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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage4
第68回バトル 作品

参加作品一覧

(2023年 8月)
文字数
1
サヌキマオ
1000
2
ごんぱち
1000
3
添田唖蝉坊
2027

結果発表

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やまたのおろち
サヌキマオ

 峠を下ると廃村に入った。夏草の勢いがそのまま人間の不在証明である。足元を飛び回るのはバッタかコオロギか、みな同行してくれる。往来の真ん中には半ば朽ちた立て札があって、「やまたのおろち生息地→」と読める。頼りない矢印の先を目で追っていくと赤いジャージの女が立っていたのでぎょっとしてしまった。そもそもこんなところに人がいると思わないし、赤いジャージにひっつめ髪の眼鏡の女だ。顔は疲れて果てているように見えるが、本当はもっと若いのかもしれない。どうするか迷ったが、結局会釈をして通り過ぎようとしたところで「あのっ」と声をかけられた。
 八俣遠呂智はまだ生きている。須佐之男に斃されたと思っていたが、眷属は、娘をさし出すという風習はまだ生き残っているのだという。女は界隈では有名な同人作家で、この近辺に住んではすべてを通販でまかなっているということだった。「案外ね、なんとかなるもんなんですよ」と、妙に誇らしげに語る女を見て少し好感が湧く。
 昭和の、木目調を施したクーラーがまだ動いている。女の家はかつての地主の建物だったとかで、うねりもあらわな床柱に砂ずりの壁、細かな木彫の欄間はいかにもお大尽の設え。かつては庄屋の大家族が住んでいたのだろう造りにも、今や人はおらず、変なジャージの女が住み着いている。黄ばんだ畳にはAmazonの箱が積み上げられている。壁にはアシダカグモが二匹も張っているが、気にするふうもない。分厚い銘木の座卓にパソコンにペンタブと並べて山と積まれた作画資料。
「従姉が八人いたんですけど、みんな八俣遠呂智に連れて行かれてしまいました」女はその食われた姉妹の従妹にあたる。「きっと田舎が嫌になって出ていったんだろうと思ったんですが、本当に行方が知れなくなって」女は目を合わせずもそもそと早口で喋る。「そろそろ一年になるんですが、もしかして私も」
 来るのかもしれないなぁ、と答えた。それ以上会話が続かなかった。辞去することにする。「あの、気にしないでください。生身の人間が本当に久しぶりだったので、私なりに人恋しかったのかもしれません」女は深々と頭を下げる。よく冷えたミネラルウオーターのボトルを三本もらって、ここから三十分も道なりに歩くと県道に出て、五時半に来るバスがあるという。集落を背にすると背後からゴロゴロいう音が低く響いた。雷だろうが、なにが重いものを引きずるような音にも思えてくる。
やまたのおろち サヌキマオ

説得力
ごんぱち

 むかし、イエス様がある村を訪れた時の事です。
 その村では、人垣の内側で、ロープで縛られた女が座らされていました。
「何があったのです?」
 イエス様は、村長らしき人に声をかけます。
「この女は、夫がいながら他の男と姦通したのだ。法によれば、姦通した女は石で打てと言われているので、石を投げつけるところだ」
「こんなに大勢で石をぶつけては死んでしまう。罪は罪としても、命を奪う程のものではないでしょう」
「法がそのように定めているのだ。邪魔をしないで貰おう。どのような罪であっても、罪は裁かねばならない」
「なるほど、罪は裁かれなければならない、それはそうでしょう」
 イエス様は大いに納得した顔で頷きます。
「だが村長、もし罪人が罪人を裁くとしたら、これはおかしな事ですね?」
「そりゃあそうだろうな」
 村長の答えにイエス様は笑いました。
 論破出来る流れに入った時に見せる、あの屠殺場の豚を見るような笑いです。
「ならば、生まれて一度も罪を犯した事がない者だけ、石を投げなさい」
 結局誰一人として、石を投げられる者はいませんでした。

「――なあ蒲田、この話が理解出来ないんだが」
「理解はしているけど、文句を言いたいんだな、四谷。この話のポイントはいくつかある。まず、イエスは当時の法律の範疇から見ると、罪人になっている可能性がある」
「まあ、結局処刑されたしな」
「アウトローが、既存の法を否定するのは自然な成り行きだ」
「だが、法がなければ結局ヒャッハーするしかなくなるぞ」
「無法ではない。別の秩序を打ち立てれば良いのだ。それが神の裁き、つまり神判だ」
「魔女がドキドキしそうだな……」
「人は人を裁くべきではない。裁かなくても、神によって罪は裁かれる、そういう事だ」
「犯罪が成立してる時点で破綻してないか」
「大事な事を忘れるなよ、四谷。当時の法律は不十分であり、犯罪捜査も科学的手法が確立していた訳ではない」
「……あ、そうか」
「従って、四角四面に法を守り、納得いかない罪に納得いかない処罰をするよりは、情と直感に任せてやった方が、まだ冤罪を減らせられるという事にもなる」
「ふむ、大体理解したが、蒲田」
「ん?」
「疑問は、村人が『自分達に罪がある』と認識していた事だ。法に照らせば無罪の奴もいたろう?」
「アウトローで元大工の兄ちゃんが、13人プラスアルファの手下を連れて来ていちゃもん付けてんだぞ。理屈の整合性が必要か?」
「あー」
説得力 ごんぱち

猟奇者と浪さん
今月のゲスト:添田唖蝉坊

「浅草公園にヒッパリが出るというが、一体どこへ出るんだい。俺は一度もぶつかったことはない」
 まるで抗議のような問いに遭うことが時々ある。冗談じゃない、淫売が出たって、出なくたって、オレのせいじゃあるまいし――とやりかえしたくなる。先頃弘前から上京した友人がやはりその伝だ。ひょうたん池の裏の暗いロハベンチに、十二時過ぎまで腰かけていたが、ついに出現しませんでした、というていた。もっともである。ヒッパリ君のお眼鏡にかなわぬ程の者の前には永遠に出現しないという理屈になる。
 目の前を「彼女」が過ぎっても気が付かないようなボンクラとは、まるッ切り世界を異にした「悲しい国の住人たち」だからである。
 おおかた彼は、妖艶な女が、水々と化粧した顔に新しい手拭でも冠って出て来ると思っていたのだろう。が、これはお芝居ではない。埃まみれではあるが、生々しい「生活」なのである。
 遊戯ではない。生活争闘なのだ。

 池のフチの暗がりを遊歩する「悲しい女」たちの中で、最も古い、かつ有名なのは、「なみさん」である。五十三か四の「土手のおきん」時代の、今戸の三角公園の頃からの、古顔なのである。
 弘前の友人よりはいささか眼の利いた男が、その猟奇趣味から、一夜ひょうたん池のうす闇に探見たんけんに来た。東京館の前から、藤棚のある橋の中にくぐり込んで行くと、混凝土コンクリートの欄干にいる女があるのだ。
 橋を渡り切ると、そこに、観相者が、百目蝋燭を握って、客の顔を、左から右から下から、覗き込んでいる。垂れる柳。夕暗のしめった匂い。彼は、百目蝋燭が集めた小さな人の群の後ろに立って、欄干の女をそれとなく見ていたのだ。
 と、女はやおら動き出すと、明るい露店の川の方へ歩き出した。彼は慌ててそれを追おうとしたが、ふと自分の脇に、ソレラシキ影を認めたので、追うことを止めて、その方に注意し出した。
 その影は、橋の袂まで行くと、またこちらへゆっくりゆっくり戻って来るのだ。今や彼は前面からそれを見ることが出来た。白い顔だ。
 うすら汗ばむ初夏というに、それはコートを着ている。旧式な襟巻をしている。そして、二百三高地式な古い束髪を結っているのである。
 ソレは、彼の服とすれすれに、今度は池を花屋敷の方へ行き出した。徐行である。最徐行である。彼もゆっくりその後に随って見たが、どうしても早く歩いてしまうのだ。ゆっくり歩くということにも、修練が要るのだと思ったのである。
 と、ソレは向こうから来た五十程の禿げた頭と何か話をしはじめた。彼は何を言ってるのか聞きたいと、歩み寄って行ったが、どうも聞きとれないで、通り過ぎた。少し行ってから振り返って見ると、まだ話してる。
 その内、その二人は、一間ほどの間隔をおいてまた元の方へ歩き出した。彼も歩を返した。二人はまたちょっと顔を寄せたが、別れて、禿は行ってしまって、ソレだけがまたノロリノロリと動いているのだ。
 消防署の方から、巡査がやって来た。ソレはつと「山」の中へ入って行った。巡査は、観相者の輪の外から、
「おい、行け。ここでやってはいけない」
 観相者は百目蝋燭の灯を吹き消したが、立ち去ろうとはしなかった。と、
「行け」
 巡査のトゲが促した。彼は輪を残して、「山」の中へ入って行った。巡査が去ると、蝋燭の消えた匂いを嗅いでいた残りの輪が、バラバラに歩き出して散ってしまった。
 彼はその後ろの、柵の鎖に腰を下ろした。
 池の向うのふちには露店がこびりついてその背を見せていた。その表側の明るい人の流れが、空で下駄を鳴らしている。池一つ隔てたここでは、げッそりと陰が沈んでいるのだ。
 と、また例の束髪が、山から出て来て、彼の前の路の五六間の長さを、蠢きはじめたのである。また、すれ違った男と、少しの間もつれ合った。が、男のヘンなうす笑いが立ち去って行った。
 彼は、もちろん誘われて見るつもりだったのである。何処どこまで行くか、底まで行きついて見たいと念願していたのだ。しかしソレが何度か彼の前を動いているうちに、ソレの白い顔の夥しい皺を感じて、寒くなってしまったのである。
 と、ソレの方でも、彼の前を行ったり来たりしながら、彼の方を観察することを怠ってはいなかったのだ。とうとう彼の方へやって来た。彼の腰の鎖をつなぐ石柵に来て、細い手を出してつかまった時、彼は戦慄を覚えて、立ち上がると、振り返りもせずに、橋を渡り切って、人の流れの中にまぎれ込んでしまったのである。

 翌日彼がその話を私にしたのである。そのソレが「浪さん」なのである。浪さんは常習のソレで、保安でも最早手を焼き切ってしまったというのであった。彼女は昭和座の裏手に住んで、白暮の頃から、池のふちを歩きはじめるのである。
 意気投合(?)者を見つけると、彼女の巣へ導くのであるが、わずか五十銭か一円のこの冒険をする者もたえて少なくなって、一夜に一人の客をとり得れば、いい方だ、と不景気をかこっている昨今の浪さんなのであった。