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長編小説「途中まで」
おんど
たしか去年の今頃だったと思う。こちらを主宰しているBJS氏から連絡を受け、いますぐ短歌を1000首送って欲しいと、深夜のDMで依頼をうけた。期日は三日後の中秋の名月までだという。じつはそれまで誰にも明かしていなかったのだが、私は歌を作っていた。隠れて作っていたと言ってもいいだろう。妻も知らないし妻が知らない愛人も私が歌を作っていることを知らなかった。歌を作っていることを知らなかったといっても何も恥じる必要はない、と妻にも愛人にも言ってやりたがったがそんなことをする必要があったのだろうか。だいいち妻とはLINEでしか通常会話が成立していなかったし、良く知られている通りLINEでの歌のやり取りは固く禁じられている。一方テレグラムではどうか。テレグラムには歌というものの概念がないから愛人とは気兼ねなく会話を楽しんでいるし、歌も歌っていないと言えば噓になるだろう。愛人は職場の同僚だった。年下の上司だった。巨乳なのに乳輪が小さかった。そんな彼女でさえ歌の存在には気づいていなかった。
なのにどうしてこちらを主宰しているBJS氏は私が歌を作っていると知ったのだろう。しかも1000首だ。百人一首よりかなり多いことは明らかだ。東京ドーム五個分と言い換えてもいいだろう。コンドーム五個分と言い間違えて、その時すでにセックスレスの極みに達していた妻との関係はどうだろう。そこまで考慮してこちらを主宰しているBJS氏は深夜のDMを寄こしてきたのだろうか。たしか去年の今頃だったDMがまるで昨日のことのように思い出される。一年前の出来事が昨日のことのように今日思い出されるというのは記憶障害の一種だろうか。ことにDMというのはパソコンで打つ時とスマホで打つ時は感覚が違っていて、その時はまだトグル入力からフリック入力への転換期だったからフリック学園へ足繁く通っていたもののなかなか習得できず、フリック教授からずいぶん日本人というだけで馬鹿にもされたし、そのことで指先を使ってなぞったり擦ったりという術を遺伝子レベルにまで叩きこまれたのだからフリック教授の策略にまんまとまんまとまんまと嵌ってしまったと言っても過言ではないだろう。
その後ようやくBJS氏からの鬼のような催促を振り切って、というのも僕には僕の生活があるから、図書館へ言って静かに歌集を読んでいて微かな違和感を覚えたのは、私が作っていた歌というのがどうやら、