第12回3000字小説バトル
Entry1
女奴隷
明智 寅太郎
後ろ手に縛られた女が引き立てられてきた。脱走を図って捕まった女奴隷である。奴隷が、ましてや女奴隷が逃げ出すなどというのは滅多にないことである。
それというのも、まず、無事に逃げおおせた者はほとんどいないからであり、また、逃げ出そうとして捕まった者は、見せしめとして他の奴隷たちの前で死ぬほどの目にあわせられるのである。
地獄のような責め苦にあっている者を目の当たりにして、他の奴隷たちは捕まればどうなるかを理解し、あえて逃げ出そうなどという気にはまずならないものである。
ところが、一人の女奴隷が脱走を図り捕らえられたという報告が中隊長アイゼルの元に入ったのが昨晩のことである。
彼が急いで駆けつけた時には、女は既に見張りの兵によって連れ戻された後であった。
何でも、兵の一人が彼女に悪戯をしようとして奴隷小屋から連れ出したところ、逆に急所に一撃をくらい、逃げ出されたという事らしい。
といっても、ここは北方遠征の拠点となる砦であり、外に対しての守りはもちろん、脱走者に対する警戒も非常に厳しいのである。小屋から出られたところで、何重にも張られた警戒網をそう簡単に突破できるものではない。
所詮は思いがけず奴隷小屋から出られたことによる思いつきの無謀な脱走だったようである。砦の外壁にたどり着く前に、女は捕らえられたそうだ。
女がつながれている地下牢まで行ってアイゼルは、思わず息を呑んだ。その女奴隷がまだ若く、美しかったからだけではない。彼はその女を知っていた。
アイゼルはこの砦の中で奴隷たちの管理を任されているが、その彼の下に、一人の女奴隷がいた。名をエレナという。年は24,5であろう。優しげな中にも芯の強さを感じさせる顔立ちの、美しい女奴隷であった。
砦の中で何度か姿を見かけるうちに、アイゼルは彼女に関心を持った。
と言っても会話を交わしたことなどはない。確かに、奴隷を人間扱いしない者も多い中で、彼は部下たちに奴隷に対する度を逸した行為を禁じていたが、かといってそれほど人間的な感情をもって彼らに接していたわけでもない。
それは彼女に対しても同じであり、言うなれば、ただでさえ彼の好みであった女が、奴隷という立場に置かれていることが何か余計に彼の男心をくすぐったわけである。
それに加えて、若い女の肉体に対する男として当然の反応も多分に含まれていた。実際、エレナの体は男を刺激しやすかった。
牢に入ったアイゼルの目の前で鎖につながれていたのは、そのエレナだったのである。
彼女は床に座り込み両手を広げた姿勢で手首を壁から出る鎖につながれていた。脱走の恐怖と緊張の糸が切れたのか、半ば放心したように、無表情に床の一点を見つめていた。
「明日の朝まではここにつないでおきます。」
見張りの兵の一人が言った。こうなってしまっては、もうアイゼルの力ではどうすることもできない。明日には、しきたり通り彼女に罰を与えなければならない。 逃げ出して捕まった奴隷がどうなるのかは彼女もよく知っているはずであるが、怯えているようには見えなかった。むしろ、すでに覚悟を決めているようである。 聞いたところよると彼女を奴隷小屋から出したのは他の隊の兵士だそうである。アイゼルが兵士の処罰に関わることはない。おそらくは形式的な処分ですんでしまうのではないだろうか。
それに引き換え、たまたま小屋から出されたばっかりに、それも、彼女は乱暴されるところだったのである。兵士の行いに気が動転していただろうし、夢中で抵抗して難を逃れたものの、後のその男の報復などを考えると牢に戻るわけにもいかなかったのではないだろうか。
おそらく一筋の希望にすがるような気持ちで砦の外を目指したのであろう。男を惹きつける容姿が仇にあったわけである。
一人の兵のくだらぬ欲望のために背負わされた過酷な運命を、取り乱すこともなく静かに待っているエレナが、アイゼルにはなんとも哀れに思われ、またなぜか愛しく思われたのである。
そして、今日である。後手に縛られたエレナは、大勢の兵士や奴隷の人垣の間を、2人の兵によって引き立てられてきた。沈んだ表情のまま、逆らうこともなく、弱々しい足取りで引かれるままに歩いてくる。
人間の身長ほどもある長い杭が打ち込まれている、その前に来たところで彼女は一度いましめを解かれた。これからその杭に縛り付けられ、鞭で打たれるのである。
兵の一人が彼女の服を脱がせにかかった。
「おいっ、よけいなことをするなっ」
そばに立って待っていたアイゼルが言った。
その兵は鞭打ちの準備として彼女の服を脱がせようとしたわけだが、それを見て彼はとたんに怒りが湧いてくるのを感じたのである。
鞭打ちは見せしめの意味もあるので兵や奴隷たちの見ている前で行わなくてはならないのだが、主に背中を打つので上半身を脱がすのは仕方がないにしても、自分以外の人間にエレナの肌をさらすことは、何かとても貴重なものを盗み見られるような感じがして、アイゼルは実に腹立たしかったのである。
ましてや、他の男がエレナの服を脱がせるなど、もってのほかであった。
「そのままつなげばよい。早くしろ。」
「はっ」
エレナは杭を抱かされた姿勢で手枷をはめられ、アイゼルに背を向ける形で固定された。
アイゼルは彼女に歩み寄り、服に手をかけたかと思うと、一気にそれを引き裂いた。エレナの白い背中があらわになる。
「アッ」
突然のことに驚いたのか、エレナは小さく声を漏らした。鞭打ちを前にして狼狽を見せない彼女が、肌をさらしたことにうろたえているのが、アイゼルには好ましかった。
やはりいい女だ、と彼は改めて思った。誰かがやらねばならないのなら、やはり自分の役目である。他の誰かにこの背中を鞭打つことなどさせてはならない。
彼は少し後ろに下がり、そこに控えていた兵から長い鞭を受け取る。彼は鼓動が異常に速まるのを感じた。
大きく振りかぶり、手首を十分に使って勢いよく振り下ろすと、ヒュウッと高い音をたてて鞭が飛んでいく。
ピシッ
「アアッ」
ピシッ、
「アウッ」
ピシッ
「クウッ」
鋭い音を立てて鞭が白い背中を襲うたびに、彼女は体をのけぞらせて、苦しげな、そしてどこか哀しげな声をあげた。
ひとつ、またひとつと彼女の肌に鞭の跡が刻まれてゆく。打たれるほどに彼女の声は悲痛さを増していくようだったが、アイゼルは容赦なく一定の間隔で鞭を振り続けた。
十回も打たれる前に、ほとんどの者が泣きわめいて許しを請うものだが、エレナは気丈にも、見苦しい姿を見せぬまま地獄の苦痛に耐えた。
ついに失神して運ばれてゆく彼女を見送りながらも、アイゼルはまだ不思議な興奮の余韻の中にいた。
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