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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage4
第74回バトル 作品

参加作品一覧

(2024年 2月)
文字数
1
おんど
1000
2
サヌキマオ
1000
3
ごんぱち
1000
4
Bing
1201
5
武野藤介
2174

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長編小説(途中まで)
おんど

私たちの能登半島が正月から大変なことになってしまった。
ご承知の通り本作はおよそ25年前の事実をもとに書き進めているわけだが、ここでいったん時計の針を現在に進めてしまおう。時計の針といっても私は時計を巻かない主義だし巻いていたとしてもデジタル表示なので、時計の針といっても先端が鋭く尖った針のことではないことを言い添えておく。言い添えておくことでなにかのヘッジになるとも思えないが、地方新聞社で長らく校閲経験のある梶原さんはそういうことにとても敏感な質で、私はどちらかというと虫歯を放置しておく質で、痛みを感じない質と言い換えてもいいのかもしれないが、痛みを感じたころには歯医者がお手上げ(必ずしも治療器具を手にした状態で両手を挙げたわけではない)状態で、神経を根こそぎ抜いてしまうという荒療治が始まる。何か金属製の鋭利な器具を腐りきった歯の根元に執拗に挿しては抜き挿しては抜きを繰り返し神経を引っこ抜いていくのだが、その時の医療器具がどうしても私には時計の秒針(病身と掛けているわけではない)に思えてならないのである。ピロートークでそんなことを語っていると梶原さんは身体を火照らせ身を捩り股をもぞもぞさせて長年の校閲経験で培ったある種の忍耐強さを発揮して唇を噛んでいるのだが、いいかげん唇が紫色に変色した頃を見計らって「どうしたんだい」と訊ねると、どうやら敏感になってしまったらしいのだった。普段は皮に包まれた敏感な部分を時計の針でもってつんつんされると得も言われぬ恍惚を得るというオプション機能が身体に備わっているということらしいのだ。そうは言っても私は時計を巻かない主義だし枕元のアラーム付き時計はデジタル表示だし随分とわがままを言う女だと軽蔑をし始めたところ、地方新聞社での校閲経験の長い梶原さんが当時の上司から何かの祝いでもらったという腕時計を差し出し、それをその場で分解して長針を取り出してほしいと懇願し始めた。仕方なく梶原さんの白い手首を後ろ手に縛り、猿轡をはめ、目隠しを施してからフロント9番を呼び出し、精密機械用ドライバーセットを依頼した。普段から電動こけしの修理に使用しているという職人気質のフロント係が迅速にドライバーセットを部屋まで持参し、もしよろしければ時計を分解して長針を取り出してみせやしょうなどと粋なことを言うので、わなわな待ち焦がれている梶原さんの白い尻に即詠歌を書きは
長編小説(途中まで) おんど

嗚呼いいね昏いね夜の音楽ナハト・ムジーク
サヌキマオ

 あ、なつかしい、と感じた。ジァン・ジァンだ、真ん中にある四角いステージを左右から客席で挟んだ、かつて渋谷にあった小劇場によく似ている。客はまばら、それぞれバラバラ席について、入口で渡された膨大な量のチラシを仕分けている。きっと自分にとってもその九九.九%は興味もないであろう公演の数々。高校演劇では一日のうちに二十五校もの演劇を詰め込んで朝から晩まで観せる催しがあるらしいが、ああいうのは「自分の学校を観てもらう以上、相手のも観ねばならない」という不文律があって、朝の八時半から夜の八時までみっちりと、興味のあるもないも観せられるのだという。修行だった。拷問とは云わない。でも、舞台に上がる人間がほかの舞台を好きかというと、まったくそうではないのも知っている。
 公演がはじまった。青いチョッキを着たやぎのこどもが二本足で、とことことリノリウムの床を歩いて出てくる。体躯に合わせて作らせたようなバイオリンを持っているが、これをキイコキイコと弾く。弾いて歌う。あたし夜が怖くて、夜が怖くておかあさんに抱きつく。抱きつくけれどおかあさんは、あたしが夜が怖くてたまらないことを情けないと思っている。思っていることをあたしは薄々知っている。知っている、あたしが寝ないとお父さんがいらいらする。歌詞のわりにはやぎの顔はどことなく楽しそうに見える。バイオリンのソロが入る。高音が劇場内にコイルのように巻かれていく。あたし、春には弟ができる気がする! 曲が終わる。まばらな拍手。これでもかというやぎの深いお辞儀。
 すみません、ビールをいただけますか? やぎが云うやいなや、栓を抜いた瓶ビールとコップが運ばれてくる。丁寧にそそいだ黄金色を一息に飲み干すと、それじゃあ踊りますか。みなさんは手拍子をよろしくお願いしますとまた頭を下げた。調子のいい音楽に合わせてやぎの足が跳ねる。前足はうなるようにして旋律を生み出している。はじめはとても楽しそうに見えたが、だんだんとバイオリンの弦が、ボディを、音を軋ませる。そのうち空のコップもビール瓶も蹴飛ばして、バイオリンはすっ飛んで天井に刺さり、観客の手拍子だけが残った空間でやぎはさも気が狂ったように、たたらととろと右足と左足もてんでばらばらに、首もぐるぐる、腰もカクカクと、踊りだかなんなのか、ようやくがっくりと膝をつくと、ハアハアという息遣いを観客の拍手が掻き消していく。
嗚呼いいね昏いね夜の音楽ナハト・ムジーク サヌキマオ

予備
ごんぱち

「健康診断、糖尿病予備軍だってさ」
「そうなんだ。じゃあ、やっぱりお酒控えないとね」
「待て、話は最後まで聞くもんだ。それが夫婦円満の秘訣ってヤツだ」
「30年ばかり円満にやってるでしょ」
「まず、予備という言葉はだな、予め備えるという意味だ」
「それが?」
「言ってみれば、平時は使わない余剰の戦力という事だ。この日本で考えてみたまえ、予備自衛官が戦争に出た事があるか?」
「災害とかでは結構使われてるわよ」
「事例の有無ではなく、頻度と割合の問題だよ。世の中に絶対なんてものはない」
「はぁ」
「そして予備校。通ったからといって、志望校に合格出来るとは限らない。服に予備で付いてるボタンをボタン付けに使う事も、ほぼないだろう」
「外して取っといてあるし、何度か使ったけど」
「つまりだな、予備と呼ばれるものは、おおよそ役立つ可能性は薄いのだ。従って、予備軍であるところのオレは、糖尿病本隊との決戦に投入される事無く終わる可能性の方がずっと多いのだ」
「それで?」
「だとするのであれば、禁酒や食事制限などで、仕事のストレスを家で解消も出来ず、心身を病んでしまう可能性の方が、余程立ち向かうべき敵ではあるまいか?」
「ないまいよ、お医者さんに言われてる時点で、予備役どころか臨戦態勢よ」
「だが、マーフィーの法則では、備えている時は悪い事は起こらない」
「それは備えないと悪い事が起きるって事でしょ。くたくた言わずに、きっちり制限なさいな」

「――って事があってから5年経つね」
「飲まなきゃどうにかなるもんだな。昨今の情勢か、付き合いの場でも、結構飲まなくても気にされないし」
「今回の健康診断の数値、健常者並になってるよ」
「ああ。数字になって出て来ると、本当に頑張ったな、と思うよ」
「それでね、これ」
「やや、これは酒じゃあないか」
「毎年の元旦に一合ぐらいなら構わないってお医者さんに言われたんだよ」
「話の分かる先生だ、そうだな、チートデイってのは先の原動力にもなる、貰おうか」
「はいよ、燗つけるかい」
「いやとりあえずコップに少し。ああ良い酒だね、黄金色してらぁ。ああ、香りも良いね、久し振り――」
「あら、どうしたんだい?」
「来年の予備にしとこう」

「――先生、父は」
「老衰です。100歳の誕生日ですし、充分大往生ですな」
「一升瓶3本並べて、全部飲むつもりだったんですかね」
「どうでしょうね。ともかく、お供えして差し上げると良いでしょう」
予備 ごんぱち

銭形平次 八五郎のバレンタイン
Bing

【お詫び】アレシア・モード先生急病による体調不良のため、今月は休載といたします。申し訳ありません。代わって新進気鋭のAI小説家・Bing先生の作品を掲載いたします。
 江戸の町には、悪を懲らしめる名探偵・銭形平次がいた。平次は、幼なじみのおふくと結婚し、幸せに暮らしていた。しかし、平次のもとには、事件が絶えなかった。そんなある日、平次は、おふくから一通の手紙を受け取った。

「平次さま。今日はバレンタインデーです。私は、あなたにチョコレートを作りました。夕方、柳橋の下で待っています。おふく」

 平次は、手紙を読んで、嬉しくなった。おふくは、平次のことを大切に思ってくれているのだ。平次は、仕事を早めに切り上げて、柳橋の下に向かった。しかし、そこには、おふくの姿はなかった。代わりに、一人の男が、平次に声をかけてきた。

「あなたが銭形平次か。私は、八五郎という者だ。おふくは、私の手にかかった。チョコレートも、私が奪った。おふくを助けたければ、この謎を解け。さあ、始めよう」

 八五郎は、平次に三つの謎を出した。平次は、冷静に謎に取り組んだ。一つ目の謎は、次のようなものだった。

「私は、おふくをどこに隠したか。答えは、この言葉の中にある。『おふくは、八五郎にさらわれた』」

 平次は、言葉をよく見て、答えに気づいた。

「おふくは、八五郎にさらわれた。この言葉の中に、『倉』という字がある。おふくは、倉の中に隠されているのだ」

 平次は、正解だと言った。八五郎は、不満そうに、二つ目の謎を出した。

「私は、おふくに何をしたか。答えは、この言葉の中にある。『八五郎は、おふくにチョコレートを食べさせた』」

 平次は、言葉をよく見て、答えに気づいた。

「八五郎は、おふくにチョコレートを食べさせた。この言葉の中に、『切』という字がある。八五郎は、おふくにチョコレートを切って食べさせたのだ」

 平次は、正解だと言った。八五郎は、怒りに震えながら、三つ目の謎を出した。

「私は、おふくに何を言ったか。答えは、この言葉の中にある。『八五郎は、おふくに愛を告白した』」

 平次は、言葉をよく見て、答えに気づいた。

「八五郎は、おふくに愛を告白した。この言葉の中に、『嘘』という字がある。八五郎は、おふくに嘘の愛を告白したのだ」

 平次は、正解だと言った。八五郎は、悔しそうに、おふくの居場所を教えた。

「おふくは、この柳橋の下の倉の中だ。早く行け」

 平次は、八五郎を捕まえようとしたが、八五郎は、すばやく逃げてしまった。平次は、おふくのことを心配して、倉の中に駆け込んだ。そこには、おふくが、縛られていた。平次は、おふくを解放して、抱きしめた。

「おふく、大丈夫か。無事で良かった」

「平次さま、助けてくださって、ありがとうございます。私は、平次さまのことが大好きです」

 おふくは、平次にチョコレートを渡した。平次は、チョコレートを受け取って、笑った。

「おふく、ありがとう。私も、おふくのことが大好きだ。これからも、一緒に幸せになろう」

 平次とおふくは、キスをした。柳橋の下には、二人の愛の証が残った。

(1000文字)
銭形平次 八五郎のバレンタイン Bing

白い犬
今月のゲスト:武野藤介

 いつからともなく、愛妻を喪って以来というもの、僕は心さみしい青年になっていた。
 あれは、恋と云うものだったのであろうか。恋と名づけるには余りに微温的だったように思われる。が、彼女の出現は、雨のひどい吹き降りの日に、家出の形式を取って、名古屋にいる兄の家から、僕を頼って上京してきたのだ。雨の日の出奔、そのことが、ほのかに僕の情熱に呼びかけた。そんな情熱なんぞ、あんなにも烈しい恋をして結婚したあの亡妻が、その死と共に、あの世へ持って行ってしまったとばかり思っていた僕に、彼女のこの出現は、不思議な情熱の経験だった。まして、これは恋と云うものだろうか。

 雨のれあがった姿が美しかった。
 陽が落ちて、事務所オフイスの退け時を、いつものように、ひとり銀座の舗石道ペーヴメントの上に足を運んで、資生堂で夕飯を食べてから、僕は彼女の宿に電話をかけたのだ。
「どうだい?」
「…………」
「出かけて来ないかい。散歩に。今、銀座にいる」
「散歩? 嬉しいわ。連れてってよ。だけど賑やかなところ、私、嫌だわ。誰に逢わないとも限らないんですとも。でも、まさか、あなたはスパイじゃないでしょうね。家出してきた私を、名古屋の兄達へ、売るようなことなさらないわねえ」
「そのことなら、安心していたまえ」
「……そればかりじゃないわ」
「なにが?」
「私の賑やかなところ嫌いなわけ――」
「どんなわけ?」
「云ってしまおうかしら……」
「云ってしまい給え」
おこっちゃ嫌よ……私、あなたが好きなのよ。大好きだわ。昔から好きなのよ。だって……あなたの後ろ姿は、ネズダーノフのように、何かしら、悲劇的なんですもの。でも、私の賑やかなところ嫌いなわけ――だって、そんなところ、屹度、あなたには、奥様の思い出がおありになるんですもの」
「じゃ、どうすればいいのかね?」
「この広い東京に、私のために、残された散歩道、どこかに一つくらいあってもいいんじゃない」
「それじゃ……」これだけの会話が電話でとり換わされてから、時間をしめしあわせて、僕は彼女と四谷見附の橋の上で落ち合った。

 日がとっぷりと暮れて、都会は夜の化粧をして、東宮御所の上に美しい月が出ていた。その御所の前を通って、信濃町へ出て、慶応病院の垣根に添って大番町へ抜けて、千駄ヶ谷から代々木の駅へ、あの広いアスファルトの道を散歩してみよう。ここでは五月蝿く円タクの助手席から、声をかけられるようなこともなかった。夜になって、ここが人通りの少ない道であることも、僕はよく知っていたのだ――。
 モルナールが、かつて僕に教えてくれた。
 ――恋を打ち明けるには、感傷的な小説家が、背景をえらぶと同じように、季節とか、時とか、場所とか、そう云うことをよく考えなければならない。
 御所の横手、あのさみしい道の上で、僕の唇の下に、彼女の瞑ざされたが置かれたからと云って、それは唯、僕が、モルナールのこの教訓を思い出したと云うに過ぎないのである。一つの影を、道の上に投げた二人の、その時のポーズは、映画などにもにある型通りのもので、それは決して珍しいものではなかった。そして、二人は何気なく、本能的とも云ってもいいような気持ちで、あたりを見廻したのだった。
「あら、まあ、なんて可愛い――」
「どこからいてきたんだろう」一匹の白い犬が、美しい月の光をいっぱいに浴びて、キョトンとした顔で、僕達のすぐうしろに立っていた。じっと下から僕達を見上げているその犬の顔が、月光のかげんで、涙に濡れているように見えた。
 僕は妙にうら悲しい気持ちだった……。

 信濃町駅の崖下の道を僕達は歩いていた。犬はまだ後からいてくる。の垣根のうちから、こんな良夜にふさわしい歌声が洩れてくる。どのような彼女が唄っているのであろうか。

 青き花の忘れな草
 君よ胸に秘めませ
 花は散りて色は変われど
 こころは永久とわに変わらじ……

 崖下の道を登って、明るい電車道の上へ出ると、さっきまでいてきていた犬は、どこかへ行ってしまっていた。
「ここの病院なんでしょう。あなたの奥さまのお亡くなりになったのは――」
「…………」
 そのくせ、彼女は、こうして散歩していても、二人の話題に、僕の亡妻のことばかり持ってきたがった……。
 大番町のさみしい屋敷町を、斜めに通り抜けると、新宿御苑の表門のところへ出る。大きな樹がある。その樹の樹蔭で、僕はもう一度、モルナールの言葉を思い出した。
「…………」
「いいえ、いけません。犬が、さっきの白い犬が、この犬、屹度あなたの奥さまよ」
「そんな馬鹿なことが……」
「いいえ、いけません」彼女は、僕の腕の中で身をもがいた。
 あの明るい電車道で、一度姿を見失った犬が、また、どこからか、僕達の後を踉けてきたものらしい。いや、或いは、これは全然、それとは別な白い犬だったかも知れない。が、その夜、僕は、それからすっかり、無口になった彼女を持て余して、持て余したままの気持ちで別れて、自分のアパートへ帰って来た。外套を脱いだ。その時まで、思い出しもしなかったスムース・サンドウィッチが、その外套のポケットから出てきた。夜食に食べようと思って資生堂で買ったのだ。白い犬の嗅覚を誘惑したのは、これだったに違いない。なぜ僕は、それを思い出さなかったのであろうか。モルナールの歌詞なんぞ思い出すかわりに――。