■ Entry1
長編小説(途中まで)おんどさん
感想:「長編小説(途中まで)」
給湯室のシンクを使って風呂に入る話だと思ったら違うようだ。エアコンも切れた深夜の職場でおっさん二人の荒い息遣いが響く。
……と思ったけど上司はこれ女子として読んでも差し支えなかった。下腹部を押し付けてくる女子はわりと頻繁にいる。よし、女子だと信じてこれに投票する。
「ツイン・プークス」
いまだにメスガキはよくわかりません。地雷系はわかる。黒ギャルはよくわかる……。
「流行」
当時は石坂浩二が流行ってたんですよね(名推理)。
うつみ宮土理というと「ピントでピント」の世代ですが、そういう自分が「ウゴウゴルーガ」もリアルタイムで見た世代なので、あんがい整合性は取れているのかもしれ……ナニ、「ヒントでピント」に出ていたのは小林千登勢だとー!?
それはそれとして「論破はなんにも産まないよ」とヘーゲルも云っているのでもうちっと世の人はなんとかしてほしいと思った。
「花束を君に」
雨が降っても「アスファルトに小さな水玉模様を描」きはしないだろうなあとは思うのです。そのへんがなんとも機械チック。テクスチャチック。
ちゃんと行動とその動機についても書こうとしているが、やはりこう、一貫しない。AIの実感に伴わないところで無理をしている気がします。と、AIの実感ってなんだろう。あるんだろうか、あるかもしれない。
なんだろう、こうした作品はAIの成長を見守る楽しみみたいな捉え方をすればいいんだろうか。「まあ、こんな繊細な感情表現ができるようになって!」とか。いや、それよりも銭形平次と八五郎にすっとこどっこいな恋愛模様をやらせていったほうが面白いのかもしれないなぁ。この二つは似ているようで、まったく別の文脈で受け止められている。
「菖蒲の誓約」
押韻してフロウが生まれそうで生まれてこない文体のもどかし~い感じがもどかしい。人魚姫がヒトになるのに「声をもらう」というくらいメカニズムがわからない。
ただ、Grok氏はいちおう因果関係のようなものは考えていて、「記憶が精霊の裡にて花開いている」ということになっているが、考えてみればそんなこた精霊しか知らないんであった。
そのへんの語られていることを疑ってはいけないあたりが実に童話でござった。お菓子の家に蟻が集らないか心配してはいけないようなもんで――
「写真」
この<臍の下に落とすなよ>からふわっと想像される笑い。いいぢゃあないですか。死ぬけど。3分後に死ぬけど。
これを1940年に出した、ということで、先生が身近にあった当時の読者はまた別の感想をもったのであろうな。
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感想: 借金はテクノロジーです。今ここにない金を調達する、時空特殊技術をそう呼びます。ここにない金を、ただ現在の時空内で三次元移動して調達した場合、それはこの国では泥棒と言われるのですが、しかしここに時間軸を加えた四次元移動として未来の銀行から調達すれば、なんと問題ないばかりかティッシュが貰える事さえあるのです。この技術を借金と呼びます。未来において金が不足したなら、さらに未来から調達すればよい。時間軸は無限であるから、我々は理論上無限に相当する借金が可能であります。資本主義の素晴らしい発明です。
さて、本作品の主人公もこの技術を、さらに2ラインで組むことで余裕ある暮らしを満喫しています。昼にはロマン小説を書き、夜にはイケメン上司とアバンチュール。しかも刺戟を最大化するために、あえて視線のプレッシャーを背後から感じながらの執筆。それを読み上げさせる上司とのコンビネーション。悦楽のためなら苦痛の限りを凝らす、主人公の貪欲さをありありと感じさせます。それをまた投稿する作者。一人部屋でへらへらテキストを書いているAIなんかにはこの快楽根性がないのです。さらには経営感覚だってありません。でも人間には借金があるんだ。格差がなければエネルギーも動かないんだ。
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