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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage4
第83回バトル 作品

参加作品一覧

(2024年 11月)
文字数
1
おんど
1000
2
サヌキマオ
1000
3
ごんぱち
1000
4
Claude
1000
5
児玉花外
1297

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長編小説(途中まで)
おんど

子どもの頃は一日のうちで、あるいは季節がぐるぐる巡るなかで自分の影の長さを見て楽しんだりしたものだが、歳をとって気持ちに余裕がなくなってしまうと、影のことなどまったく気にならなくなり、いつしか影がサボって自分の身体を離れてどこかへ遊びに行っても気づかなくなってしまうのだった。
きょうは10月12日。寒暖差が激しくなり、鼻水が止まらなくなり、アレルギーであり、足の指先が冷たくなり、大して働いた覚えもないのに首から腰にかけての背中が張り、自律神経が調子を崩し、一日中身体がだるく、眠ろうとすると火照り、火照ったまま熟女を抱くと悪夢を見るし、そんな肉体に嫌気がさして影はどこかへ遊びに行ったまま帰って来なくなってしまうのかもしれない。
「さいきん、影が寄り付いてくれないんだよ」
「あんなに伸び縮みしていたのに?」と言って梶原さんは布団の中でお尻を掻いた。もう冬の乾燥肌が始まっているらしく、半透明のプラスチックボトルに小分けにしたアロマオイルを風呂上りに梶原さんの身体に丹念に塗り広げ、特に腰からお尻の広大な柔らか盆地は夏は暑くて冬寒く、少しの風が吹いただけで砂漠のように乾燥してしまうから温めた手のひらに半透明のプラスチックボトルからアロマオイルを垂らし、良くなじませてからクレバスの切れ目に沿って塗り広げ、柔らかい脂肪に包まれているのに本性は凶暴な筋肉を外側へと押し広げるようにほぐしてゆく。「あなたの奥さんみたいじゃないの」
じっさいに影が寄り付かなくなったかどうか確かめたいというので、ふたりでトイレに入り、交互に放尿を見せ合ってから向かい合って立ち、まだ雫が付着していて濡れてもいないし勃ってもいない性器をこすり合わせて足元を見た。確かに梶原さんの影はあっても私の影は見当たらないのだ。
「病院に行った方がいいのだろうか」
「あなた、かかりつけがあるの?」
「ないよ」
「じゃあ、駄目じゃないの。受付の人に、影がないので見てもらえますか、マイナンバーカードは健康保険証と連動しています、って言ってもかかりつけ医じゃなければ、あなたただの一見さんなんだから信じてもらえるはずがないわ。だから前から言ってるじゃないの、かかりつけをお持ちなさいって」
「妻とは離婚を考えているんだ」
どうして男子トイレだけ大便個室はあるのに性器をむき出して放尿するのだろう。前に飛ぶから朝顔型でいいというのは若干ぞんざいな議論ではな
長編小説(途中まで) おんど

月と6円
サヌキマオ

 わしがアレをナニしとるときアレもわしをナニしとるんぢゃわ、と久々に家のそとで酒を飲んでごぢゃごぢゃ云い、昨今はめっきりよそで飲むことがなくなってしまい、家のペースで飲んだらどうなるかわからんぞ、と最初はびくびくしていたが、酔いが回るうちに元のペースを取り戻す、かと思いきや、やはりまだ心持ちの芯のほうでぐずぐずしている。疫病が始まってもうすでに五年も経ってしまったのに、ということは、こちとらも年を取るのである。道端で酔いつぶれていても助けたくないタイプの中年になってしまった。
 帰り道、うっすらとした尿意を抱えながら駅からの道をとぼとぼと、この感情は「楽しかったなあ」なのか「年食っちまったなぁ」なのか。夜半過ぎの天空に満月が浮かんでいた。さもわるわると、ぎらぎらと、満月であった。
 満月の記憶はまた別の満月の記憶とリンクする、かというとそんなことはなくて、もっと別の、雨のしょぼ降る夕方のことを思い出したりする。急に思いもよらなかった曲が頭の中を流れること、ないですか。あたしはあります。今回は友部正人の「ある日ぼくらはおいしそうなおかしを見つけた」が流れている。これを勝手に「脳の地殻変動」と名付けている。菜漬の樽。頭の中に限って歌詞がスラスラと浮かんでくる。人間の記憶は紐のように一端を引っ張ると、完全に忘れられていたものもずるずると引きずり出されてくるらしいですが、そういうものかな。それにしては童貞を捨てた女の顔などは思い出せない。穴に入れられれば何でもよかったのかもしれない。いや、かもしれないなどと濁してはならない問題だ。何でもよかった。断言する。
 曲は江利チエミの串本節に移り変わる。「ここは串本向いは大島、仲を取り持つ巡航船」中を鳥モツ。鳥モツ串の、外はカリカリで中が柔らかいやつ、美味しかったな。尿意が増してきた。昔だったら夜中の、人のいないのをいいことに植え込みに排尿してしまうところだが、もう時代が違う。コンビニがある。奥に引っ込んでいるのか、バイト店員の姿が見えないのでトイレに直進する。空いている。
 買うものもなかったので罪悪感から財布の小銭入れに入っていた6円をレジ脇の募金箱にいれる。店員は寝ているのか、ちっとも出てこない。
 翌朝起きると、スマホに実家の整理代わりに古本を大量に叩き売ったぶんの入金通知があった。送料手数料差っ引いて、きっちり6円、入金されている。
月と6円 サヌキマオ

鬼死骸のおはなし
ごんぱち

 奈良時代、日本がまだ1つにまとまっていない頃のお話です。
 桓武天皇は、武官の坂上田村麻呂に、東北を攻め取るよう命じました。
 田村麻呂の闘いは進み、今で言う岩手県に到達しました。

 田村麻呂は、大族長アテルイが支配する、胆沢周辺を威力偵察していました。
 その帰り、岩手山へと続く、細い細い道を見つけました。

 辿った先には、集落がありました。
集落の人々は老人ばかり。田は畦が崩れ、畑の大半は雑草だらけです。
「どうしたのだ、この村は」
田村麻呂が、集落の長に事情を訪ねます。
「ここは消えゆく集落でございます」
「消える?」
「岩手山に大武丸という鬼が棲み着き、襲いに来るようになったのです」
「アテルイは何もせぬのか」
「川向こうに家を用意していただきました。若者は行きましたが、我ら年寄りは新たな場所では仕事も慣れず、死ぬなら生まれた場所でと」
「それならば。鬼さえいなければ、丸く収まるではないか」
 田村麻呂は、カラカラと笑いました。

 田村麻呂と部下は、岩手山の山道を進むと、木々が薙ぎ倒され、地面が巨大な足跡に踏み固められていました。
「おお、歩きやすい」
 田村麻呂達が山を登っていくと。
 木の砕けるような激しい音がして、鳥の羽ばたきが聞こえました。
「将軍様!」
 部下の指さす方には、見上げるほど巨大な鬼が、抜いたばかりの杉の大木を肩に担いでいました。
 巨大な杉の大木が、杖ほどの大きさにしか見えません。
「大武丸とはうぬか!」
 田村麻呂に応えず、鬼は杉の大木を振り抜きます。
 箒で掃いたように、部下が吹き飛ばされました。
「なんの!」
 田村麻呂は、杉にしがみついて離れず、枝を蹴って鬼の足元に転がり落ちます。
そして起き上がりざま、鬼の巨大な足の小指に大刀で斬りかかりました。
「だああっ!」
 この時代の大刀は、後世の侍の刀のような鋭さはありません。
 田村麻呂のそれは、豪腕に耐える事だけを目指した、分厚い鉈のような直剣でした。
 鬼も生き物、小指はざっくり断たれました。
 思わず倒れ込んだ鬼の首に、田村麻呂と戻って来た部下達が大刀を振り下ろす事、数十回。
 ついに、鬼の首が斬り飛ばされました。

 田村麻呂は、鬼の死骸を持ち帰ろうとしましたが、途中で諦め埋めてしまいました。
 それ以来、その地域を「鬼死骸」と呼ぶようになったそうです。
 首は、遥か遠くに飛び、落ちた場所は「鬼首村」と名付けられましたとさ。

 昔々の、お話です。
鬼死骸のおはなし ごんぱち

銭形平次 八五郎の文化祭
今月のゲスト:Claude

「なあ、八五郎」
 神田明神下の掲示板の前で、銭形平次は首を傾げていた。その隣では八五郎が、いつもの調子で軽く体を揺らしている。二人の目の前には「本日文化祭開催」の文字が、江戸時代にはあり得ないネオンピンクの紙で貼り出されていた。
「これは一体何のことだ? なぜ私たちが文化祭をやらねばならん?」
 平次の問いに、八五郎は即座に返答した。
「それは私たちのお仕事ですよ!」
 そう言いながら、八五郎は平次の横顔を盗み見る。何を言われても、平次の隣にいられる時間は彼にとって至福のものだった。
「お前な」
 平次は言いかけて言葉を飲み込んだ。八五郎の熱心さに呆れながらも、どこか愛おしさを感じている自分に気づいて困惑していた。
「実行委員会を始めましょう!」
 いつの間にか二人は、着物姿の町人たちに囲まれていた。八五郎は実行委員長として座につき、まるで学校の委員会でもあるかのように振る舞い始めた。
「では、私たちのクラスは何をやりますか?」
「クラスって何だ」と平次が呟いたが、誰も気にする様子はない。この不思議な空気に身を任せるしかないと、平次も悟っていた。
「時代劇はどうでしょう!」
ある町人が元気よく手を挙げた。
「でもそれって、私たちの日常じゃありません?」
別の商人が突っ込む。
その時、襖が開き、お静が現れた。彼女の目は、平次の傍らでそわそわする八五郎を射抜いていた。
「うちは、メイド喫茶をやりましょう」
「反対です!」
 八五郎は即座に立ち上がった。平次の前で恥ずかしい姿を晒すなど、考えただけで顔から血の気が引く。しかし――
「ほう、面白そうだな」
 平次が無邪気に言った瞬間、八五郎の心は激しく躍った。
「賛成です! 私がメイドを務めさせていただきます!」
 お静は静かに紙団扇を取り出した。八五郎の頭を軽く叩きながら、夫への想いを独占しようとするこの若者に、密かな戦意を燃やしていた。

 結局その日の実行委員会は、一階で時代劇、二階でメイド喫茶をやることに決まった。なぜ江戸の町に突如として二階建ての建物が出現したのかは、誰も口にしなかった。ただ、そこにあるものとして受け入れるのが、この町のやり方だった。
銭形平次 八五郎の文化祭 Claude

卓の前
今月のゲスト:児玉花外

卓の前

 円いテーブルのつやつやした上、ウヰスキーの硝子の小盞こさかずきを置いて私の秋を味わって居た。
 さかずきを指に捧げるように、っと透明な唇の切れるような色を見入ると、粒くらいな小泡が三ツ固まってこぼれそうなうえに綺麗さ!
 私のは明らかに光ったであろう? 天下にんな美しい強い味のものは無い、茶花がたったよりめでたく、私にウヰスキーの吹けば消える泡玉がうれしい。秋の夜を殺して電灯が煌々と白熱を落としている。
 テーブルの向かいに、女が默って腰掛けている。鼻のそう尖った眼の涼しい、廂髪ひさしがみの顔の蒼白い若い女中が、自分の紫がかった縞の帯ばかり眺めて居る。
 君飲み給え、ウヰスキーの壜をって私が注ぐ手を押さえ、女はサイダーを奢ってくれと言う。思ったより気の軽い女だ。
 サイダーの壜と、ウヰスキーの壜と、電灯の下で関係がなく並んでいる。
 元は浅草の女優であると物語ったくちで、稀薄なそうすいを飲む覚めた青白い女を私は哀れみたくなった。

 サイダー二本を呑んだ、はらわたの無さそうな女を冷ややかに見て、私はフエを出た。



 中入りが過ぎた――
 余り広くもない浪花節の寄席、ふかした煙草のけぶりが、濁った瓦斯に光る空気に漂っている。
 茶碗の触れる音、仲売りの煎餅菓子をかじる音、浪花節の荒々しい刺戟に酔って、やや疲れのみえる男女なんによの客の顔、危なっかしい安価の歓楽!
 ペンコシャンコペンコシャンコ、調子の頗る高い三味線の冴えにつれて、痛快な凛とした節廻しのいい関東節が……いま座長が高座に現れた。
 私は、第三人めの女浪花節の時から気がついた、席のズット後ろに、白い領巻えりまきふこう長い散髪ざんぱつうずめる様にして、じッと聴いているおとこが居た。莨盆たばこぼんが並べあるそばだ。
 義士伝で、節が絶妙にると、かれかおをふいとあげて瓦斯に明るい高座を視た――眼の大きい口の尖った、浪花節の男だ。私は度々かれが道路みちばたを流して歩く姿を見た。
 派手な後幕うしろまく、羽織袴の無理にもいかつい東京かい真打しんうち、……客の末座に隠れて、薄汚いなりの大道芸人が居ようとは、知るや知らないでか、ますます美音、秋の夜に冴えて来る関東節の情調………
 散髪ざんぱつ頭が今は膝とすれずれに沈み被さる様、たとい名は無いにしたところかれにも芸術家のほこりは有ろう? ただ我慢にかおと目を押さえ殺し得ても、両の耳は大きく開いて、はなはだ音響に震えて、パンの敵の妙調をば盗み聞くらしい男の態度? 義士伝の読物よみものが私をして左様に感ぜさせた。

 私の背なをもたせている柱のまわり、席内の空気に澱みくさった人間の臭いでなく変ながする、鼻を横に向けると狭い庭地に一匹の黒犬が居た。芸人の通行口から這入はいって来たらしい。
 縁端に大きな真黒い首、あごだけをぬっとつん出して、私の顔を畜生がじつと視入っている。
 黒い金茶の丸い眼から、涙が零れているよう、息もせぬふうで向いている、動物の臭気においをただよわせながら――。
 犬も、秋の夜道の淋しさから、人間の荒々しい安価な歓楽の場所の明るみにこがれ来たのであろう? 塩煎餅を投げても喰いもしないで、私はこの時人間と同じ情緒が犬のかおに表れたのを、はじめて見た。

 はねの太鼓で寄席が果てた。
 私は闇のみちを独り冷たい穴の宿にかえった。