■ Entry1
人間の了見サヌキマオさん
感想:「人間の了見」
「うんこ」の語源は「産む子」からきているらしい。
きているというと流行の兆しがあると誤解されるかもしれないが、きているのは確かだろう。
つまり、出てくる穴の違いはあれど外部から取り入れたものを別形態に変化させて放りだすのだから「うんこ」も「産む子」も同じといっていいだろう。
赤ん坊はあやしたりおっぱいを与えたりして育てていくのに、なぜうんこはすぐに流されてしまうのだろうか。
うんこだってあやしたりおっぱいを与えたりしたりすれば立派に育ち、学習院で皇族と机を並べてご学友として君が代に思いを馳せたりするのではないだろうか。
寓話を持ち出して夫のうんこを食いたがるスカトロタヌキ妻よ。
「酔いどれの言い分」
GHQは「平和憲法」ではなく、ほんとうは「平和拳法」を目指していた。
つまり、拳を痛めないようにタオルでぐるぐる巻きにして、その上から砂鉄をまんべんなく振りかけ、高温で熱して冷ました鉄巻き拳で相手の顔をがんがん殴る。馬乗りになって体幹をがっちりホールドした体勢でがんがん殴り、意識を失い、目の玉がどろりと流れ出し、鼻がつぶれ、耳から血を噴き、頬骨が砕ける。
私は、その話を上の空で聞いていた。
「教授、聞いてますか?」
「ああ。」
「釈迦に説法とはこの事ですね。」
愛国心というのは、愛する家族のうんこを食えるのか、という覚悟である。
うんこが食えないのなら、ヒトゲノム計画などというのは絵に描いた餅である。
餅で押し出す二年糞である。
「過渡期」
いったいいつになったら年金がもらえるのだろう。
昔は55歳で定年をむかえ60から年金生活に突入し70くらいであっさり死んでしまうのが普通だった。
今ではどこへ行っても翁媼ばかりで55歳などチン毛も生えぬガキ扱いだ。
つまり、この時代を太く生き抜くために最も大切なのはカニバリズムである。
役立たずの老人を汁に入れて食ってしまうことである。
カニバリズムなくして成長なし、である。
成長産業のメタファーとしてウサギがタヌキを懲らしめるわけだが、このくだりをどれだけ擦り続けられるか、作者の心意気が試されている。
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感想:ごんぱち先生の作品と迷いましたが、うんこというワードの破壊力にやられました。最初に読ませていただいた時に、思わず吹き出してしまいました。天晴れです。
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感想:なるほど、そう解釈されるのもおかしくはない。
人間だって、カラスが死んだら蒸発するとか、猫は死に際を見せないとか、コガネムシがうんこを食うとか、ウスバカゲロウがうんこをしないだとか、馬のうんこがカニを助けたとか、色々適当な事を言っているのだし。
一面的な視点になっていないか、常に寺の門前かトイレ辺りで自問すべきだろう。
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