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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage4
第78回バトル結果

ざんねん

1位の作品数がその得票数以上となりましたので、今回のチャンピオン作品はありません。

投票結果
得票数 
1
おんど
2
2
サヌキマオ
2
3
ごんぱち
1
4
超人武芸帳
アレシア・モード
5
佐左木俊郎

感想票をお送りいただいた皆様、ありがとうございました。

「私の投票がない!」「内容が違うような?」……掲載もれ、ミスなどがございましたら、QBOOKSインフォデスクのページよりご連絡ください。

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推薦作品と感想

■Entry1
長編小説(途中まで)
おんどさん

感想:
ようやくまともなのが来た記念
こういうのでいいんだよ
投票者: その他のQBOOKS参加作者

感想:
「長編小説(途中まで)」
 こんなインターネットの辺境で「中折れ」で話題がかぶるとは思わず一瞬の感動とその後にもやーっと湧いてきたじっとりとした嫌さに肩まで使って30数える気分になりもした。
 しかし回を重ねるごとに梶原さんが超いい女として脳内補完されていく。足りない情報が読者の都合のいいように糊塗されていく。(と、書くと梶原さん、実は85歳でした、などとなっていきそうでおそろしい)

「ありくい」
 自分の記憶力の衰えにがっかりして貝になって人間だったころの記憶もたぶんすぐ無くなっていくの。

「石芋アフター」
 加工の発見があるまで食べられなかった石芋を<彼が年老いて、子の代になり、子も年老いた>までなぜ作り続けていたのか、という疑問が残ってしまった。いや、村人の自戒のために、だと書いてあるが、自戒のためにかける手間にしては、ずいぶん作業がおいも。いや、重い。
 石芋ができたらまた土に埋めてたんだろうか。ちと苦役が過ぎる。

「超人武芸帳」
 自称ニーチェなんだろうなぁ。名札に書いてあるだけだものなぁ。
 自称ニーチェの中では神は死んでいなさそう。

「指」
 すっぽんを買ってカバンに入れたあたりまでは長谷川町子の絵柄で脳内に浮かんでいたが、最終的にはちゃんと劇画になっていったな。わりと雑にすっぽんって買えたもんなんだな。
投票者: このバトルへの参加作者

■Entry2
ありくい
サヌキマオさん

感想:
ありくい★★★
ありくいを逆から読むとイクリアで、リアルにイクことのメタファーとして語られることが多い。本作はリアルにイクとはどういうことか、記憶障害が兆し始めたのに肉体は半勃起できるくらいには元気という男性のケースを取り扱っている。カミさんだと思って抱いたらもっといい女だったなんてそんな都合のいい話があるわけもなく、カミさんは縁日で買ったドラミちゃんのお面を被っていたのである。最終盤でありくいが興味を失って去っていくのだが、イクリアできなかったことの喩えである。朝のパンを買い忘れたからといって何だと言うのだ。米だっていいし餅だっていいし、食べなくたっていいのだ。

石芋アフター★★
石芋に石井もこまった、という故事にならった話である。キリストがやりマン女を糾弾する人々にやりマン好きでない者だけが石を投げよと絶叫したあの小咄だと思えば間違いない。物欲を捨てたのが仏なら、食べられもしない石芋を作り続けた村の人々は聖人二号、もしくは偏屈な人々だ。結局わずかなでんぷんが取れたとか言って仏に感謝の意を表明するわけだが、お釈迦さまと弘法大師がグルになって仏優位の正解を計画的に構築していることを暴露している。ふつうは石芋なんかに感謝しない。石井も同様である。

超人武芸帳★
賢明なる読者ではないのでまったく気付かなかった。
(※ニーチェの感想です)には共感した。
漢字少な目と指定してAIに書かせたらいいんじゃないか。
投票者: このバトルへの参加作者

感想:
オオアリクイは案外未亡人を発生させているという事実があるが、主人公氏は本当に生きて朝を迎えられたのであろうか。
アリクイが人を喰ってもアリクイと言われるのは、きちんと食べ物も食べているのに嘘喰いと呼ばれるようなものか。当方、嘘喰いという作品は読んだ事はないが、コエカタマリンがなければ不可能な描写だと思うので、多分藤子不二雄の弟子か本人だろう。名作に違いないから読むと良い。
投票者: このバトルへの参加作者

■Entry3
石芋アフター
ごんぱちさん

感想:
私が仏壇に向かう時、左から不動明王、大日如来、そしてひとり大きな椅子に座る弘法大師様――ちなみに普通に腰掛けているのではなく座面の上で結跏している――と順に拝むわけですが、そのキャラといえば、まず大日如来ですが、これは人間がどうとか超越したレベルの存在であって良いも悪いもない手もつけられない存在で(※個人の感想です)、その点、不動明王ならとりあえず人間レベルの俗なお願いでもまあ聞いてくれそうな(でも少々怖い)アニキ、そんな印象なわけです。さて……我らが空海、弘法大師様ですが、なんかこの方は人間としてあらゆる実践を尽くしたエリート超人の印象で、むしろ不動明王のほうが人間ぽく感じるのは私だけでしょうか。しかし逸話というか伝説では字の誤りを筆を投げつけて修正する(それはそれで凄い)とか、微妙に人間臭さが強調されたものもあります(実際そういう人だった可能性もあるが)、これはやはり教祖としては多少親しみも有ったほうがよいという気持ちでしょうか。
と、ここまで前置きとして、やはり芋が石になるというのはキツいなってみんな思うとこなんですが、それもやっぱりお釈迦様の掌の上ってとこがなるほど仏教説話という感じで良かったです(どこがやねん)
投票者: このバトルへの参加作者