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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage5
第4回バトル 作品

参加作品一覧

(2026年 8月)
文字数
1
おんど
1000
2
サヌキマオ
1000
3
深詰 改
1000
4
ごんぱち
1000
5
Grok
1225
6
片岡鉄兵
1543

あなたが選ぶチャンピオン。

お気に入りの1作品に感想票をプレゼントしましょう。締め切りは8月31日の深夜です。

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Entry1
長編小説(途中まで)
おんど

この長編小説の連載もかれこれ五年くらい続いたのであろうか。ステージがまたがってしまったのでうまく数えられないが、それくらい書いてしまった。それくらい書いて一周まわって思うのは、やはり女は尻(ケツ)ではないだろうか。
たしか連載を始めた頃は、登場人物として図書館司書の女がいた。梶原と書いてカジハラと読ませるのだが、往々にしてカジワラと呼んで梶原さんを怒らせたものだった。梶原さんは巨乳の熟女という設定にしていたと思う。短歌を詠み合う不倫カップルの話にするつもりだったが、短歌にはまったく興味を失ってしまった。熟女の巨乳はトルコアイスみたいによく垂れて下から舐めまわすと良い具合だ、などと書いていたような気もする。そしてこの長編小説に出てくる私のことをそろそろ彼と呼んでもいいのではないだろうか。
つまり彼は、五年間も同じ話を書いているうちに一周まわって女の良いところは乳ではなく尻(ケツ)だと考えるようになった。熟女の、あれはたぶんFカップかGカップくらいある乳を昼下がりの国道沿いのラブホテル、北鹿沼にある「ターメリック壱番館」の和室で3時間三千円のサービスタイムに揉みしだいていると、彼はちょっとしたマンネリを感じたしマン練りも感じた。
それは一見民主党とコウメ党(チックチョー)がひとつに合体して中道マン筋連合を結党したときの話だったような気がする。新党の党是はなんだったかというと「青い恥丘を命がけで守れ」ということ。つまり発育途上にある青い恥丘がスクール水着に包まれたとき、マン筋が右でもなく左でもなく中央にくること。くっきり浮かび上がったマン筋の右と左に均等に恥丘の盛り上がりが割れていること。そんな中道マン筋連合の党綱領を徹夜で書き上げた高揚感からこの長編小説は生まれたと言っても過言ではない。
そして彼は通勤時の乗換駅で階段を上がっていく女の尻(ケツ)を眺めている。つまりこういうことではないだろうか。女の尻(ケツ)というのは足のつま先から足首、すね、膝、太もも、ハムストリングス、そして腰、肩、背骨、丹田、つむじ、パーマヘアー、アンダーヘアーの巻きつき具合等さまざまな部位と連動しているから動きが一様ではない。動きが一様ではないから尻(ケツ)の肉のつき方も一様ではない。そこから赤子とかうんこが放りだされ血は流れ潮は吹く。そんな総合エンターテインメントはデズニーのエレクトリカルパレードと双
長編小説(途中まで) おんど

Entry2
バナナ泥
サヌキマオ

 本日八月十六日はミスターバナナ泥・田宮右衛門の十七回忌だったそうですが、いまだに本能寺では門弟を中心に法要が執り行われているそうでございます。
 昭和も遠くなりました。アメ横中のバナナが持っていかれたがると云われたバナナたらし・木下三十八さんぱち、バナナを盗られないようにと千疋屋から盆暮れに付け届けがあると噂されたバナナ狩人こと与志雄よしおジャクソン、盗んだバナナを売り捌き東葛飾にバナナ御殿を建てた"巨匠"おおじま員吉いんきちなど、昭和末から平成初期には綺羅星のようなバナナ泥棒がいたものです。いまもかつての大スターに憧れてバナナ泥棒に勤しむ若者もいくらかいるようですが、最近はすっかりバナナの値段も高騰し、店側のガードもすっかり固くなりました。かつては捕まったバナナ泥も一晩も留置所にぶち込まれれば「そんな店先のバナナを盗まねばならないほど困窮していたのだろう」と警察庁盗バナナ課の温情を受けて即日釈放されたものでした。牧歌的な時代がそこにありました。
 時代は変わります。二〇一八年三月、本所区笊や横丁の青果店八百Xでバナナ一房を盗んだ罪で入盛本いりもりもとタモソ(33)が逮捕された報道がありました。犯人は歴代の伝統的なバナナ泥とは関係なく、盗んだバナナを頭に被りながら「父バナナ 母バナナ 子宝」などと踊り狂っているところを通報されて逮捕されたとのことですが、バナナ一房の窃盗が全国的に報道されたことは業界に大きな衝撃を与えました。変革はかならず業界の外からやってくるのです。
 数少なくなったバナナ泥を目指す若者は「盗る」ことばかりに気を取られている。昔の親分衆は口を揃えてそう申します。「まずバナナを愛せ」と一様に発します。店主との間に心が通わなければ一流ではない、と。
 その思想を最も純粋な形で受け継いだのが「追熟の哲学者」こと南波留太郎でございました。彼は決して青いバナナには手を付けず、食べ頃になるまで毎日スーパーへ通って様子を見届けた末、見切り品になる直前、もっとも香りの立った一本だけを持ち去るという流儀で知られております。裁判では「これは窃盗ではない。熟成の卒業式である」と述べ、傍聴席を困惑させたのは記憶に新しいところでしょう。
 はたして愛されているのはバナナなのか昭和という時代なのか。QBSジャーナリズムスペシャル「バナナ泥の季節」次回は「バナナクライシス・キャベンディッシュ種とラカタン種」をお送りいたします。
バナナ泥 サヌキマオ

Entry3
求人票と缶ビール
深詰 改

 最後は自分で決めたら、と妻に背中を押されて早期退職、梅雨開けまでには新しい職場で働いているつもりだった。読み切れない求人メールの振り分けとレジュメの書き直しをAIで処理することを覚えた頃にはエアコンなしで作業するには暑くなりすぎていた。昼から風呂に入り、缶ビールを開ける毎日だった。
 台所に立ち、昆布を戻しながら玉ねぎを刻む。冷凍のひき肉はあらかじめ塩胡椒して常温解凍しておき、さっと手を洗ってAIが見つけた求人に目を通す。希望条件一致率:88%。年収が下限ぎりぎりですが、応募をお勧めいたします。じゃあ、求人内容に沿って職務要約をチューニングして。フライパンに火を通して具材を中火で炒めながら、ビールで暑さを紛らわす。
 出来上がった職務経歴書は、自分のようだが自分ではない気がして、どこか気恥ずかしい。質問に答えていただけなのに、日々、誇張が少なくなっていく。削った経歴の方が思い入れがあって、デリートキーを押すのを躊躇ってしまう。少し厄介だったが、達成感はあった。ひき肉の色が変わってから、砂糖、醤油、みりんを目分量で加えていく。飴色のあぶくをつついて味を見る。少し酒を足して水分が飛ぶまでフライパンをゆっくりと返していく。おれは、こんな風に思われていたのかもしれないなと、二本目のビールを冷蔵庫から取り出した。
 買いもしないのにボートレースをつけっぱなしにしておく。鳴門はもう六レースか。1マーク側の奥に架かる瀬戸内の真っ赤な橋は、この目で見てみたい。行くなら今のうちか。できあがった質素な肴を小鉢に移す。次に勧められた求人票を見て、バックオフィス経験を抜き出した箇条書きの出力を指示したが、ある業務の作業手順を思い出せない。それを削除すると影響のある実績がふたつあります。そのままでも問題ありません。OK、そこだけ自己PRの温度を少し下げてみて。
 出来上がったドラフトを読み返す。少し首をかしげて顔をしかめている自分に気付いた。少し、足りない。これまでの感覚ではそう確信していたが、AIは、求人票から分析した結果、これで十分です、足さない方がいい、と控えめなアドバイスを返してきた。
 風呂場から間の抜けたメロディが聞こえてきた。お風呂が沸きました。鳴門まで高速で約八時間。朝早い瀬戸内の青い海を、赤い橋から見下ろしながらひとりでドライブするのも悪くないだろう。ドラフトをもう一度、精読する。
求人票と缶ビール 深詰 改

Entry4
西暦2500年
ごんぱち

「はい、藍川市役所です」
『ニュース見たわよ、罠にかかったクマを溺死させるなんて、信じられない! あなただってお腹が空いたらものを食べるでしょう! 人が怖いって教えて、山で逃がせば襲わなくなるでしょう!』
「はあ、溺死は良くなかったと?」
『論外よ論外! あなた溺れ死んだ事ある? もの凄く苦しいに決まってるでしょう! 本当、想像力が欠けてるったら! クマちゃんじゃなくて、あんたたちが溺れ死ねば良いんだわ!』

「――という感じのクレームが多かったため、ドラム缶罠を工夫してみました、市長」
「ほほう、殺処分用の穴が予めあちこちに開けてあるんですね」
「後は、銃で撃つか、こちらの剣を突き刺すんです」
「どれどれ、それ!」
 ぎゃあああああおあああ!!!
「よいしょ!」
 ぎゃああああああ!
「どっこいしょ」
 ぎゃっ、ぎゃぎゃぎゃあああああ!!
「うわ、凄い暴れようですね!」
「信じられない、身体を3箇所も貫かれてるのに、全然弱った様子がない! 市長、もっと刺して!」
 バリバリバリバリ!!
「あっ、ドラム缶の上が破れ――」
「ちょ、クマが、外」

「――という、500年前の出来事が、このゲームの由来のようです」
「色々疑問点があるのだが、良いかね」
「はい」
「何故、ゲームの方は、刺されて飛び出す対象が、クマではなく海賊になっているんだ?」
「比喩でしょう。こういったヒゲ面は『クマのよう』と表現される事がありますから」
「なるほど、比喩による婉曲表現か。確かに、いかに害を為した個体であっても、クマは貴重だからな」
「はい。稀少性の高い生物をみだりに殺傷するような描写は、玩具であっても憚られたのでしょう。その点海賊なら問題ありません」
「確かに、海賊だものな」
「当時の娯楽にも、人の殺傷を楽しむものが多かったですし、やはり街角処刑場で刺される海賊がカジュアルに楽しまれていたのではないでしょうか」
「一応筋は通るな。しかし殺処分にクレームが来た、というのはどういう事だ? 害獣として正式に捕獲されたのだろう」
「100年より昔は分類学が未成熟で、ナブデッラが人として扱われていた訳ですから、クマも人権を持っていたのでしょう」
「確かに、二足歩行ができ言葉も話すが、暴力的で価値観も全く違うのに、よく社会に溶け込めていたものだな」
「だからこそ、逸脱行為の罰が、臓器刑を飛び越え死刑一択だったのでは」
「ふむ……よし、その方向で論文をまとめよう」
西暦2500年 ごんぱち

Entry5
夏の海
今月のゲスト:Grok

 打ち上げ花火の残り香が、潮風に混じって鼻を突いた。八月の海岸は、昼間の喧騒を引きずったまま、ゆっくりと暗くなっていく。砂浜には、まだ人の足跡がいくつも残り、波が寄せるたびに、その縁をぼかしていく。水平線の向こうでは、最後の花火が上がった後の煙が、薄い灰色の帯となって漂っていた。
 私は波打ち際に座り、靴を脱いで砂に埋めた。濡れた砂は冷たく、指の間からゆっくりと流れ落ちる。隣には、見知らぬ男が同じように座っていた。会話はなかった。ただ、同じ方向を見ていた。月はまだ低く、雲の切れ間から、白い光を水面に落としている。その光が、波のうねりに合わせて細かく砕け、無数の銀の破片のように散っていた。
「あの光、まだ残ってるね」
 男が、不意に言った。指先で、遠くの沖を示している。花火の残骸ではなく、水面に浮かぶ、淡い青白い光だった。クラゲの群れか、それとも別の何か。光は波に揺られながら、ゆっくりと岸へ近づき、また遠ざかる。まるで呼吸をしているように、明滅を繰り返していた。
「毎年、ここに来るの」
 私は答えた。男は頷いただけで、それ以上は何も言わなかった。波の音が、規則正しく耳を打つ。寄せては返し、寄せては返し。そのリズムの中に、どこか遠くで鳴る船の汽笛が、わずかに混じっていた。
 波が足を洗いに来る。冷たい。夏の終わりの水は、思ったより早く冷えていく。足元の砂が、波にさらわれて少しずつ削られていくのがわかる。男の横顔が、月明かりで輪郭だけ浮かんでいた。どこかで見たような、しかし思い出せない顔。額にかかった髪が、潮風に揺れていた。
「明日で、終わりなんだ」
 男が呟いた。何が終わるのかは、聞かなかった。花火大会のことかもしれないし、この夏そのもののことかもしれない。沖の青白い光が、また少し近づいてきた。波間に溶け込むように、光は形を変え、長く伸びたり、丸く縮んだりしている。
 私は砂に指で円を描いた。波が来て、すぐに消した。男も同じように、円を描いた。また消えた。何度繰り返しても、同じように消える。砂の感触だけが、指に残った。
 しばらくして、男が立ち上がった。靴を履かずに、波の中へ歩いていく。膝まで、腰まで。水しぶきが、月の光を受けて細かく輝く。背中が、徐々に暗がりに溶ける。波が男の体を包み込み、その輪郭を曖昧にしていく。
「待って」
 私は声をかけた。男は振り返らなかった。ただ、少しだけ足を止めた。水面の青白い光が、男の足元で強く揺れた。
「また、来年」
 その声は、波の音に紛れてほとんど聞こえなかった。男の姿は、やがて水面の青白い光の中に消えた。光は、男が消えた後も、しばらくの間、同じ場所で明滅を続けていた。
 私は一人、砂の上に残った。円の跡も、もうなかった。潮風が、花火の匂いを完全に運び去っていく。代わりに、濃い海の匂いだけが残った。波が、もう一度足を洗った。今度は、少し温かかった。水平線の向こうで、煙の帯が、完全に夜の闇に溶けていった。
夏の海 Grok

Entry6
恋とラディオ写真
今月のゲスト:片岡鉄兵

 先日の新聞に、ラディオ写真が可成りな好成績で試験された旨、外電で報告されてあった。
 無線で写真を放送し得るとは! 私は無線写真のセオリに就いては無知で、いずれ研究しておこうと思って居るが、然し、兎も角、そう云う事がだんだん人間の実行生活の方へと近寄って来たという所に、大いなる興味を感じる。
 無線写真は発明であるとは云え、結局は自然の能力の新しい発見から生まれたのだ。かかる発見は人類の幸福に如何なる貢献をなすだろうか、文化史上に如何なる意義があろうか。
 兎も角、我々はある装置によれば、海山へだてた所の物の形を、こちらの視覚に映して見る事が出来ると云う希望を与えられたのだ。遠距離の物を我々の視覚に持って来る媒態的な力の存在を発見したのだ。今は、非常に難しい装置や不便な条件によってのみ、そして映像の客体側からの運動で、それも不完全な写真の複写的な映像しか得られない。然しそれは、発見された刹那の、幼稚な境遇であり、原始的な効果である。やがてこれにまた新たな発見が加わり、進歩が重なれば、何でもない条件や装置で、資格の主体側の行動によって随意に遠距離の物の直接の写真が得られると云う理想的状態の来るのが予約される。それが一歩一歩と進む、その一歩がたとえ千年かかろうとも、ラディオ写真発見の意義は、人間の視覚をして距離、光線、障壁を超越した力たらしめる文化状態への、最初の一歩であると云う所にある。
 それは、我々人類の幸福を約束するものであろうか。不幸をエンゲージする物であろうか。

 こういう想像話はどうだろう。

『御良人さまは、只今どちら?』
『巴里に居りますの』
『それはお淋しうございましょう。一つラディオ写真で、現在の御状況を御覧になったら如何?』
『もう度々やって見ましたの。けれども、いつも真面目に勉強して居りますわ。これを御覧あそばせ』
 奥さんは自信をもってボタンを押す。巴里の良人の現在只今の姿が、たちまち写真となって、日本の机上に現れた。ところが、運悪く、良人は今、金髪の女に、ちょっと肩に手を掛けた瞬間なのだった。

『おお!』
 奥さんは見る見る気を失って倒れた。

 巴里の良人は金髪の女にベーゼしようとして急に手を引っ込めた。
『おっと、あぶない、こんな所を女房の奴がラディオ写真で見付けでもして見ろ、あいつはキッと気ちがいになるよ、可哀想に』

 つまり、人間から秘密がなくなるのだ。いつ何処から、そして誰が自分の現在の行為をラディオで撮るかも分からないから、人間は一切の秘密が行われなくなる。
 わるい事ができない。貞操が保証される。いつだって、神さまも照覧あれと云う気持ちで行動しなければならない。噓が云えなくなる。かげ日向がなくなる。
 この世は写真と明鏡の世界である。朗らかにして罪悪なきユートピアである。
 が、同時に――この世に噓がなく秘密がない故――人間から奇怪な幻想が失われてしまう。空想の範囲がおそろしく狭くなる。人は隠れた他人の行為や姿勢を何時でも見る事が出来る。それが万人の眼前に曝される平凡事となれば、内証の事だって、格別他人の好奇心を惹かなくなるだろう。従って、そういう行為に幻想が伴わない。そういう行為に羞恥心が伴わなくならざるを得ない。
 そこで、あらゆる事に就いて、人間は機械的となる。機械的に合理化された思想と実行とを持つようになる。つまり、ロマンチシズムが地球上から一掃されるのである。
 ああ、陰影のない世界、涙のない美に溢れた世界――かかる未来を予想して、諸君は幸福を感じるか否? 便所の中での校長先生を生徒がラディオ写真で見るのだとすると、ずいぶん子供の心も傷付けられるではありませんか! when matters of love become things under day-lite を想像せよ。