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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage4
第76回バトル結果

おめでとうございます

今回のチャンピオン作品は、サヌキマオさんの『芝の浜の猫の話』です。

投票結果
得票数 
1
長編小説(途中まで)
おんど
2
小笠原寿夫
2
3
金河南
1
4
サヌキマオ
3
5
人口肉
ごんぱち
6
紅い窓
島崎藤村

感想票をお送りいただいた皆様、ありがとうございました。

「私の投票がない!」「内容が違うような?」……掲載もれ、ミスなどがございましたら、QBOOKSインフォデスクのページよりご連絡ください。

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推薦作品と感想

■Entry4
芝の浜の猫の話
サヌキマオさん


【おわび】バトル開催中、本作における振り仮名がルビ形式で表記されていませんでした。申し訳ございません。
感想:
芝浜を知っているのに、オチに行き着くまでにそれを忘れさせる技量が凄いと思いました。嫌らしさがなかったので、サヌキマオさんに投票します。
1.よく書けているとは思いましたが、前後がわからなかったので、投票には至りませんでした。
2.久しぶりに書きました。ヨゴレ芸になってしまいました。
3.まさに逆転の発想ですね。毒が効いていて良かったと思います。
4.酔わせる技術が噺家さんを思わせました。こういうのが書けるのが、この作家さんの魅力だと思います。
5.小さな所から発想を飛ばす作風が素晴らしいです。やり過ぎかな、と思わせておいて、最後の一行で落とすテクニックがいいです。
投票者: このバトルへの参加作者

感想:
奇妙な夢が面白かった。
投票者: このバトルへの参加作者

感想:
這い寄るなるとん。
考えるだけでまあまあ気持ちが悪い。
長いものへの嫌悪感は、生物的な資質なのだろう。本来生き物的な形から離れている分、生き物認識しないと見落として危険、という事かも知れない。
なるとと言えば、正月のねりものセットを買った時に付いていたが、これってどの辺の地域の習慣なんだろう。北海道の定番だろうか。広島出身、NHK今日の料理で料理を学んだ母は、かまぼこ以外使わないようだが。
投票者: このバトルへの参加作者

■Entry2
真贋漫才
小笠原寿夫さん

感想:
真贋漫才★★★★★

相方というのは誰のことだろう。一読して劇場の舞台と思われるが本当にそうなのだろうか。会いたかったから相方と言えなくもない。会いたかった会いたかった会いたかったYES!という感じがしなくもない。というのも
「乳揉みたい。」
「しゃあないな。俺ので良かったら揉ましたるわ。」
そんなに簡単に身体を許してしまっていいものだろうか。
「舞台」というのは何かのメタファーで、じつはまったく思いもよらない場所で乳を揉んでいるのではないか。というのも誰だって乳があったら揉んでみたいからだ。それは赤ん坊の頬っぺたやヤマザキのダブルソフトといったもののように、単にそれが柔らかいから触れてみたいという性質のものではないからだ。乳は乳房であり乳頭である。やわらかさの上に敏感部分が搭載されているからこそ我々は揉んでみたいのだ。では色気の褪せてしまった婆の乳の場合はどうだろう。だらしなく垂れさがり乳頭も皺が寄って黒ずんでいる。もはやダブルソフトですらない。こうしたものを目の当たりにしたとき我々の真価が問われるといっても過言ではないし華厳でもない。ましてや納言でもない。納言・薄幸という芸人が隠れ巨乳であることに今さら言及するのもどうかと思う。支配人が血相を変えて怒鳴り込んできたのも頷ける。なぜなら支配人こそが相方の乳を思う存分揉んでみたかったからだ。そういう意味ではテレビ局のプロデューサは相方の乳を揉んでいたのではないだろうか。「こっちが本物や。」そう言って相方とプロデューサーは乳繰り合いながら実りある生を全うしたのではないだろうか。


逆転の発想★★★

少子高齢化が我が国の失われた27年の根本要因であるといっても過言ではないし納言でもないというくだりは前項を読んでいただくとして、少子高齢化とはつまり少なからぬ子どもが年寄りじみてしまうという事態だ。小学6年生が1年生に向かって近頃の若い者はと嘆いてみたり昼飯を食ったばかりなのにご飯はまだかと訊ねてみたり朝起きると死んだの俺か?と叫んだりする。
そういった意味では本作で紹介されている「アムール作戦」がインパール作戦に次ぐ我が国の大失敗作戦として位置づけられたのも頷ける。心地よい性愛環境を用意することで猿のようにやりまくって死んでしまう。その時に発生するエネルギーでタービンを回して発電させ、スーパーストロング性愛マシーンとして銀河系を支配する者へと味変させるはずだったが失敗に終わった。80歳以上をターゲットとしたとて「お前もその年くるんだよ、バカやろう」とチンパンジーに一喝されるのがオチではないだろうか。


芝の浜の猫の話★★

ここ数カ月落語芝浜をモチーフにした話がよく出てくるし自分も感想でもじもじもじった記憶があるので、もはや誰の話が元ネタだったのかがわからなくなっている。そんなときは三遊亭圓朝の口演本に立ち返るのが筋だから神田の書店街に出かけて片っ端から本屋を当たった。するとどうだろう懐かしのグラビアアイドルや各種ビニール包装されたゾッキ本などがより取り見取りで激写文庫の浜田朱里を見つけてその水着の透け感や水沢アキの乳頭のこっくり感や少女Mの幼児体型の罪悪感などに時のたつのも忘れてたちっぱなしになってしまった。これぞ春のオカズ祭りである。他になにかオカズはあるかい?
「――やっぱ止すよ、また夢になると生け贄」


人口肉★★★★

いわゆる言いまつがいでここまで話を創り上げるというのは並大抵のことであったりなかったりする。フェラチオ→キス→クンニリングスで受精したのだからお父さんとお母さんは何も疚しいことはしていないしいまだに処女と童貞なんだよと言って子どもが騙せるものだろうか。疚しいことがないというのならこの場でやって見せてよと中学2年で初潮を迎えんとする娘に言われ、たっぷりとした唾液を絡ませたディープスロートからディープキス、顔面騎乗位におけるディープインパクトなクンニリングスが眼前で繰り広げられ、頭の中では古式ゆかしき英国流キャッチアズキャッチキャンの攻防なのだと自分を納得させようとするそばから獣じみた両親の喘ぎ声が聞こえる。いくら令和キッズだからといって引きこもる部屋がなければ卓袱台ひっくり返して乱痴気騒ぎする両親の姿態を目の端に刻み込んで生きていくしかないじゃないか。増税なしの支援だなんて、まるでパパ活みたいに言わないでくれる?と子どもの心は荒み切っていくのである。
投票者: このバトルへの参加作者

感想:
「長編小説(途中まで)」
 酢味噌かー。ホタルイカについてるところしか最近見ないなあ。
 しかし、屋上にスケベ椅子が置いてある会社が良いな。はじめに置いたやつぁどういうつもりで置いたのかが気になるな。単に「酒の勢いでポチったはいいけど家で置く場所に困って勤め先に不法投棄しました」みたいなつまらない理由ぢゃないといいな。屋上でサンシャイン欲情とかしといてほしい。

「真贋漫才」
> 「思い出すなぁ。初舞台もこうして乳揉ませてくれたよな。」
 ここが一番面白かった。なんかこう、ペーソスの漫才だ。最近あたらしい人をあんまり見なくなっちゃったけど、このタイプの人は今はいるのかなぁ。
 わりとこう「よゐこ」とか。いっときの「おぎやはぎ」とか。

 売れそうな漫才をちゃんと描けているのが良いと思いました。投票。

「逆転の発想」
 少子化対策の究極は「無責任に産ませてあとは大企業が兵隊として面倒を見る」てぇ感じだと思いますが。
 見なくてもいいのか。生命の価値が重くなりすぎているのかもしれぬ。

 なお、92になるあたくしの祖母は「老いるとは孤独に耐えることだ」てぇ云ってましたげな……

「芝の浜の猫の話」
 オチがやりたかった。それだけの話を尾ひれはひれつけていったのであろう。知らんけど。
 しかし尾ひれはひれのはひれってなんなんでしょうな。ハラホロヒレハレの略の可能性が低い。

 ルビはなんかいまひとつ指定したふうになっていない気がするので修正よろしくメカドッグ

「人口肉」
 アレよ、画面で校正するより紙に刷りだしたほうが漏れが少なくなるというのはよくいわれておることでございます。
 しかし、ネットニュースも誤字が多い。Vtuberも(やつらのことが好きだということが前提にあるとしても)テキストの漢字が読めてなくて唖然とする。
 こう、正しいかどうかよりも「通じれば何でもよくね?」という空気があるな。最近は。
 通じても気分を害すことはあるが。

「紅い窓」
 いいんだよなぁ。テキストの何をもってそう思わせるのかはわからないけど「描写がいきいきとして」いるン。たんに自然を描いているとか、花札に興じているところを書いているとかではなくて、なにかいきいきとして見せる技術が――文体かなぁ。文体、と書けばみんな一瞬で納得しそうな感じがなんかヤだ。
投票者: このバトルへの参加作者

■Entry3
逆転の発想
金河南さん

感想:
掌編らしい掌編といえる、すっきりした作品(内容はすっきりできないかもしれないが)。冒頭に提示した問題をスタートとして、読者の意識の流れを大きく妨げないまま誘導しているからだろう。私だとねじまわしてみたり単体のギャグとか差し込んでしまうのだが、それも味だろうけど、結局は手先の細工にすぎないのだ。
投票者: その他のQBOOKS参加作者