話を聞いた。「まあ可哀想にねえ』女の客はやはりこう同情した。せっかく遠ざかった光景がまた新たに繰り返して話された。
 でも汽車が海岸に近い松の多い処をはしって行く頃には、同じ年頃の女の児をつれた細君も、今まで抱いて膝から離さなかったその児を窓の方に座らせて、夏蜜柑を包みの中から出して、皮を綺麗に丹念に剥き取って、一片ひときれずつ子供の口に入れてやっていた。十一、二になるお下げの娘はわざわざ窓の処に行って遠く光る海の色などを見ていた。
『まあ、ようやく下りられる。何かまた事がなけりゃいと思って、それゃどんなに心配したか知れやしないのよ。一度あることはきっと二度あるものですからね。……厭な汽車、厭な汽車!』子供のかばねを見た時、両手で顔を覆った中年の女は、こう言って網の上から信玄袋を下ろして、そして松原の中の停車場から下りて行った。その停車場の小さい花壇には、紅い石竹せきちくが見事に咲いていた。
 新しい客が段々多くなって来た。子供の轢かれた話を繰返し繰返し話した男ももうどこかで下りて行っていた。新しい人たちはやがて新しい話を題目にして笑ったり何かした。