■ Entry2
バナナ泥サヌキマオさん
感想:「恋とラディオ写真」
片岡鉄兵先生に申し上げたい。100年経っても世界は変わっていません。どんなにラディオ写真が発達しようとも、良い女がいればベーゼしたくもなりますし、多目的トイレという秘密空間も街のそこかしこに設置されていますし、淫ターネットという秘密空間も持ち運びが可能です。良人の不貞を知って気ちがいになってしまった奥様の姿を画像化することだってできるのです。
「夏の海」
パソコンの脇腹から熱風が噴き出しているのに手をかざし、熱を量として実感し、恐ろしい気持ちになることがあります。パソコンはじっとそこに居るだけなのに、大変なエネルギーを消費している。AIはもっとそれが甚だしいのだと聞きます。作品と作家は別のものと頭ではわかっていても、夏の海に入っていきたくなるAIの気持ちもわかります。ラディオ写真のように当たり前にその存在が人間の実行生活に溶け込んだとき、AIはどんな表情を私たちに見せてくれるのでしょうか。
「西暦2500年」
なぜ人は危機に陥ると一発やりたくなってしまうのでしょうか。最新の研究によれば、セックスは生物学上必要なものではないし、セックスしなくて死んだ者はいません。一方で首絞めセックスが、酸素不足による脳内の急激なドーパミン分泌と生存本能の極端な活性化という二重構造によって快感を増大させるという説もあります。巴里で金髪女にベーゼしようとした良人を樽に詰め、剣を刺して飛び上がる姿を観たいといった奥様の欲望が、黒ひげ危機一発を生んだと私は考えています。
「求人票と缶ビール」
管理部門が忙しいとき、採用面接を手伝うことがあります。応募者の職務経歴書は読みません。入社後にその経歴が活かされた試しがないし、職務経歴書には多分に誇張が含まれています。私が聞くのは一点のみ。これまでの人生で最高のセックスについてです。どんな相手とどんな状況でどんなセックスをしたのか。それを事細かに訊ねます。そしてそのセックスに再現性はあるのかと問います。ある、と答えた場合は不採用。ない、と答えた場合は個別面談を求めます。お前の最高を俺が塗り替えてやる、というモチベーションで望むセックスこそが最高なのだという入社の心構えを知ってもらうためです。
「バナナ泥」
かつてお見舞いといえばバナナを持っていくのが常識でした。病院食は貧弱で、手軽に栄養補給ができるし包丁を使わず食べられるからです。栄養不足と病気が直結していた時代の話です。最近はストレスによる不調が病気の原因となるケースが多いようです。私の不倫相手が胃痙攣を起こして緊急入院したときにバナナをぶら下げて病室を訪れると、同じ病室の女性たちや看護師から冷ややかな目を向けられました。私はカーテンを引いてその視線を遮り、率直に不倫相手に謝罪しました。こんなときにバナナなんか持ってきてごめん。そういってズボンをおろし、別のバナナの皮を剥きました。彼女は点滴の管をぶら下げながら器用にそれを扱き、いつものように咥えてくれました。そして帰り際、あなたの存在がストレス、と呟きました。次の面会のときにはマンゴーにしよう。そう考えながら帰途につき、その後十年近く忘れていたことを本作を読みながら思い出しました。
投票者: このバトルへの参加作者
感想:この粋な犯罪行為という描写、なかなかどうして難しい。本作のように、ツッコミが入ってバランスを取るのが手頃な解決法だ。
池波正太郎が「本格の泥棒」の例として書いたものも、大きな手間をかけてものを盗んでそのまま返すとか、経費や途中の生活費をどうするか分からない、金持ちの道楽にしかなっていないものだったりする。
こういうのは、恐らく時代と共に変わって来るのだろう。だとすると、バナナが当局からタダで配布される未来には、バナナ泥達も体制に逆らう英雄として持て囃されるかも知れないし、バナナでガンが治る時代にあっては、人の命を脅かす大罪人扱いされるかも知れない。
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