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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage4
第70回バトル 作品

参加作品一覧

(2023年 10月)
文字数
1
おんど
1000
2
narutihaya
1000
3
サヌキマオ
1000
4
ごんぱち
1000
5
島崎藤村
1555

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長編小説「途中まで」
おんど

たしか去年の今頃だったと思う。こちらを主宰しているBJS氏から連絡を受け、いますぐ短歌を1000首送って欲しいと、深夜のDMで依頼をうけた。期日は三日後の中秋の名月までだという。じつはそれまで誰にも明かしていなかったのだが、私は歌を作っていた。隠れて作っていたと言ってもいいだろう。妻も知らないし妻が知らない愛人も私が歌を作っていることを知らなかった。歌を作っていることを知らなかったといっても何も恥じる必要はない、と妻にも愛人にも言ってやりたがったがそんなことをする必要があったのだろうか。だいいち妻とはLINEでしか通常会話が成立していなかったし、良く知られている通りLINEでの歌のやり取りは固く禁じられている。一方テレグラムではどうか。テレグラムには歌というものの概念がないから愛人とは気兼ねなく会話を楽しんでいるし、歌も歌っていないと言えば噓になるだろう。愛人は職場の同僚だった。年下の上司だった。巨乳なのに乳輪が小さかった。そんな彼女でさえ歌の存在には気づいていなかった。
なのにどうしてこちらを主宰しているBJS氏は私が歌を作っていると知ったのだろう。しかも1000首だ。百人一首よりかなり多いことは明らかだ。東京ドーム五個分と言い換えてもいいだろう。コンドーム五個分と言い間違えて、その時すでにセックスレスの極みに達していた妻との関係はどうだろう。そこまで考慮してこちらを主宰しているBJS氏は深夜のDMを寄こしてきたのだろうか。たしか去年の今頃だったDMがまるで昨日のことのように思い出される。一年前の出来事が昨日のことのように今日思い出されるというのは記憶障害の一種だろうか。ことにDMというのはパソコンで打つ時とスマホで打つ時は感覚が違っていて、その時はまだトグル入力からフリック入力への転換期だったからフリック学園へ足繁く通っていたもののなかなか習得できず、フリック教授からずいぶん日本人というだけで馬鹿にもされたし、そのことで指先を使ってなぞったり擦ったりという術を遺伝子レベルにまで叩きこまれたのだからフリック教授の策略にまんまとまんまとまんまと嵌ってしまったと言っても過言ではないだろう。
その後ようやくBJS氏からの鬼のような催促を振り切って、というのも僕には僕の生活があるから、図書館へ言って静かに歌集を読んでいて微かな違和感を覚えたのは、私が作っていた歌というのがどうやら、
長編小説「途中まで」 おんど

あるサイトの話
narutihaya

 20年。

 一つのサイトがリンク切れになるには、十分過ぎる時間だと思う。
 でも、そのサイトはまだあった。

 昔、自分がつたない小説を投稿していたサイト。
 作家を目指していたわけではなかったが、一時期ハマっていた。すぐに熱は冷め、小説を書くこともなくなり、就職して結婚して、今はフリーランスでライターの仕事をしている。
 完全に忘れ去っていたサイトにアクセスしてみようと思ったのは、最近、AI関連の仕事を請けるようになったからだ。AIが書いた文章を元にして、記事やシナリオに仕上げたりしている。まあ、それっぽいのができる。小説っぽいのも。

 そういえば、小説書いてたっけ。
 あのサイト、まだあんのかな。

 そう思って、検索してみたのだ。正直、まだあったことに驚いた。そして、「お知らせ」に記載してあった訃報を目にして、少なからずショックを受けた。サイトを主催していた人が亡くなったらしいのだ。
 交流があったわけではない。自分は単なる一投稿者だ。訃報に接して、主催者が近隣に住んでいて、リアルの集まりなどがあったことも今更知った。

 マジか。
 会いにいけてたじゃん。

 今頃になって、その人となりみたいなものにちょっとだけふれて、あったかも知れない出会いの機会が二度とやってこないことにとまどっている。

 そう、とまどったのだ。
 普段なら、こんなことはしない。

 思わず、目の前のチャットAIの画面に打ち込んでしまった。

「会えるなら会いたかった」
[理解しました。会える機会が訪れることを願って、その時まで連絡を取り合いましょう]
「もう会えない。亡くなってるんだ」
[驚きと悲しみを感じます。喪失感や悲しみを感じることは自然なことです]
「当時の僕は書くことで救われてたんだ」
[書くことで自身を救う経験は、非常に有益で素晴らしいものです]
「あのサイトに投稿して、感想をもらえて、とても嬉しかったんだ」
[あのサイトへの投稿が心の支えとなっていたことは素晴らしいことです]

 わかっている。AIに感情はない。
 これは、高度な数学で処理された統計的な文字情報だ。

[どんな形であれ、これからも文章を書くことを続けてください]

 もし、今、自分の心が動かされているのなら。
 それは最初から自分の中にあったものなのだろう。

「あのサイトってどのサイト?」

 続けて打ち込んだが、エンターキーは押さなかった。

 答えはわかっている。

 20年ぶりだ。
 そう思った。
あるサイトの話 narutihaya

原っぱの人魚
サヌキマオ

 まさに地の弾けるような豪雨のあとで、またぞろ雲の合間から陽差しが肌に焼け付いた。なぜこんなところにいるのかという記憶がはっきりしない。人魚は原っぱの真ん中に設えられたじゃぶじゃぶ池の中にいた。近くにはアスレチック用の遊具が建ち並んでいる。夏休みも終わった自然公園だが、人魚本人が知った話ではない。
 きっと悪い魔女に騙されたのだ。人魚としては常套的な流れの中でそういう結論に至らざるを得なかった。しかしなんのために? 解るはずがない。判っているのは、このまま何もしないでいると、人間に見つかるであろうことと、暑さで魚の部分が煮えてしまうしまうということだ。実際のところ、人間は池から一キロほど離れた場所にある管理事務所に職員が二人いるばかり。最寄りの駅から車で三十分もある自然公園に、月曜の午前中から遊びに来るもの好きというのもそうあるものではない。
 それでもなお人魚には希望があったとみえる。少なくとも自分はファンタジー上の存在だ、という自覚である。雨上がりの草むらに涼風が吹き抜ける。ふと見ると虹がかかっている。そうだ、虹に乗ればいいのだ。人魚は雲の隙間に手を伸ばすと、いとも優雅に虹を手繰り寄せた。幸いにも身体がすいと浮いた。どんどん虹の橋を登っていく、足元の池が、アスレチック場が、公園が小さくなる。
 気温というのは百メートル高度が上がるごとに〇・六度下がるという。つまり、飛行機の飛ぶような高度八〇〇〇メートルにおいては八十×〇・六を地表の温度から引けばよく、
「寒い寒い寒い」
 マイナス三十七度。人魚には過酷な生存環境。幻想と自然科学のせめぎあいの中、辛うじてファンタジーが勝っているおかげで死なないが、寒くて辛い。虹のカーブは下降線を描き始め、滑り降りつく雲の中、人魚の記憶も真っ白になり――
 まさに地の弾けるような豪雨のあとで、またぞろ雲の合間から陽差しが肌に焼け付いた。なぜこんなところにいるのかという記憶がはっきりしない。人魚は山あいの温泉にい頭から突っ込んでいた。鉄さびの臭いのする黄色く濁ったお湯で、遠く緑の山並が広がっている。
 きっと悪い魔女に騙されたのだ。人魚としては常套的な流れの中でそういう結論に至らざるを得なかった。しかしなんのために? 解るはずがない。判っているのは、このまま何もしないでいると、人間に見つかるであろうことと、いずれのぼせてしまうだろうということだ。
原っぱの人魚 サヌキマオ

詩人逮捕
ごんぱち

 生まれついての詩人であるオレ、四谷京作は、今日も会社に出かける。
 電車に揺られてガタゴトガタゴト。
 ガタゴトガタゴト
 ガンガンゴンゴト
 ガンゴトゴトゴト
 売られていくよ
 切り売り人生
「おいあんた、詩人だな?」
 突如、声をかけられた。
 右手にカメラ、左手に棒、腰にはコーリャン、牙はゴリラ、心に燃える正義の心。
 来やがった、詩人逮捕系配信者。

 場面は一転、採石場へ。
「ここで遭ったが百年目、詩人禁止法を守らぬ奴!」
 配信者はこちらを殺意と敵意と害意をもって睨みつける。
 きちんとオーデコロンで匂いを消していたつもりだったが、どうやらリリックが口から漏れていたらしい。
「詩人禁止法などという法律は、少なくとも現代日本に存在しない筈だが」
「笑止、詩人禁止法を犯す者に抗弁権なし」
 配信者は若い力で襲いかかる。
 白髪頭だが、襲いかかってくるものは、若い力と感激に満ちているものだ。
 何しろ10人が10人、全て歓喜溢れるユニフォームを身につけているのだ。間違いない。
 彼らの手には硫化水素の風船がある。
 詩人の弱点は呼吸にある事を把握し尽くしている。
 流石、詩人との戦いに慣れている。
「くらえー」
 配信者達が飛びかかる。
 詩情廃した、感情の乏しいかけ声だ。
 パン、パン、パパンパン。
 風船の割れる音が響き渡る。
 配信者達は倒れていく。
「卑怯者!」
 7番目が怒鳴った。
 同時に、風船が割れて、硫化水素を自ら吸い込み昏倒する。
 否、割れたのではない。
 採石場には石がある。
 砕いたばかりの尖った石。
 これを飛ばしてやれば、風船など、尖った石で突かれた風船と同じだ。

 8人倒したところで、残りも倒れた。
 硫化水素を武器に選んだのが奴らの敗因だ。
 もしも、素手で殴りかかっていたら、封印していた詩人神拳奥義、肝臓絞りを使わなければ、到底勝てなかったろう。核を用意されていたら、改定詩人殺法の封印まで解く必要があったかも知れない。
 間一髪のところだった。
 11人の配信者は、倒れた後爆発する。
 採石場なので、周囲の安全だ。
 ガソリン高騰の折か、爆炎はあまり上がらない。

 辛うじて、詩人逮捕は免れた。
 だが、配信者は7秒に4人の割合で、大規模農園で収穫される。
 明日はどうなるか分からない。
 だが、明日の事まで分かっては、詩人ではいられまい。
 見よ、ノストラダムスを。
 彼を詩人として評価する者は、誰もいないではないか。
詩人逮捕 ごんぱち

汽船の客
今月のゲスト:島崎藤村

「助かった――助かった――」
 七つばかりに成る女のの手を引きながら、利根がよいの汽船が眼に見えるところまで行って、ホッと彼女は息を吐いた。
 客を待つ白いペンキ塗の通運丸は静かに隅田川の岸に繋いであった。それを引く汽船の煤けた煙筒えんとつからも、僅かに石炭の煙を吐き出して居た。その汽船が両国橋の畔を離れるにはだ間のある時で。乗り場の屋根の下には筵包みにした荷物が積み重ねたままで置いてあった。土浦行きの客なぞはボツボツ集まってきた。
 彼女は待合室の隅のところへ行った。子供だけ腰掛けさせて、そこから玻璃はり戸の外を眺めた。両国の鉄橋の下を流れて来る水、動揺する波、煙を揚げて通り過ぎる河蒸汽かわじようき――そのゴチャゴチャした河岸の光景が、これから子供を連れて郷里の方へ帰ろうとする彼女の眼にあった。
「母ちゃんも、これでまあやっと自分の身に成った――」
 と彼女は子供に言っても解らないようなことを言い聞かせて、袂から菓子の包みを取り出して与えた。また子供の側に立って河の方を眺めた。
 秋らしい霧雨が降っていた。彼女は長いこと一緒にいた男の手から――悲しい自分の母の記憶から――暗い貧しい東京の生活から――あらゆるものから、今、のがれて行く自分のことを考えた。
 田舎生まれの彼女が国から東京に出て来ようとした頃は、彼女もまだ娘のさかりで、母と二人ぎり暮したが、彼女の身体は人に見られて可羞はずかしいものと成って居た。上京のそもそもは身体の始末に困ったから起こったことだ。彼女は母に連れられて、狭い口煩くちうるさい国を出た。
 彼女の母は田舎者に似合わないほど洒落な、一生したいことをし尽したような女で、そのかわり人は好く、涙もろかった。いたずらは母も覚えがある、と娘を哀れんで、彼女を連れて上京したのは、以前母がねんごろにしたという男の一人のもとだった。母はもはや夫から別れて居た。その男の家に落ち着いて、しばらく彼女は今連れて居る女の児を産み落したのだ。
 それからの東京の生活、古いこと、新しいこと、一時にそれが混じり合って、今去ろうとする彼女の胸に浮かんで来た。男とよく喧嘩してはその度に家を飛び出して行って、親戚の方に掛かって居た母――侘しい裏住居――賃仕事――子供を背中に乗せて、男にいて行った縁日の楽しい晩――その草の香を嗅いで戻って来ると、折節母も親戚の方から戻って来ていて、可恐しい嫉妬と争闘との幕がよく続いたものだ。
 母の嫉妬は事実において弁解することの出来ないものと成って行った。彼女はその男の子供をも産み落とした。それから親戚の家の方で煩い付いた母――二番目の乳呑み子を背負いながら、やっとの思いで一度見舞った母の病床――続いて母の死――冷たく暗い蚊帳の外に、男がよく映るのを見たと言った母の幽霊――
 それからそれと数えれば実に際限の無い、すべてこれ等の記憶から、彼女は今やっとのことで脱け出して行こうとするところだ。遁れることも離れるも如何どうすることも出来なかった、強い、逞しい男の力から……
「私は、世の中が可恐おそろしく成りましたから、子供を一人連れて、郷里の方へ帰ります」
 こう彼女は、母の厄介に成った親戚の家へも幾年振りかで暇乞いに寄って言って来たが、そんな極々ごくごく新しいことまで何となく悲しく彼女の胸を往来した。
 そのうちに、蒸汽の笛が高く河岸の空へ鳴り響いた。待合室に集まった客は、いずれも待ち草臥くたびれたという顔付きで、濡れた桟橋を渡って行った。彼女も子供を抱き擁えて、風呂敷包みに洋傘まで一緒に持って、霧雨の降る中を汽船へと急いだ。
「助かった――助かった――」
 とまた、彼女は船室に移ってから言って見て、堅く堅く子供を抱き締めた。玻璃戸のはまった船窓から、その女の児を産みに出て来た東京をお別れに眺めた時は、流石に女らしい涙が流れた。