ボッチャーン
アレシア・モード
【親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある】
「フローム チャイルドタイム、ペアレンツプレゼンツ ノー・ガン、アンド ノー・アドバンテージ! ザ・ターイム アイアム イン スモール・スクール、アイアム フライング フローム セカンドフロア、アンド ミス マイ・ウエスト、ワン・ウィーク」
【なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃したからである】
「ユー クエスチョン? ホワーイ アイアム ノー・ダーク? ノット ディープ・リーズン、ザ ターイム アイアム エグジット ネック フローム セカンドフロア、クラスメート ジョーク ハウマッチ ユーアー グレート、ユーキャン ノット フライ フローム ヒア。ウィーク インセクト ヤーイ、ザッツ ホワーイ」
【小使に負ぶさって帰って来た時、おやじが大きな眼をして二階ぐらいから飛び降りて腰を抜かす奴があるかと云ったから、この次は抜かさずに飛んで見せますと答えた】
「ザ・ターイム オン ザ リトルユース アイアム ゴーホーム、マイダディ ビッグ・アイ アンド セイ、アバウト フローム セカンドフロアダイビング アンド ミッシング ウエスト ガイ イズ ヒア? アイアム アンサー、ノーミス ネクストターイム」
「……アレシアって」
マリは大きく目を開き、口も開いたままだった。いつも反応の薄いマリとしては異例のリアクションと言えた。
「……英語が上手なんだね……まるでアメリカの……ええと」
マリはここで少し言い澱んだ。ような気もした。
「……アメリカ旅行者みたいだよ」
「はっはっは、恐れ入ったかねマリくん。こうして日本の文豪の作品を翻訳してアメリカに売り込むのさ。まあメリケンは日本の小説とか知らないだろうし、漱石なんか読んだらきっと驚いて大ベストセラー間違いなし! マリも私と一緒にドリームを掴もう!」
「……はあ」
【親類のものから西洋製のナイフを貰って奇麗な刃を日に翳して、友達に見せていたら、一人が光る事は光るが切れそうもないと云った。切れぬ事があるか、何でも切ってみせると受け合った】
「フローム ペアレンツ・カインド アイ ゲッツ ウエストオーシャンナイフ アンド ビューティフルエッジ イン サンシャイン、ルッキング トゥー マイフレンズ、ワンフレンズ セイ、イッツ シャイニング イズ シャイニング、バット ノールック カッティング。アイ セイ、アイアム ナッシング ノーカッティング。アイアム オール カッティング。マイ プロミス」
【そんなら君の指を切ってみろと注文したから、何だ指ぐらいこの通りだと右の手の親指の甲をはすに切り込んだ。幸ナイフが小さいのと、親指の骨が堅かったので、今だに親指は手に付いている。しかし創痕は死ぬまで消えぬ】
「ナウ、オーダー レッツ・カット・ユアフィンガー。ホワット フィンガー アバウト ディス・ウェイ、ライトハンド・ペアレンツフィンガー カット ノーストレート。イン ハッピー、ナイフ イズ スモール アンド ペアレンツ・フィンガーボーン イズ ハード、ナウ ペアレンツフィンガー アタッチメント イン マイハンド、バット スキンダメージ イン マイライフ」
【おやじはちっともおれを可愛がってくれなかった。母は兄ばかり贔屓にしていた。この兄はやに色が白くって、芝居の真似をして女形になるのが好きだった。おれを見る度にこいつはどうせ碌なものにはならないと、おやじが云った。乱暴で乱暴で行く先が案じられると母が云った。なるほど碌なものにはならない。ご覧の通りの始末である。行く先が案じられたのも無理はない。ただ懲役に行かないで生きているばかりである】
「マイダディ ノー ラブミー。マイマミー ラブ マイブラザー。ブラザー イズ ベリー・ホワイト、プレイ ドラマ アンド ラブ チェーンジ レディー ボーイ。エニータイム ルッキング ミー、ダディ セイ ユーキャン ノット ビカミング グッドマン。マミー セイ ユーアー バイオレンス バイオレンス ロード ゴーイング イズ マインド。リアル アイアム ノット ビカミング グッドマン、ルッキング・ウェイ。イッツ ノーリーズン マインド マイ・ウェイ、オンリー ノープリズン イン マイライフ」
「……アレシア」
「何かな?」
「……私は遠慮しとく……アレシアもあまり本気出さない方が良いような……みたいな」
「ホワーイ?」
「その……私のシックスセンスというか」
「ああ、可哀想なマリ、失敗が怖いのね。それじゃ人生損するばかり、無鉄砲こそ成功への早道よ。まあ手伝ってくれなくてもいいけどね、その代わり分け前は無しだよ~」
「うん……」
「さあ、頑張るじょー!」
「……えっとアレシア……なるべくゆっくりやった方が……ね、結構長い話だし、少しずつ……」
ああ、せめてこの時点でハッキリ忠告してくれてたら、とは思う。でもマリは私の心を傷つけるのが怖かったんだ、よね……
【ある時将棋をさしたら卑怯な待駒をして、人が困ると嬉しそうに冷やかした。あんまり腹が立ったから、手に在った飛車を眉間へ擲きつけてやった。眉間が割れて少々血が出た。兄がおやじに言付けた。おやじがおれを勘当すると言い出した】
「ザ タイム オブ ジャパニーズチェス プレイング、ヒーイズ アンフェア ウェイティング・ホース プレイング、マイフィーリング ハードモード、ヒーイズ・グラッド・トゥー・セイ・コールド。アイアム エクストラ アングリー、ストライク フライングカー イン・マイハンド トゥー・ミッドブロー。ミッドブロー デストロイ アンド リトル ブラッド。ブラザー アピール ダディ ミー。ダディ セイ・ミー アウト・ミー」
マリの翻訳は器用だった。
「……日本のチェスの演奏時間、彼は不公平な馬の遊び、私の感情のハードモード、彼は寒いと言うのがうれしい。私は余分に怒っている、中眉に、私の手の中に、空飛ぶ車を叩きつける……中眉は破壊され、血はほとんどない。兄は訴えるダディに私に。ダディは私に私を言う……ああ、これでは漱石が……まるでノストラダムスの大予言よ」
「せ、せやな……」
これでも少し話題になったらしいんだよぉ。向こうの巨大掲示板で、ネタとして……
【その時はもう仕方がないと観念して先方の云う通り勘当されるつもりでいたら、十年来召し使っている清という下女が、泣きながらおやじに詫まって、ようやくおやじの怒りが解けた】
「ザッツ タイム アイハブ ノー・ウェイ ギブ・アップ、セイイング・ウェイ アイ ゲッツ アウト。バット テン・イヤー・ワーキング・メイド・キーヨ クライング アンド ソーリー・トゥー・ダディ、ダディ アングリー イズ クリアー」
「……それは出て行く手段を言って、あきらめる手段のない時……しかし十年働くメイドのキヨは、泣いてダディにごめんなさい、ダディの怒りは明らかだ」
マリは突っ伏したまま、肩を震わせている。
「いや、なんで笑ってるんですかねぇ、マリさん」
「……はぇ?」