第12回3000字小説バトル
Entry2
戦士たち
のぼりん
那須加は、スペイン語だけは社内でも飛び抜けて堪能だが、決して優秀な部下とは言いがたい。楠古は、国内にいるときから、那須加について内心でそういう不満をずっと抱えていた。
案の定、現地での那須加の働きぶりは、まるでなってなかった。趣味が彼の生活の大きな部分を占めているのは明らかで、ビジネスよりも常にそっちが優先しているのである。自分のきわめてマニアックな趣味のために、那須加は楠古にまとわり付き、南米までついて来たのではないかと疑う社員もいた。
その日、問題の那須加が血相を変えてリマの営業本部に飛び込んできた。なにか緊急事態が起こったのに違いない。が、そこで楠古は自分の部下に対する予感が正しかったことを改めて確認することになったのである。
ボロボロの麻のシャツ、緋色のチューリップ帽子。久しぶりに楠古の目の前に現れたこの不良社員は、まるで「墓掘り」(ワッケーロー)と呼ばれる人種の典型的な格好をしていた。ワッケーローとは、遺跡発掘にうつつを抜かす男たちのことである。
「どういうわけだ、那須加君。現場をちゃんと監督するのが君の仕事だろう。連絡もなく、なぜここへ戻ってきたんだ」
楠古は思わず声を荒げた。那須加は椅子に座ろうともしないで、楠古のデスクの前に突っ立ったままである。かなり興奮しているようで息が荒い。
「部長、大変なことになりました。昨日、ものすごい遺跡が発見されました。しかも、今後どれほどの規模になるか、想像できないほどです」
楠古は眉をひそめた。
「君の仕事は、あの場所に工場を建てることだ。遺跡を発掘することではない。公私混同もいいかげんにしたまえ」
「工場の建設現場から出てきたのです。このまま、工事を続ければ遺跡を破壊することになり、全人類の損失にもなりかねません」
「まさか」
那須加は数枚のポラロイド写真をデスクに並べた。そこに写っているのはどれもミイラだった。しかも大量に積み重ねられたものである。
「遺跡以上に驚くべき事は、これらのミイラです。すでに数百体掘り出されました。いったい何体のミイラがあそこに眠っているのか見当も付きません」
那須加は息も継がない。
「考えられることはひとつしかありません。この遺跡は、インカ帝国の最後の砦、伝説の『ビルカバンバ』で、これらのミイラ達は帝国を再興するために集められた幻の戦士団ではないかということです」
楠古は、那須加が興奮すればするほど、冷静になっていくようである。口から泡を飛ばす部下の報告に対して、子供をなだめるようにいった。
「こんな土地柄だ、そういう事態も予想できた事だよ。だが、もし、この時点で考古学者やハイエナのような墓掘り連中にその事が知れたら、わが社の損失は天文学的なものになる。政府から発掘調査の許可が出てしまえばもうこのプロジェクトはおしまいだ。君がわが社の社員としてしなければならないことは何なのか、これ以上説明しなくても分かるだろう」
那須加の顔が歪んだ。
「それはどういう意味ですか」
「その意味が分からないようでは、君をこの仕事から更迭しなければならないようだな」
楠古はさらに続けた。
「お湯をかければ、はい、できあがり…君も知っている通り、インスタントラーメンは保存食品、携帯食品として、世界でもっとも価値ある発明のひとつとされている。その日本が誇る発明品であるインスタントラーメンの工場をここに建てること、そして、このインスタントという食文化をこの国に輸入することが我々の仕事なんだ。しかもその仕事は、確実にこの国の経済に貢献する。我々はそのことに誇りを持たなければならない。過去の繁栄のなごりを保存することよりも、この国のこれからを考えることの方が大切なことなのだ」
「つまり遺跡を破壊しろと…」
「なかったことにすればいいことだ。ミイラは焼くわけにはいかないから、砂漠の向こうの太平洋に運んで捨てたらいい。もちろん君がそれらをする必要はないよ。代わりにそれができる有能な人材はわが社には何人もいるからね。君はすぐに日本に帰る準備をすることだ。わかったね」
「ま、待って下さい」
那須加は狼狽した。
「これを見て下さい」
那須加が慌てて背中のリュックサックから取り出したものは、紐の束だった。広げると簾のようにも見える。
「なんだ、それは?」
楠古は、怪訝そうに尋ねた。
「あの遺跡で発見された文字です。縄の結び目の形や位置で言葉を表わしている、キープというインカの記録媒体なのですが、これほど多量の文字が発見されたことも未だにありません。とりあえず、専門家にこの文字の解読を頼みますので、遺跡の本当の価値がわかるまで、とりあえず工事を中止していただけませんか」
楠古が難しい顔をしていると、那須加はさらに懇願した。
「少し待っていただくだけの事です。どうかお願いします」
楠古はため息をついた。
「君の情熱には参ったよ。勝手にするがいい」
いいながら、楠古は本気ではない。
企業戦士に徹することができる者しかわが社には必要ないのである。その点、彼は明らかに失格だ。すぐにクビにして、日本に送り返さなければならないだろう。
楠古は、手後れにならないうちに、一刻も早い処置が必要だと思っていた。ぐずぐずしている暇はない。
ところが後になって、その遺跡から出てきたミイラの数がただ事ではないことが分かったのである。それらを全部海に捨てるためには、何十台のもトラックが何回も砂漠を往復しなければならなかった。
それから数日後、すでに会社から放逐されたはずの那須加が、相変わらずの格好で楠古の前に現れた。あの時以上に興奮している様子で、テンションが高い。
「た、大変です」
「那須加君、君はもう僕の部下ではないんだよ。君はクビなんだ。早く日本に帰り給え」
が、那須加はその言葉をまったく聞いていない。
「部長、文字の意味が分かりました。もともと、インカのミイラは頭蓋骨に外科手術の後があったり、頭の形が歪に変形したりしていて、かつては現代と異質で高度な科学文明があったことが推測されていたのです。実は、あれはミイラの製法に関する、驚くべき科学文献だったんですよ」
それがどうしたというのだ。楠古にはまったく興味のない話である。
「インカのミイラがエジプトやその他のミイラと根本的に違うことは、内臓など取り出されず、油や香料などの腐敗を防ぐような薬品も使用しないで、まったくそのまま保存されていることなんです。信じられない事ですが、インカのミイラというのは、実際に再生可能な人体保存の方法だったんです。再生の方法もちゃんと書いてありました」
那須加は、学者の翻訳文を取り出してその部分を読み上げた。
「水をかければ、はい、できあがり…ああ、まるで日本のインスタント食品のようだ!」
その頃、太平洋を望む西海岸では、海から出てきた無数の戦士たちが隊列を組んで、陸続と行進を始めていた。自分たちの文明を滅ぼした侵略者たちへの復讐。
リマへ!
【<<目次にもどる】【▼次の作品】