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3000字小説バトル

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3000字小説バトル stage3
第50回バトル 作品

参加作品一覧

(2019年9月)
文字数
1
サヌキマオ
3000
2
宇宙太宰治
3000
3
吉行エイスケ
2407

あなたが選ぶチャンピオン。

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コミュニケーション

QSHOBOU掲示板

クロシェだらけ
サヌキマオ

 五人のクロシェと暮らしはじめて三ヶ月が経とうとしている。いや、正確には五人ちゃんと揃ったのが一ヶ月前で、最初のクロシェが家に転がり込んできたのが三ヶ月前ということだ。二人目のクロシェは、あたしが仕事から帰ってくると部屋からエロエロな声がしていて、人の家に男を連れ込むバカがあるか、と叱り飛ばそうとするとあろうことか本人同士が布団の上でくねくねと絡み合っていたのだった。三人目は駅の改札でばったり会って、二人してスーパーで買物をして帰ると家では二人のクロシェが待っていたという塩梅だ。四人目は夜中に窓を突き破って入ってきた。五人目は町内会のふくびきで当たった。三等だった。
「ねえねえミミミ」
「ねえねえミミミ」
「ねえねえミミミ」
「ミミミは売り切れだよ」
「いるじゃんミミミ」
「この売れ残ったやつでいいよミミミ」
「しょうがないから見切り品で我慢するよミミミ」
 クロシェのひとりが内ももにぐっと手を突っ込んでくる。こそばゆくて気持ちが悪いので思い切りグーで張り倒す。
「わああぶたれた」
「私は何もしてないのにミミミにぶたれた」
「そっちのブスがミミたんにはれんちなことをしたのにこっちのブスがぶたれた」
「ブスブスってお前がブスの総元締めじゃねえかこのブス」
「あぁ? くせぇんだよブス」
「おめえなんか脇からきのこ生えてんだろーがブス」
「あっ、ミミミが逃げるぞブス」
「てめぇミミたん逃してんじゃねーよブス」
 わらわらと寄ってきた三人のミミミは四つん這いの私に次々にのしかかってくる。なんとか台所まで這い出ると、トイレの戸を開けっ放したままクロシェが用を足している。ずーん。クロシェ三人の体重に私が負ける。床に崩れる音が響く。下の階の人ごめんなさい。

「というわけで」
「というわけか」
 仕事帰りのあまり良く知らない居酒屋にいる。いつものの「のづち」だとクロシェ(たち)に見つかってしまうので、職場に向かう駅前の居酒屋だ。
 テーブルの向かい、相変わらずポン子の黒縁メガネの奥からは表情が読み取れない。無表情で細目のポン子は半ば機械的にに枝豆を口に押し込むと、追ってコップのビールを流し込んだ。口の中のものを嚥下して。
「病院にいけ。頭の」
「いや、そういうのじゃなくて」
「あのね愛宕氏よ。ふつーにしれっともの申しておるが、世の中に同じ人間が五人もいるわけがない」
「そういうのじゃ――そういうのか」
「そういうのだよ。しかも同じ家にいてお前さんとくんずほぐれつ? エロ同人じゃないんだから」
「わたしもそう思うにゃわん」
 私の横に座ったクロシェが同意する。
「つまり、ああたの横に座っているクロシェさんが別にあと四人いる、ということなんでしょ?」
「そうそうそうそう。あってる」
「で、ここにいるクロシェさんは?」
「五人のうちでも話の通じる、働いているクロシェだから大丈夫」
 このクロシェ、昼は保険の外交員、夜はコールセンターで働いているのだ。
「個体差があるんだ。たしかに、このクロシェには知性を感じる――
 ポン子のひとつひとつ確認するような口ぶりに、あたしはひとつひとつうなずいた。うなずきながら、一つ、気になることがあった。
「うーん。話を聞くだに、結局は同姓同名で、全く同じそっくりさんが、たまたま家に押し寄せたような――」
「ね、ポン子」
「うん?」
「ポン子って、本名、何だっけ?」
 ポン子の動きが止まる。まるで録画の一時停止みたい。ビールを飲もうと中途半端にグラスを持ち上げた状態で、だいたい一分。それで、
「え、花丸だよ? 花丸祐佳」
「そっか、もうずっとポン子ポン子云ってるからすっかり忘れちゃって」
「はははー」
 横のクロシェがさして面白いわけではなさそうに笑う。
「だいたいわかった?」
「そう? お役に立った?」
「まぁね」
 原因は判った気がする。
 じっちゃんの名にかけてもよい。あたしのじっちゃんはとある温泉街で電気屋さんをやっている。そんなものにかけても仕方がないが、かけてもいい。
 どうせ、このじっちゃんだって、今作られたものだからだ。

「あ、おかえりなさい。遅かったね」
 家のドアをおそるおそる開けると、奥の寝室からほたほたと足音を立ててクロシェが出てきた。
 部屋の中はすっかり片付いている。随分高いところの壁も綺麗にしたらしい。年末かなんかに気合を入れて掃除をすると、なんとなく部屋全体が明るくなるアレだ。
 クロシェは見慣れない、ピンクのラインの入った上下揃いの黒いジャージを着ている。ジャージを突き上げる大きな胸と尻はそのままだが「帰るっていうからお風呂、沸かしておいたよ」となんとも甲斐甲斐しい。
 思ったとおりだ。
 見上げた風呂の天井からカビの黒い染みが消えている。この短期間では塗り直すまでいかなかったのだろうが、必死でクロシェが掃除してくれたのだろう。
「入っていい?」
 入口のアコーデオンドアを開けてミミミが顔を覗かせる。
「話したいことがあって」
「なに?」
「NISAって、どうかな」
「にーさ?」
 思わず吹き出しそうになるのをこらえながら、アタシはクロシェの言葉を待った。
「今後のことを考えたら、ちょっとでも資産運用とかしておくのもいいかと思って」
「調べたの?」
「うん、よくわからなかったんだけど、放っておくだけでもお金が増えていくんならやってもいいかな、って。だから、今からミミミにNISAの話をするから、あたしの説明でわかんないことがあったら突っ込んで欲しいな」
(なるほど、こんなふうになるのか)
 飲んでの帰り、帰宅するサラリーマンで満員の電車に揉まれているうちに、一緒に帰っているはずのクロシェとははぐれてしまった。いや、はぐれたのではない。思惑通り、消えてしまったのだ。
 要するに、この世界は。
「ねぇミミミ、聞いてる?――あ、そうか、のぼせちゃったんだ。ごめん」
「そうかも」嘘である。――もとい、
「そうだね」急にのぼせてくる。全身に力が入らなくなる。あ、大変大変、とクロシェがアタシを浴槽から引きずり出してくれる。狭い風呂場の床に倒れ込んだ身体を、沢山のタオルで拭いてくれる。床が濡れているからとてつもなく時間とタオルがかかるだろうが、それでもタオルで拭いてくれる。で、ここからどうするのだろう。クロシェ一人の力でぐったりした私は持ち上がるのだろうか。他のクロシェは何をやっているのだろう。他のクロシェ――
 しまった!
 罠だ。罠だったのだ。そう思うやいなや、どうしたどうしたと同じ声が重なっていく。これはとてもとても五人どころの騒ぎではない。
「ミミミが倒れたんだって」
「倒れたんじゃないよのぼせたのッ! これだからおっぱいばかりに栄養を取られたやつは」
「じゃああんたはおっぱいに脳みそが詰まってるんですかー! パイずりしたらおりこうさんになるんですかーっ」
 沢山のクロシェは狭いところを押し合い圧し合いしながらもアタシを引きずり出し、そのままわっしょいわっしょい万年床まで運び込む。
「やっぱり私達がいないとだめなんじゃないミミたん」
「クーラーキンキンにしておいたから汗をかかずに色々できるよミミミん」
「はーい、みんな揃ったところでミミミんはミミミんかミミたんかで多数決を取りたいと思いまーす」
「もうええわ!」
 暗転。アタシは大量のクロシェの死体の中に立ち尽くしている。
 どうせまた次の話では生き返るから、問題ない。
クロシェだらけ    サヌキマオ

走れ宇宙メロス
宇宙太宰治

 宇宙メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の宇宙王を除かなければならぬと決意した。宇宙メロスは政治がわからぬ。宇宙メロスは、村の宇宙牧人である。宇宙笛を吹き、宇宙羊と遊んで暮して来た。けれども宇宙の邪悪に対しては、スペース敏感であった。きょう未明、宇宙メロスは村を出発し、野を越え山越え、十宇宙哩はなれた此のシラクスの宇宙都市コロニーにやって来た。宇宙メロスには父も、母も無い。宇宙女房も無い。十六の、スペース内気な宇宙妹と宇宙二人暮しだ。この妹は、村のある律気な一宇宙牧人を、近々、宇宙花婿として迎える事になっていた。宇宙結婚式セレブレーションも間近かなのである。宇宙メロスは、それゆえ、花嫁の宇宙スペース衣裳スーツやら宇宙スペース祝宴パーティの御馳走やらを買いに、はるばる宇宙都市にやって来たのだ。先ず宇宙の品々を買い集め、それから都市の大路をぶらぶら歩いた。宇宙メロスには宇宙の友があった。宇宙セリヌンティウスである。今はこのシラクスで、宇宙スペース石工メーソンをしている。その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。スペース逢わなかったのだから、訪ねて行くのがスペース楽しみである。歩いているうち宇宙メロスは、都市の様子を怪しく思った。ひっそりしている。もう既にソルも落ちて、暗いのは当りまえだが、けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、宇宙都市全体が、スペース寂しい。のんきな宇宙メロスも、だんだん不安になって来た。路で逢った若い宇宙衆スペースノイドをつかまえて、何かあったのか、二宇宙年まえにこの都市に来たときは、夜でも皆が宇宙歌スピリチアをうたって、都市はスペース賑やかであった筈だが、と質問した。宇宙衆は、触角アンテナを振って答えなかった。しばらく歩いて宇宙老爺アストロ・ジーに逢い、こんどは語勢をスペース強くして質問した。老爺ジーは答えなかった。宇宙メロスは両手で老爺のからだをゆすぶって質問を重ねた。宇宙老爺アストロ・ジーは、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。
宇宙王様コスモス・キングは、人を殺します」
「なぜ殺すのだ」
暗黒面ダークサイドを抱いている、というのですが、誰もそんな心を持っては居りませぬ」
「人をスペース殺したのか」
「はい、はじめは宇宙王様の妹婿さまを。それから、御自身のお世嗣を。それから、宇宙妹さまを。それから、宇宙妹さまのお子さまを。それから、宇宙皇后さまを。それから、宇宙賢臣アレキス様を」
「おどろいた。宇宙王は乱心か」
「いいえ、乱心ではございませぬ。宇宙を信ずる事が出来ぬ、というのです。このごろは臣下の心をも、お疑いになり、少しく派手な暮しをしている者には、人質ひとりずつ差し出すことを命じて居ります。御命令を拒めば宇宙十字架デスクロスにかけられて、殺されます。きょうは、六人殺されました」
 聞いて、宇宙メロスは激怒した。「呆れた王だ。生かしておけぬ」
 宇宙メロスは、スペース単純な男であった。買い物を背負ったままで、のそのそ宇宙城に入って行った。たちまち彼は宇宙コスモ警吏ポリスに捕縛された。調べられて、宇宙メロスの懐中からは宇宙スペース短剣ソードが出て来たので、騒ぎが大きくなってしまった。宇宙メロスは、宇宙王の前に引き出された。
「この短剣で何をするつもりであったか。言え!」宇宙暴君ディオニスは静かに、けれども威厳をもって問いつめた。宇宙王の顔は蒼白で、眉間の皺はスペース深かった。
宇宙都市コロニーを暴君の手から救うのだ」と宇宙メロスは悪びれずに答えた。
「おまえがか?」宇宙王は、憫笑した。「仕方の無いやつじゃ。おまえには、宇宙の孤独がわからぬ」
「言うな!」と宇宙メロスは、いきり立って反駁した。「宇宙の心を疑うのは、スペース悪徳だ。宇宙王は、民の忠誠をさえ疑って居られる」
「疑うのが宇宙の心構えだと、教えてくれたのは、おまえたちだ。宇宙の心は、あてにならない。宇宙は、もともと私慾のかたまりさ。信じては、ならぬ」宇宙暴君は落着いて呟き、ほっと溜息をついた。「わしだって、宇宙平和を望んでいるのだが」
「なんの為の宇宙平和だ。自分の地位レイヤーを守る為か」こんどは宇宙メロスが嘲笑した。「罪の無い宇宙人スペースノイドたちを殺して、何が宇宙平和だ」
「黙れ、下賤ボトムズの者」宇宙王は、さっと顔を挙げて報いた。「口では、どんな清らかな事でも言える。わしには宇宙のはらわたの奥底ディープ・フィールドが見え透いてならぬ。おまえだって、いまに磔になってから、泣いて詫びたって聞かぬぞ」
「ああ、宇宙王は悧巧だ。スペース自惚れているがよい。私は、ちゃんと死ぬる覚悟で居るのに。ただ――」と言いかけて、宇宙メロスは足もとに視線を落し瞬時ためらい、「私に情をかけたいなら、処刑までに三宇宙日の日限を与えて下さい。たった一人の宇宙妹に、宇宙亭主ダーリンを持たせてやりたいのです。三宇宙日のうちに、私は村で宇宙結婚式を挙げさせ、必ず、ここへ帰って来ます」
「ばかな」と宇宙暴君は、嗄れた声で低く笑った。「とんでもない嘘を言うわい。逃がした小鳥が帰って来るというのか」
「そうです。帰って来るのです」宇宙メロスは必死で言い張った。「よろしい、この宇宙都市にセリヌンティウスという宇宙石工がいます。私の無二の友人だ。あれを人質としてここに置いて行こう。私が、三宇宙日目の日暮まで、ここに帰って来なかったら、あの友人を殺して下さい。頼む、そうして下さい」
 それを聞いて宇宙王は、残虐な気持で、そっとほくそ笑んだ。生意気なことを言うわい。この嘘つきに騙された振りして、放してやるのも面白い。そうして身代りの男を、三宇宙日目に殺してやるのも気味がいい。これだから宇宙は信じられぬと、わしは悲しい顔して、その身代りの男を宇宙磔刑デスクロスに処してやるのだ。
「願いを聞いた。その身代りを呼ぶがよい。三宇宙日目には日没までに帰って来い。おくれたら、その身代りを、きっと殺すぞ。ちょっとおくれて来るがいい。おまえの罪は永遠にゆるしてやろうぞ」
「なに、何をおっしゃる」
「はは。いのちが大事だったら、おくれて来い。おまえの心は、わかっているぞ」
 宇宙メロスは口惜しく、地団駄踏んだ。
 宇宙の友マイ・フレンドセリヌンティウスは、深夜、宇宙城コスモパレスに召喚された。宇宙暴君ディオニスの面前で、佳き友と佳き友は二宇宙年ぶりで相逢うた。宇宙メロスは、友に一切の事情を語った。宇宙セリヌンティウスは、すべてを察した様子でうなずき、音高く宇宙メロスの右頬を殴った。殴ってから優しく微笑み、
「宇宙メロス、私を殴れ。同じくらい音高く私の頬を殴れ。私はちらと君を疑った。生れて、はじめて君を疑った。君が私を殴ってくれなければ、私は君と抱擁できない」
 宇宙メロスは唸りをつけて宇宙セリヌンティウスの頬を殴った。
「ありがとう、友よ」二人同時に言い、ひしと抱き合い、それから嬉し泣きにおいおい声を放って泣いた。
 宇宙暴君ディオニスは、群衆の背後から二人の様をまじまじと見つめていたが、やがて静かに二人に近づき、顔をあからめて、こう言った。
「おまえらの望みは叶ったぞ。おまえらは、わしの宇宙に勝ったのだ。宇宙とは、決して空虚な妄想ではなかった。どうか、わしをも仲間に入れてくれまいか」
 どっと歓声が起った。
万歳ジーク宇宙王様万歳ジーク・ケーニヒ
 ひとりの宇宙少女が、緋の宇宙マントを捧げた。宇宙メロスは、まごついた。佳き友は、気をきかせて教えてやった。
「宇宙メロス、君は、まっぱだかじゃないか。早くその宇宙マントを着るがいい。この可愛い娘さんは、メロスの宇宙コスモを皆に見られるのが、たまらなく口惜しいのだ」
 勇者は、スペース赤面した。
走れ宇宙メロス    宇宙太宰治

飛行機から墜ちるまで
今月のゲスト:吉行エイスケ

 新婚者と、女角力ずもうになったタルタン、彼女のために殺されてしまった花聟はなむこ、歓楽の夜の海を水自転車で彼にあたえた、妖婦タルタンの愚かな行動、水底深く死んだ花聟のダンデズム、影は水に映る。
 水自転車、香港ホンコン、そこで彼女は仲居をしていた。
 日本へ帰ると踊りの名手、華麗な売笑婦、タルタン。

 ここは門司市、東川端の卑猥な街、カアルトン・バアの青い給仕人の花風病の体温、ロシア女の新しい技術の中で無頼漢の唄う流行歌。
 落ちつきを失った新聞記者のYの見たマダム・ハヤミの地平線、吊ランプ下げた海峡の船が下関に着くと、僕はサンヨウ・ホテルの踊場にマダム・ハヤミを迎える。露台バルコニでハヤミは僕を賞讃して、愛を誓った
 のだが、翌日、ホテルの僕の部屋、ノックするとYが飛び込んできた。
 ハヤミのオオケストラ、の人糞。
 ――君! マダム・ハヤミの奴、大理石の経帷子きょうかたびらきこんで昨夜おそく神戸へ行ったぞ、おい、君。女の肉体讃美はよさないか。
 ――おい。×酒よこせ。僕のタンゴ踊、本場仕込みなのでハヤミは腹痛を起こしたのだ。Y、僕は粋な香港に未練があるんだ。
 空しく、僕は欧洲行の船を棄てて、マダム・ハヤミを追って神戸行急行列車に乗り込んだ。
 ――おい、君。マダム・ハヤミ、俺も恋していた。彼女の×××送ってよこせ。
 ――NACH KOBES ×××万歳!
 下関駅を列車は離れた。Yが汚れたハンカチを振っている。
 数時間後、僕は岡山で下車すると、巡業中の歌劇団のポスターを横眼で見ながら、車を硝子ガラス張りの、「金髪バー」の前でとめて、酒杯の中に沈んで行った。すると、肥満した女主人が僕に惚れて煩悶しだした。
 頭のよくない調合人は、混合酒の控帳めくっている。××開始、ウェートレスの英国の少女、メリーをからかってしたたか膝を折られ泣き面をしている男。だが、メリーは僕を見ると恋愛相談所めがけて夢中に走り出した。
 ――いらっしゃい。妾の主人は、非度いラヴ・レタの蛇なのです。恋愛過度、チタでレオ・トルストイに小説を書く方法を三万ルーブルも仕払って教わったのですが、いまの世の中で何んの役に立つものですか………。
 壁にはルノアールのにせもの蜿蜒えんえんの画がかかっていた。
 しかし僕は内緒で、片隅の赤髪の女に色眼をつかった。彼女は巨大で腿のあたりは猶太ユダヤ女の輪廓をもって、皮膚は荒れて赤らんで堅固な体躯をしていた。
 ――君の名は? と、僕が色欲のダリアに向って聞いた。
 ――わたし、貴男の情婦、夜のボップよ。
 すると忽ち女は死物狂い、僕に倒れかかった。
 僕とボップ、裏街の夜、アアク燈、柳暗花明の巷を駈け抜けると、古寺院の境内、数時間、僕はだまって経過した。
 ――ロップ、一時は駄じゃれで君をメキシコ湾だと云ったが、僕の純情知ってくれたか。
 辻自動車が疾走する、満月、天主閣、車が湖畔を疾走するとき、再びロップは僕に傾倒した。
 A・A橋の下で、ボートに乗って夜の河岸を離れて、ロップは、カルメンの五章を唄いながら櫂を水に落した。
いくら、お前が云い寄っても、駄目よ。
トララ トララ トララ トララ
 緑色のイルミネェション、青い眼鏡に穴をあけながら、水の上を進んで行く。
 奔流、ごろつきのような波の音が僕に英国少女メリーの靴の踵と、乳房にかつらをかむったような女主人を思い出させた。
 そのときロップが僕に云った。
 ――ねえ、二人でクラブへ行きましょう。スペイン式の女学生がいるわ、シャンパン飲まして欲しいの………。
 ――ロップ、紙幣と品行方正の匂いがする。
 ――よう!
 ――醜婦しゅうふ、ガウンが百度ひらいたって、糞。
 ――………………
 ――………………
     ――――――――――――――――――――――――
 クラブの化粧室に這入ると、ロップは××になって仰向けのまま寝てしまった。僕は浴場でしばしば、結婚の感触をけた。そのたびに手術室に逃げこんでいさぎよく離婚してしまった。
 僕が客間サルーンへ出ると、人々は足角力ずもうの競技に耽っていた。踊場ではびっこの老夫婦が人形を抱いて踊っていた。食堂では角帽の中学生が恋人の女学生の話しをしている。また僕は、卓子テーブルの一隅で蛙を食べている知り合いの旅女優、彼女は僕を見そめると、やってきて僕に囁いた。
 ――本当よ! 妾のテノアは東京へ逃げてしまったんです。彼は皮膚病だったんです。妾も、歌劇団を抜け出すつもりなんです。マネエジャ達は妾の唇について居心地がよくないと云うんです。妾は好色家の妻にだってなるんです。連れて逃げてください。
 あまりに、熱心に僕が彼女と恋の投機に夢中なので中学生たちが冷かすのだった。
 無線電信――六〇六――石碑――W.C
 ――じゃ、間違いっこなし、明朝、練兵場よ。(哲学よ、信頼してもよくって?)
 僕は帽子をとりに化粧室に引き返す。すると僕はそこにロップの粗悪な寝顔を見て、廻れ右をすると、彼女の腹部に片足で立ち上って、そのまま躊躇なく外へ飛び出した。

 午前八時岡山練兵場出発――F飛行士は、彼は昔、自転車周回競争の選手だった。上海に挙行された東邦大会の選手権把持者――だが、女優のNはなまめかしい嘔吐を空中に吐いた。
 ――妾、恐ろしい!
 F飛行士は、女客のためしばしば、墜落しようとする。彼の強気な毛むじゃらの足は、縁日で買ったような両翼を修繕しては、飛行を継続する。そのたびにはらはらして女優の美貌からふんがはげおちた。
 海原、離宮、車輛、工場のテニスコート、僕が彼女の乳房のあたりを見つめているうちに、八時四十分、大阪着。

 僕が眼を覚ますと、陽気で騒がしい支那人の鼻歌が聞えてくる。僕たちは墜落したらしい。そのままていの部屋で前後不覚になってしまっていたのではないだろうか?
 あれも贋ものの飛行機だったろうか――李鄭の後から僕は広間へついてあらわれると、僕は忽ち、無数の支那服の女に交ってチイク・ダンスを踊るタルタンの素足の踊姿を認めたんです。