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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage4
第80回バトル 作品

参加作品一覧

(2024年 8月)
文字数
1
おんど
1000
2
サヌキマオ
1000
3
ごんぱち
1000
4
武野藤介
1714

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Entry1
長編小説(途中まで)
おんど

長編小説家に夏休みなどない。長い物語を連続して書くには持続的な根性が必要だから休み休み書いている短編小説家の諸氏とは比べ物にならないほど精力を削がれてしまう。精力を回復するためにまとまった休みを取るべきだと口が酸っぱくなるほど言い、実際に酸っぱくなっているかをペーハーと測定し、口の中で噛んでいる試験紙を梶原さんに抜き取ってもらう刹那、無防備になった梶原さんのおでこにできた吹き出物に唇を当て、こんなにひどいヘルペスにしてしまってごめんねと心の中でやさしく謝罪しながら激しく吸い、毛穴の奥から膿を吸い出して素早く唾を擦り付け、膿を吸い、唾を擦り付け、膿を吸い、唾を擦り付けと繰り返すうちに吹き出物はすっかり霧散し、元通りの剝きたてのゆで卵みたいなつるりとした梶原さんのおでこが取り戻せた。そんな朝には、それが夜明けとともに30度を越えるような猛暑/酷暑/炎暑(ご自由にお選びください)のなか、土手の向こうにあるペニスコートまで駆け足で向かい、向かう途中でドジっ子の梶原さんが転倒して膝小僧を擦り剥いて血が滲み、噓泣きしながら土手の傾斜に横たわり、脚を開くと白いスコートの奥に秘境があり、インナーパンツも履かずに紳士淑女のスポーツたるペニスコートへ足を踏み入れようとしていた梶原さんの破廉恥な心意気に胸を打たれ、以前から白血球の少ない女ではあったがだくだくと血が流れる膝小僧の傷口に唇を当て、激しく血を吸いあげては唾を擦り付け、血を吸い、唾を擦り付け、血を吸い、唾を擦り付けと繰り返すうちに傷口はすっかりふさがったのだが、開いた股の上方から大きな血の塊が降ってきたのはノストラダムスも予見できなかった。頭全体が血に覆われて爽やかな朝の日の光が川面を照らし、その反射光が屈折を重ねて私の血まみれの頭部を照らし、きらきらと光り輝く様は、大きな赤ちゃんが梶原さんの股から今まさに生まれたばかりといった命の輝き、躍動、神秘とかいったものをユッケ風にかき混ぜてチャミスルで流し込むという風情もあるのだが、もう四十路も後半という梶原さんは恥じらいながら明日あたりメンスがはじまるかもしれないと前の晩遅くに神棚に向かって呟いていたことを思い出し、メンスなのに容赦なく朝日が照り付ける土手を走らせてラケットも持たずにペニスコートへ向かってしまってごめんと心の中で手を合わせつつ、鉄橋の下で朝から営業しているおでん屋に立ち寄
長編小説(途中まで) おんど

Entry2
深淵さんいらっしゃい
サヌキマオ

Und wenn du lange in einen Abgrund blickst, blickt der Abgrund auch in dich hinein.
――Friedrich Nietzsche『Jenseits von Gut und Bose』(1886)

 そして君が深淵を覗くとき、深淵あけましておめでとうございます。
 深淵における年明けと合わせる目論見で日本の山の日が八月十一日になったのは有名な話であるが、今日も今日とて君は深淵狩りに勤しんでいる。山の穴で待つこと小一時間、藪の中から顔を出したところを鳥黐のついた棒、もとい棒のついた鳥黐でぺたりとやるとすぐに引き抜けた。見事な型のメスの深遠だ。
 深淵は怒りを込めてじっと君を睨みつけている。深いよどみのような黒目だ。深淵を覗くとき、君も深淵と同じ表情をしているだろう。これは恋であるか。いや、そう決めつけるには尚早というものだ。
 まもなく爛れた関係が始まった。サルの仲間の中でヒトだけが向かいあって愛しあうのは、相手の瞳の中に自分と同じ悲しみを探すからだという歌を想い起こす。鳥黐のついた髪をはさみで切ったのでアンバランスになった頭をなでながら、いつしか君の頭もだんだら斑に禿げている。深淵は君に、君は深淵になる。何度でも祝おう。深淵あけましておめでとうございます。深淵さんいらっしゃい。君と深淵の馴れ初めを聞いた三枝師匠(当時)が椅子から転げ落ちる。
 やがて深淵が君の子を宿す。生まれたこどもは君ではない。君が愛情を以てこどもを覗くとき、こどもは昼夜問わず泣き叫んだりする。理由を考えてはならない。なぜ泣いているのか、泣いている本人にだってわからないときもあるくらいだ。
 こどもが電光丸で切りかかってくる。深淵白刃取り。取り損ねて刃先は額を打つがおもちゃなので痛くない。やぁねえと深淵が笑う。深淵になった君も笑う。こどもは深淵ではない。

 ここまでで深淵と何回書いたでしょう? 君は苦し紛れの問いかけをする。深淵に飽きたわけではないが、君と深淵との重なりにずれが見え始める。君は君を取り戻し始める。こどもはとっくに別の深淵になっている。取り戻された君は七月の海に向かう。海の日はまた別の深淵の年明けだ。海には月を映す深淵があり、君が求めて深淵を覗くとき、深淵も物欲しげにこちらを覗いている。君は銛を構える。深淵も銛を君に向け、互いの心臓をひと思いに突き刺す。君は深淵であり、深淵は深淵ではない。
 深淵不思議、意馬深淵。深淵カムバック。荒野を馬が駆けていく。
深淵さんいらっしゃい サヌキマオ

Entry3
不燃鳥奇譚
ごんぱち

 祝津村の外れ、海沿いの崖道を、北海道庁警察部小樽署の下田両介巡査部長は歩く。
「――まだ、生きた心地がしねえだ」
 向井三郎は、歩きながら話す。
「佐々木の爺様を炉に入れて1時間ばかし。焼き加減見たら火ん中に鳥がおってよ」
 聞きつつ下田は、手拭で汗を拭う。
「血走った目でギョロリとこちらを睨んだだよ」
 午後の海風は重い。
「あの妖怪鳥が最後だとは思えねえだ。村のみんなの腹ん中にいて、いつ食い破って来るか……」
 下田は四つ折りの紙を取り出し、眺める。
 鳩のような頭と胴体に、妙にひょろ長い尾羽と脚が付いた奇妙な鳥で、端に駐在所の網野巡査の押印があった。

 崖の上に作られた、レンガ造りの火葬炉小屋は細かい灰が残る程度だった。
「取っとくか迷ったけんども、何とも済まねえです」
「焼きさしを残せもすまい。気にせんで良い」
 下田はしゃがみ込み、床を観察する。
 炉とひと続きのレンガの床は掃き清められ、形のあるものは残っていない。
「のど仏ば拾って、後はすっかり焼いちまっただで、もう何も残ってねえよう」
 下田は腹ばいになる。
「そっだら、洋服が汚れちまうだよ」
 下田は隅々まで匍匐前進の要領で観察していく。
 やや日が傾いた頃。
「――ふむ」
 立ち上がった下田の手には、小さなちぎれた羽があった。

「……思い込み?」
 下田の報告を聞き、駐在所の網野巡査は眉を寄せる。
「羽は、奥方が棺に入れた鵞鳥の羽布団の燃え残りだ」
「鵞鳥……」
「羽を見た後焼け残りの肉を見れば、鳥にも見えよう。思い込みは、存外強い」
「羽のような燃えやすいものが、何故」
「身体は上から燃える。躰の下の羽布団が燃えるのは最後さ」
「でも、確かに睨んだと」
「いて欲しいような口ぶりだな」
「……あ、その」
 網野は暫し目を泳がせた後、観念したように言う。
「今し方、新聞社が来まして、その……」
「瓦版屋は蠅より神出鬼没だな。どの会社だ?」
「ここで」
 網野は名刺を見せる。
「……都新聞か。札幌支社があったかな」
「ど、どうしましょう、政府に知れて、捕まえろなんて言われたら」
「新聞が妖怪話を載せるのは、よくある事だ。万に一つ、政府から話があっても、小樽署までだ。君らは気にせんで良い」
「申し訳ございません」
「謝る事もないが、今日、泊めては貰おう」
「ウニぐらいしかありませんが、ごゆるりと」

 夕餉の頃には、日はすっかり落ちていた。
 障子にクロコガネが当たり、とん、と音を立てた。
不燃鳥奇譚 ごんぱち

Entry4
翳のある街
今月のゲスト:武野藤介

 空爆が、東京の四分の一を焦土と化したと云われた頃のことだった。一望千里の焼野ヶ原。そんな風に形容してみてもそれが少しも誇張でないなどと語り合いながら、私は先輩の原田さんと肩を並べて、小石川区のとある裏街の爪坂路をのぼっていた……。
 ところどころ、隣組にしたら三組か四組ぐらいの小区画が、それは奇蹟というより外に云いようのない佇まいで残っていた。
「へえ……こんなところが焼け残っているんだからね」
 と、二人は時折り、立ち止まってはそんなことを云った。
 ちょうど、その爪坂路も、片側だけが焼け残っていたのである。まず、原田さんが立ちどまった。感慨深そうな表情である。低徊去るに忍びずといったのでは、もちろん誇張であろう。が、その横顔に、遠い過去の思い出でも手繰りよせているらしい表情を、私は横から読みとって、
「コントにでもありそうな話なら聞かせて下さい」
 と、笑いながら云ってみた。
「ここらあたりは、何というか、そういう街があるじゃないか。かげの多い……」
「かげ?」
 私は頷いてみせた。確かに、そういう街並があるのだ。爪坂路の中途に立ちどまった原田さんは、焼け残っている反対側の、そこらあたりの焼跡を指さして、
「ここらあたりがそんな街並だった。屋が並んでいて、さ。湯屋の煙突、赤いポスト。路次から路次が続いていて、二階の戸袋に、貸間の貼紙がよく出ていた。素人下宿の多いところだったよ」
 原田さんは歩き出した。歩きながら、私と肩をならべて、こんな話を聞かせて呉れた――。
「学生時代に、僕が、その素人下宿の二階にいたと思い給え。夕暮のことだった。湯あがりに二階の窓辺に立って、何気なく、路次を見おろしていると、そこがそれ、翳の多い街並のことだから、そんなところから見られているとも知らず、はたちぐらいの娘が、たったひとりで、そこの路次に立って、身動きもせずに何か熱心に見ているのだ。何を見ているんだろう。窓のすりから体を乗り出すようにして見ると……何だと思う?」
「その娘が熱心に見ていたものですか。わからないな。何だったんですか?」
「犬さ」
「犬……」何だ! つまらない話ではないか。私は心にそう思った。その娘の、愛犬ででもあるとしたら、これはどこにでも見かける夕暮の小景でもある。
「二匹さ」
 原田さんは、何か、腹立たしそうに云った。
「へえ……なる程」
 私は、俄然、話の興味を感じた。
「娘の見るべきものではあるまい。僕は妙に腹が立ってきた。下駄をつッかけて戸外へ出た。娘のそばを通る時、小声で、しかし、男性の威圧とでもいうか、それというのが、娘は必ず僕の云うとおりになるという確信のようなものが、僕にはあったらしい。僕は娘に散歩しないかと云ってみた。果たして娘は僕のあとにいて来た。坂を降りた。電車道を横切った。橋も渡った。どちらからも口をきかない。娘は黙って僕のあとにいて来るのだ。いつのまにか日がとっぷりと暮れてしまっていた。それを待っていたんだね。とうとう、江戸川公園へ連れ込んだ。丘を登っていったが……」
 一時間ばかり経過。
「それからまた、二人は、もと来た道を黙って戻って来た。丘を降りて、橋を渡って、電車道を横切って、さ。どちらからも口をきかない。娘も黙って、行った時と同じように、僕のあとへいて来た。それが……いじらしいったらないのだ。可哀そうになってきた。勿論、結婚ということまでは考えなかったけれど、恋愛らしいことが暫く続いたよ」
「ちょっと質問させて貰いたいんですが」
「何だい?」
「娘は……」その質問を私が手真似で示すと、
「三十年も前の話だぜ。日本の男性はまだ恵まれていたのさ」
 その後まもなく、原田さんは勿論、娘にも黙ってこっそりと引越しをしてしまった。それっきり娘とは会わない。
「この爪坂路を通るたびに、三十年間、僕はこの思い出に苦しんで来た。その下宿もかげの多い街並も、それが今ではきれいさっぱりと焼けてしまった。僕のこの思い出も、多分、一緒に焼けてしまったことだろうぜ」
「信じられませんね」
「何が?」
「原田さんがそんな不良な大学生だったてことが、さ」
「不良じゃないさ。大学生が誰でもやって来たことではないか」