珍しくもない、あの九月一日の地震の時のお話ですが……私あの時、牛込の下宿に居ましたのです。
一日の夜は、下宿の裏手に当たる或る小さな神社の境内に寝ました。
その辺が、ご存知の通り、花柳街なものですから、境内には芸妓が、いっぱい避難して居ました。彼女たちは、べちゃべちゃ饒舌ったり、いぎたなく寝そべったりして居ました。野天の下に、ござを敷いて、私は、どこの何という名の芸妓かも知らぬ女と、殆ど肩を擦れ合わさんばかりにして、寝て居ました。
空は夜どおし、真赤でした。盛んに焼ける下町の炎が、とおい山の手の神社の境内にまで、あるかなきかの明るみを投げて居ました。
その、あるかなきかの明るみが、夜更けの境内を水底のように蒼白く濁して居ました。地震が、あらゆる文明の呼吸を切断し去ったその夜、勿論、電灯など人々の念頭にもなかった、電灯を諦め、心からその明かりを放棄した夜が、いかに底深く暗いものであるかを、あなたは想像することもできますまい――その底深い
暗の世界が、ほのぼのと蒼白く、下町の大火の明るみで浮き出されて居る中に、無数の娼婦が、天変地変を怖れながら横たわって居るのでした。
夜なかすぎ、女たちは、みんな饒舌り疲れて、騒々しかった境内もしいんと静まりました。
ふと、誰かが、寝返りを打ち、私は、幾人かの腹を越した向こうで、白いハンカチが、一瞬間、剥落した鱗のように、翻るのを見ました。同時に、何とも云えぬ激しい、ヘリオトロープの匂いが、蒼白い水底をくぐって、無言のまま、私の顔面を叩いたのを感じました。
私はその翌日の夕方、とうとう東京を逃げ出してしまいました。震源が伊豆なら、大宮まで歩いて行けば、きっと汽車に乗れると確信したからでした。
慶大の学生のY君と二人で、東京を出て行ったのでした。私は文明のなくなった東京を見捨てるのに何の未練もない、それほど薄情な人間だったのでした。文明のない所に生活する事の出来ない人間だったのでした。私は文明のある大阪に、愛人があったのでした。そして私は、文明を否定するあらゆる企てに反抗する人間だったのでした。もし世界中に文明がなくなったら、私は滅亡するほかにない人間だったのでした。文明――然し、それは、現在私の生き馴れて来た文明と同じ種類の、同じ方向の歩みを持った文明のことを云うのです。
市中を離れて、板橋までたどりつくと、歩き馴れぬ私の足は疲れ、弱い心臓は異常な鼓動を持ち始めました。もし、その時、汽車は程ちかい川口駅から出て居ると聞かなかったら、どんなに私は困ったことだったでしょう。
川口から汽車が出ると聞いた時の、心躍りはたとえようがありませんでした。汽車がある。だから私は再び文明に迎えられた! この歓びに、私の足は溌剌と進み出したのでした。
板橋から、その辺の地理を、よく心得て居るY君の案内で、川口駅につづく間道を二人は採りました。
間道を越えると、やがて川口町に入りました。するとどうでしょう、多分、いま着いたばかりらしい汽車から吐き出された群衆が、夥しく列をなして、東京へ、東京へ、と急いで居るではありませんか。肉親や知人の安否を気遣う地方人たちが見舞いに走せ付ける途中である事は、勿論分かりました。
東京に行ったって、駄目ですよ、あの混乱の中で、諸君の肉親や知人を探すことがどうして出来ようぞ、『危ない!』と私は彼等に声を掛けて忠告したい欲望が、胸一杯に湧き上がるのを感じました。然し、薄情な私は黙って、停車場の方へ急ぐ他はありませんでした。
すれちがう群衆の中には、若い女や女学生もありました。川口町に日はとっぷり暮れて、乏しい提灯の明かりが僅かに行き交う人々の顔を照らして居ました。と、突然、私はすれちがった群衆の中から、激しく私の鼻を射た一道の香気を感じました。
ヘリオトロープの匂いです!
その時、私は何という事もなく、文明の幽霊に取り憑かれた私を今発見したような気がしたのでした。私の推理によれば、丁度その頃、食糧を失った下町の民が山の手で乱舞している時刻だと想わずには居られないのでした。そうして、なぜ自分は、その壮大な乱舞に――私のでない他の所有である文化の出達に参与して、花々しい私自身の文化の滅亡を見なかったのであろうと、私自身に問うたのでした。
斯く自らに問うのが、逃げ出して行く私の力なのでした。そうして汽車に乗って、翌日の夜大阪の電灯の美しさに驚いたのが、私の行き着いた生活なのでした。
大阪では、ヘリオトロープの香水が、美しくショーウインドウに並んで居ました。
――十五年七月――