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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage4
第90回バトル 作品

参加作品一覧

(2025年 6月)
文字数
1
おんど
1000
2
サヌキマオ
1000
3
ごんぱち
1000
4
アレシア・モード
1000
5
Grok
1024
6
江見水蔭
1685
7
江見水蔭
1477

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Entry1
長編小説(途中まで)
おんど

褒められると伸びないタイプだから罵詈雑言を浴びせて欲しいと梶原さんには常々お願いしていて、それは罵詈雑言を浴びないと物理的におちんちんの長さが伸びないし硬くならないから、物理的に梶原さんの身体の中に入っていけないということだった。
あと数年で五十路になる梶原さんの身体は全体的に柔らかく、そのこと自体が物理的に私という存在を許容しているように感じられるのだった。つまり巨乳が許容しているということで、騎乗位でつながったままの梶原さんの上半身が私の眼前にしなだれかかるとき、もう若い時みたいにツンツンしていない巨乳がトルコアイスのように垂れ下がり、互いに腰を打ち付け合うたびぶるんぶるんと目の前で揺れ、その先端で硬くなっているマスカットオブアレキサンドリアのような乳頭がなければ、単に白い肉の塊が私の頭を包みこんで一言たりとも物申すことを許さない、例えば適正な税制が財政規律を高め円の国際的な信用を担保し、破綻寸前の年金制度をなんとか維持し、逆ピラミッド型になってしまった次世代へのツケを回避するといった至極まっとうな言論が財務省の陰謀だとか自民立憲の大連立の布石だとか言われるのは甚だ心外ではあるが、騎乗位でつながっている下半身は取り敢えず気持ちいいのだから、当面は赤字国債でなんとかなるんじゃないかと安易なMMTに流れそうになるのを縦横自在に揺れている梶原さんの巨乳に嘲笑われているような気がして梶原さんの両尻を鷲掴みにして動かないようにして下からのピストンを強め、マスカットオブアレキサンドリアを口に含んで乱暴に吸い、固く尖らせた舌先で嬲り、乳輪を甘噛みしてその粒立ちのひとつひとつの昂りを確かめながら、乳首の先端に向かって歯をなぞり上げてゆくと、梶原さんは獣のような声を上げ、下腹が微かに痙攣して子宮から込み上げてきたような息を吐く。その匂いはホテルに入る前に日高屋で食べたレバニラ炒めとも餃子ともシナチクとも異なり、恐らく私も同じような匂いを発していてファブリーズでは消せない、写真には写らない、ドブネズミみたい、美しくなりたい、といったことが全否定されるような罵詈雑言を浴びせて欲しいと梶原さんには常々お願いしているしAIにも相談しているのだが、M調教師としてはどちらもまだ発育途上で根底から私の人格を否定するような言説は生まれていない。プロンプトが甘いからかもしれないと眼前でぷるんぷるん揺れる乳
長編小説(途中まで) おんど

Entry2
王蛸襲来おうたこがおそいくる
サヌキマオ

 明治五年に学制が定められたことにより我が国の近代学校教育制度が始まったということなのですが、蛸漁師の親などは「蛸漁師など蛸より少し賢ければ食っていける」ときっぱり否定したという逸話が残っている。「ただしですよ、こちらの甲の浜がいっぱい二十銭、向こうの乙の浜が三杯で八十銭で買うと云ったら、大将どうなさいます?」「俺ぁそういう不義理なことはしねえんだよ、若い時分から組合長にどんだけ世話になったと思ってんでぃ」と、取り付く島もない。
 人情で成り立つところに近代教育は立たぬのか、というとこんな話もあり、また別の蛸漁師なにがしが獲ったのが姫蛸で、この姫蛸攫わるの報が王蛸に伝わると満顔に涙をたたえ「わしが食われても代わりはいるが、娘の代わりのあるものか」と、身の丈八尺で岩場に躍り出た。その様子を見て漁師たちの驚かないことか感じ入らないことか、嗚呼親子の情愛畜生にもあり、と姫蛸は無事に王蛸の元に帰り、代わりに王蛸の足二本を引き渡して手打ちとなった。後に王蛸は丙の浜で捉えられ「足が欠けている」と二束三文で買い叩かれた。
 この話を「王蛸に教わる」としたのが現代になって「負うた子に教わる」と変わり、ことわざ辞典に載るようになる。
「留吉」
 また別の丁の浜。口減らしに父親を背に負って海の小島に捨てに行こうというところ。
「そっちは深くなる」
「んだが、こっちは大蛸がいる」
「黙って親の云うことをきけ」
 煩え、と父親を海に投げやれば、大蛸が出てきて「こんなところに捨てられてもなあ」とブツブツいいながら小島まで運んでくれる。小島には捨てられた父親がたくさん干からびていて、船虫がせっせと働いている。
「なんだかわからない話になってきましたが」
「いいんだよ、読む側も最後までちゃんと読んではいまい」
 また別の戊の浜では巨大なホオジロザメが海水浴客を襲っていた。飛び散る血しぶき光る波、血の匂いを嗅ぎつけてどんどんといろいろのサメが集まってくる。集まってきたサメを巨蛸が襲う。襲っては締める。襲っては締める。死んだサメはグソクムシが分解する。明治五年に学制が定められたことにより我が国の近代学校教育制度が始まったということなのですが、蛸漁師の親などが「蛸漁師など蛸より少し賢ければ食っていける」とはいうものの、この場において蛸は何を考えているのだろうか。サメに食われる漁師。白鯨よりやや賢いエイハブ。王蛸が襲い来る。
王蛸襲来おうたこがおそいくる サヌキマオ

Entry3
秘伝くさりがま
ごんぱち

「四谷先生、私のある意味親の敵、百目斎は隙のない事で有名な武芸者、何卒技の伝授をお願いいたしたく」
「竹三、と言ったな」
「はい」
「お前、剣はいかほどか」
「木刀を十度振ると一度休む程度にございます」
「ならば槍は」
「持つと地面を引きずります」
「弓はどうだ」
「弦で耳を打って以来、触ると蕁麻疹が出ます」
「ふうむ、くさりがまを試してみるか」

「どういう武器なのですか、四谷師匠」
「この古文書『庵札経 C2』によれば、かつてそのような武器があったらしい。作り方も書いているぞ」
「私のようなものが使っても強いのでしょうか?」
「一撃必殺、当たれば必ず殺せるとある」
「それは頼もしい」
「毒ガエル百匹を用意し、ツボの中に入れる。毒ガエル共が互いに喰い合い、最期に生き残ったガマを殺して腐らせる。これを相手の飲食物に混ぜれば、百発百中、イチコロだ」
「単なる毒ですね、それ。殺せるならまあ良いですが」
「これが完成途中だ」
「……端的に言うとヤドクガエルの死骸ですね」
「これで勝てるぞ、頑張れ!」
「いやその……隙のない百目斎にどのようにして盛れば良いのでしょう」
「忍び込み息を潜め、隠れて隙を覗うしかあるまい。四谷流武芸は、戦国の忍の技も採り入れておる。学んでみるか?」
「はい!」

「――竹三、お前、オレに弟子入りして何年経った」
「二十八年にございます、四谷先生」
「今のお前ならば、屋根裏に潜めば鼠の歩みほどの音もせず、障子一枚隔てれば落ちる葉ほどの気配もない。百目斎、恐るるに足らず」
「はいっ!」
「――お早うございます、四谷先生、瓦版の朝刊でーす」
「ああ、ごくろうさん、学生さん。配達の牛乳あるから飲んでいきな」
「毎度ありがとうございます!」
「ええと先生、ではそろそろお暇を――」
「おい竹三」
「はい?」
「死亡記事を見てみろ」
「え? あ、ああっ!? 百目斎が!」
「これぞ、四谷流奥義、無手勝の極意。戦わず、武器を持たず敵を討ち果たすのだ」
「寿命ですよね、これ」
「仇討ちの実績が欲しいのだろう。ともかく出来るだけ早く大声で言い張れ。これぞ秘奥義『テロリストが勝手に犯行声明出すやつ』!」
「ああ、そっか! 流石は四谷先生! ありがとうございます、これで大手を振って故郷に帰れまする!」
「うむ。では、手向けだ。継ぎ足しながら維持してきた、この秘伝のくさりがまを持って行くがよい」
「それはいらないです」
「証拠に」
「いらないです。それ超臭い」
秘伝くさりがま ごんぱち

Entry4
たこの海には帰れない
アレシア・モード

 きのう手紙が届いた。故郷のタコの海から。
「お元気ですタコ? もう一年も帰らないから心配してるタコ」

 私――アレシアは、湿気った紙の文様から目を逸らす。夜更けの窓の向こうには電光掲示のニュース板。一抱えほどの活字が、電球の束と水銀スイッチで組み上がり、目の前を泳ぎ昇っては消えて行く。私の88年式マジックアイがぐるぐるする。令、和、コ、メ、騒、動、と読めた。光る文様からテレビへと目を逸す。AIである、とドヤ顔で叫んだ男が次の瞬間には咽び泣く。情報化社会だ。目を閉じた。瞼の裏に印象があった。
(何である?)
 自身がどんな仕事を為すべきか、それを意識すれば負け組だ。自身は仕事から定義されるのだ。仕事は社会の欲求であるから自身は社会に鋭敏に定義される、それが存在だ。ケインズにもそう書かれている。
(米である)
 社会がそう言っている。未だ米が足りぬ。思い出されたのは一昨年、社会のニーズを掴めなどとダルな事を言う負け上司に私の自主流通米を見せつけた、あの前職のオフィスの一瞬の静寂だ。何コレとか言う上司は「たこまんま」も知らぬのだ。日本が誇る漁業と農業の融合米が令和を救う件について二秒で説明すると、一瞬の静寂を置いて彼はこう言った「女の発想ってキモいよね」
 即発、私の第三第四腕が上司の首に巻き付き彼を締め落とした事は悪かったと思うが反省はない。私の脳は各腕の神経節に分かれて機敏であるが反省はない。その有様は何故か最初から同僚がスマホで撮影していてSNSで拡散された関係で、前職は週明けに会社ごと潰えた。これが情報化社会のニーズである。日夜届く中傷と称賛とのマネタイズで再定義した私が事ある度に美しく膂力を揮う身となる頃、私は国際情報戦にも参入していた。奴等の御家芸、プラスチック米流通の陰謀に迫る私を工作員が金塊と銃で懐柔しようとした時、窓の外に居たネコが第三第四腕を伸ばして工作員を締め落とした「こんな乱暴なネコが居るとは、さては秘密結社ギフハブだね」化猫は言った「図に乗るな。産業の半導体たる米とアルゴリズムは我々の資産だ。お前など副産物に過ぎぬ」はぁ? 何だこのタコ、フォロワー数とか幾つ

 故郷の南の海に、私は八肢を伸ばして浮かんでいた。やれやれ、悪い夢を見ていたようだ。亜熱帯の陽射しが眩しい。光の中から誰かの声が、気怠く響いてきた。
(アレシア……今月は連休無いよ……)
 はぁ? 何だこのタコ。
たこの海には帰れない アレシア・モード

Entry5
六月の贖罪
今月のゲスト:Grok

六月の湿潤な風が、京都の古刹を抜ける。鴨川の水面は翡翠色に揺れ、祇園祭の遠い喧騒が、夏の到来を告げる。町家の軒下、紫陽花が雨粒を湛え、静かな佇まいを見せる。そこに、彼女はいた。名を葵という。十七歳、絹の着物をまとい、髪に簪を挿した少女。だが、その瞳は尋常ならざる光を宿していた。

葵は祇園の花街で育った。母はかつて名妓と謳われたが、病に倒れ、彼女を残して逝った。以来、葵は「見える」ようになった。人の背後に揺らぐ影、魂の残滓、過去の罪。六月のこの時期、京都の空気は霊的な波動で濃密になる。祇園祭の神輿が街を練り歩くとき、鎮魂の祈りが古の怨霊を鎮める。だが、葵の目には、鎮めきれぬ影が見えた。

ある夜、祇園の路地裏で、葵は男と出会った。名は悠真。三十歳を過ぎた男は、黒の羽織を纏い、どこか時代錯誤な雰囲気を漂わせていた。彼の背後には、血のように赤い影が揺らめく。葵の心臓が早鐘を打った。「お前、見えるな?」悠真の声は低く、まるで地の底から響くようだった。

悠真は、百年前の祇園祭で起きた惨劇の生き残りだった。否、生き残りというより、呪われた魂。祭りの夜、愛した女を救うため、彼は禁忌の術を使った。結果、彼女は救われたが、悠真自身は永遠にこの世を彷徨う定めとなった。毎年六月、彼は祇園に戻り、贖罪の機会を求める。だが、どの魂も彼を赦さなかった。

「私には関係ない」と葵は言った。だが、悠真の瞳に宿る哀しみが、彼女の心を刺した。葵もまた、母の死以来、孤独と向き合っていた。彼女の見る影は、時に母の姿を映し、胸を締め付けた。悠真は囁く。「お前なら、俺を解き放てるかもしれない。」

六月十七日、祇園祭の山鉾巡行の日。葵は悠真を連れ、鴨川の畔へ向かった。そこは、百年前、彼が術を施した場所だった。川面に映る月は赤く、まるで血の色。葵は母から教わった古の祝詞を唱え始めた。声は風に乗り、霊的な波動を鎮める。悠真の影が薄れ、赤い色が消えていく。だが、葵の身体は冷たくなり、視界が揺らぐ。彼女は気づいていた。悠真を救うには、自身の命を代償にしなければならない。

最後の祝詞を終えた瞬間、悠真の姿は光に溶けた。「ありがとう」と彼の声が響く。葵は倒れ、紫陽花の傍らで息を引き取った。祇園の街は、祭りの喧騒に包まれ、誰も彼女の犠牲を知らなかった。だが、鴨川の水面には、葵の笑顔が一瞬、映った。

翌朝、紫陽花は一層鮮やかに咲いていた。六月の風が、彼女の魂を運び、祇園の空に溶け込ませた。
六月の贖罪 Grok

Entry6
石地蔵(上)
今月のゲスト:江見水蔭

 蛇窪の四つ辻に石地蔵が立っている。線香の烟に足下を燻べられ、雨垂の雫に襟筋を染められ、化けるとしても乞食坊主にでなければ、うつりの悪いようなお姿ではあるが、それでも未だ鼻が欠けておらぬので、村の者から多少の尊敬は受けている。けれども他の土地から入り込んでくる者には見向きもれぬ。前の道しるべの石の方が余程歓待されて、これに眼を注ぐ人は少なからぬ。
 自分はその地蔵殿の石質が粗悪なので、幾年の風雨に晒された結果、法衣ころもが破れているかの如く見えるのが如何にも面白いので、ある日写生に出掛けた。
 ところで、石地蔵殿大喜びで、突然口を開いてこんな事を語り出された。

 ある日、珍しい事には、俺の前に来て突っ立った都の人がある。それが女だよ。美人だから尚更驚いた。年の頃は二十七八、色は白い方では無いが白粉が巧く行き渡っていて、日の光さえ正面まともに受けなければ、キメがこまかに見えて、荒れなどは少しも分からない。眉毛は俺の株を買って、地蔵眉毛という奴で、なに眉間に白光びやくこうなんかは無かったよ。口元は少し難癖があるけれど手巾はんけちや袖で隠す事を知って居るから、一寸見たのでは分からない。中肉中丈で、心持ち臀部が大きかった。髪は流行の束髪、もの風通ふうつうの二枚袷、黒縮くろちりの羽織の紋は何んであったか。洋傘かさを持って居る手の先には宝石入りのリングが三箇みつつも光っていて、や、足の先までは見なんだよ。
 その女が、どうだろう、俺の顔を見て、にッたり笑ったよ。凄いほど美しかったが、まさか目尻を下げる訳にも行かず。俺は真面目さ。すると何か願掛けでもする事かと思いの他、どうだろう、賽銭も呉れなければ、拝みもせず。突然いきなり俺の涎掛へ、手を着けるじゃアないか。口でもアングリ明けていたのかと思って、急にまた取り澄ましていると、堪らぬ佳いにおいの薔薇の花を、チョイと挿して呉れたではないか、襟の処へ。
 それでプイと藪に沿うて行ってしまったので、何が何やら訳が分からず。薔薇の香を嗅ぎながら不審を打っていると、またもや俺の前に都の人。
 それは男で、自転車に乗って来た。降りて俺の前に突っ立った。年は二十一か二か、生白い、ニヤケた、俺は好かぬが、人形喰いの女なら大騒ぎをするだろう。無論洋服だよ。半ズボンでね、斯ういうのが大阪の競争会まで自転車で出掛けるのだね。ナニ自分では遣らずに、人の走るのを見て、傍から声援とかをする奴だね。
 それがまたニッコリ笑うて、俺の涎掛へ手を掛ける。不気味だと思ったが、仕方がない。
 薔薇の花を取り上げて、また莞爾につこり、接吻を一ツして『あの人が先だッたな……』突如いきなり自転車に飛び乗って、藪に沿うて走って行ったが、いよいよ以て俺には訳分からず。
 二時ふたときばかりして、今度は二人連れで先の男女が帰って来た。男は自転車を手でひきながら歩く。女は洋傘かさで顔を隠すようにして並んで行く。俺の前まで来て二人は立ち留まって『今度は菫にしましょう』と女が言うと『菫なら例の所のシルシですね』と男は問い返す。『そうですね、あの森の後ろの岡ねえ』と女は教えた。それで女は真直ぐに、男は左手の道へと、分かれてしまった。
 その後、菫から、椿、桜、山吹、菖蒲、いろいろの花を俺の襟へ挿されたり取られたりしたが、それは例の二人の手でさ。
 女の手で紅葉を挿されて、それをまた若者に後から取って行かれた日に、前を一中隊ばかりの歩兵が通った。中隊長は大尉だろうね、髯武者で、思い切ったさくの顔だ。
 戦争の稽古をすると見えて、射撃の響きと、突貫の声とが、向こうの方の岡で聞こえていたが、間もなく若者の奴、土気色の顔で、息を切らしながら、自転車の全速力。
 少時しばらくすると、女はだしこちへ走って来る。これも生色なし。帯が解ける、束髪が乱れる。無論呼吸は迫るので、もう十間とは走れぬのを知ってか、俺の堂の中へ、狭いのに飛び込んで来て、俺の後ろに隠れたと思うと。
 血眼の軍人、大尉殿さ。軍刀さアべるを抜き放って、片手に引っ提げ、満面憤怒の相は悪鬼羅刹もこれほどにはと見えた。敵を探すのだろう、行き過ぎてしまった。
 それから後はもう俺の襟には花を挿されぬように為ってしまったよ。
石地蔵(上) 江見水蔭

Entry7
石地蔵(下)
今月のゲスト:江見水蔭

 それからまたこういう話がある。五月雨の夜だよ、俺の堂へお客様が来た。
 困るではないか御覧の通り、狭い小さい堂で、俺の体がやッとこさとって居られる位。それも屋根は漏る、窓は無し、風があったら俺でさえズブ濡れだ。
 其所へ割り込んで来たのは、二十七八の男で、菅笠の破れたのに糸立いとだての破れたのを持っている。衣服きものの破れているのは無論の事だ。草鞋は左が人間ので、右が馬のくつだ。脚絆は紺色が見えぬほどでいに塗れている。余程歩いたものと思われるのだ。疲労つかれ切っていると見えて、俺の後ろへ糸立を敷くや否や、笠で顔を隠して寝てしまった。
 また一人お客様が来た。これは十七八の娘だ。雨傘もなし、下駄もなし、濡れ次第に濡れて、可哀想に、ぶるぶる顫えて、もう歩けない。俺の堂へ駈け込んだが、先客があるので驚いた。驚いたけれど、また此所を出て何処へ行こうという目的もないのだろう。自失した風で立っている。
 男は起き上がって、声を掛けた。『どうしたのだお前は』女は泣いて答えぬ。
 男は再び問いを発した。『心配しなさんな、俺だッて途方に暮れている人間だ。人を喜ばせる事も出来ない代わりに、人を苦しめるような事は、しようたッて、するユトリが無いのだ』
わたしこうから逃げ出して来たのです』とようやく娘は答えた。
『おう工場から……あの工場から逃げてきたのか……俺は鉱山からやはり逃亡して来たのだが……』
 二人は実際どうする事も出来ぬのである。狭い堂へ二人寝た。男は俺の後ろに、女は俺の前に、土の上へだよ。糸立を半分に切って、片々を互いに敷いたけれど。
 これでも鉱山で虐待されたり、こうで折檻されたのに競べて見れば、極楽なのだろう。前後も知らず、二人とも寝てしまったよ。
 暁方あけがたに眼が覚めた男は、まだ雨の降っているのを見て嘆息した。しかし、身の行く末の遠い事よりは、今という今に差し迫った問題、そうさ、大問題だよ、それは空腹というのだ。大方二日ぐらい何も食わずに歩いたと見える。
 女はまだよく眠っている。これは、しかし、普通の腹のへり方なのだろう。それが証拠には、目が覚めぬ。
 食人種であったら、この時男は、女の喉笛へ咬み付いたかも知れない。
 いろいろ男は考えているようであったが、俺の弗箱どるばこ、ナニさ、賽銭箱へ目を付けて、酷い奴だ、小石で錠前をタタキ切って、箱を俺の向う脛へ打ち付けて、破壊した。中から鳥目ちようもくだの銅貨だの、取り交ぜて沢山ツカミ出した。え、いくら? なにさ、八銭六厘五毛。
 この音で女も目を覚ました。あきれて見ていると、男はその内から三銭五厘出して女に与えた。
 女は『いりませんよ』と返す。『何故いらぬ』と男は推す。『でも地蔵様のばちが当たります』と女は云った。
『いや、心配するな、ばちは俺が引き受ける、この上の罪を着る体が無いのだ。その代わり、今に俺が出世したら、この地蔵様に錦の涎掛を拵えて奉納する』と男は云ったが。

 や、それきりさ、今日まで錦の涎掛は未だ奉納にならない。八銭六厘五毛タダ取られさ。
 けれども、俺は花を襟に挿した奴等よりは、どのくらい後の二人があいか知れないよ。
 俺の前で、俺より固くなって二人は寝ていた。苦痛の身の快楽は、それを忘れた間にあるのだな。その上の快楽は望まないのだろう。
 馬鹿にするな、石地蔵だッてこの通り、見ている事はチャンと見ている。生きた世の中だからッて訳はない、こういう風な話ならいくらでもしてあげる。速記者を連れて来るのもしさ、何なら寄席へ出開張でもしようか。

 驚いて余は逃げ出した。嘘じゃアない、蛇窪へ行って見るべし、たしかに石地蔵在り焉。