Entry1
長編小説(途中まで)
おんど
図書館ではおもに歌集を読んでいる。歌集を読み、司書の梶原さんと歌集について感想を述べあう。
図書館では私語厳禁だが、歌集について感想を述べあうのは許されている。一方的に感想を述べるのは禁止されている。
そこには合意がないからだ。
合意のないおしゃべりは慎まなくてはならない、と梶原さんは言った。そう、梶原さんは何事も合意を重んじるタイプの48歳だった。
「わたしって、すこし慎重すぎるのでしょうか」と言って梶原さんは銀縁メガネを持ち上げた。「何事にも合意を求めすぎるから男の人に敬遠されるのでしょうか。もうずいぶん婚期を逃してしまったし。いえ、わかっているのよ、現代の科学がとっても進歩していて私みたいな48歳のおばさんにだって子供を産めることは。でもね、そういうことじゃないのよ。もっと全体をひろく包み込むような合意が欲しいんです。包括的合意と言ってもいいかもしれない。だってこうしてあなたと話しているのだって、包括的な合意があってこそ、ひとことひとことにささやかなリスペクトが生じるわけだし、リスペクトが高じて愛が高まるって信じたいの。ううん、そうじゃなくて。身体の関係は包括的な合意に含まれないという合意をあなたとしたわよね。身体の関係はむしろ合意をしないで欲しいの。私が言っているのはそういう合意。合意なしでしないでってベッドの上でわたしが叫ぶのはそういう合意があったからでしょ。だからあなたには思いっきり合意を踏みにじってこちら側へ来てほしいと常々思っています。ええ、あなたには奥さんもお子さんもいるし、私以外にも愛人がいるんでしょ。わかっています。わかっています? ほらね。やっぱり合意してるじゃない。だから、安心してわたしとの合意を打ち破って欲しいの。縄? うん、それもいいかもね。でも、いま、縄ってあなたの口から洩れてしまうと、それはもう合意への敷居を一歩跨いだことにならないかしら? そういう情報を前もって入れないで欲しいのよ。ねえ、わたしの言っていることわかる? ねえ、わたしってウザい女? ウザい女を縄で縛ってどうするつもりだったのよ。プレイ? ふふふ、やめてよ、プレイだなんて。そんな合意はしてなかったはずよね……あれはたしか去年の今頃だった。市営グラウンドの駐車場で、ギアチェンジするみたいに助手席に座っていたわたしのスカートを捲りあげたわね? あれって合意したわけじゃないのよ。もっと