第12回3000字小説バトル
Entry8
命賭けのパチスロ
芥川かげろう
俺はパチスロに命を賭ける男。今日も押して、揃えて、ハズしま
くるぜ!
ところで、どうして俺はこんな深い山奥にいるんだろう?辺りは
真っ暗だし、獣の鳴き声は聞こえるし、ああ……誰か人に合わない
かなあ。
しばらくブラブラと歩き回ると、やや遠くに明かりの灯った建物
を発見。近くまで来てみると、なんと、こんなところにパチスロ店
があるではないか!
胸を高鳴らせ、中に入る。客は俺だけのようだ。
「いらっしゃいませ。はじめてご来店の方ですね。当店ではオリジ
ナルの特別ルールを採用しておりますので、今から説明をさせてい
ただきます」
髪を七三に分けた愛想のよい30代位の店員が、台の前に座ろうと
した俺の横に立った。
「へえ、面白そうだね」
「はい。当店のスロットをプレイしていただくのに、料金は一切か
かりません。全て無料です。その代わりお金よりも大切なもの、お
客様の命を賭けていただきます」
店員は笑顔で恐ろしいことを言う。
「い……命を賭けるだって!」
「ご心配なく。命賭けと言いましても、本当に命を奪ったりはしま
せん。まずお客様の残りの寿命を全てコインに換えます。レートは
寿命1ヶ月につきコイン1枚です。お客様は現在21歳で残りの寿命
はあと70年と1ヶ月ですから、コイン841枚との交換になります。
もちろんうまくいけば、あなたは何百年も生き続けることができる
ようになります。コインを全て失われた方には、罰ゲームをしてい
ただきます」
「何だよ、罰ゲームって?」
「今お教えすることはできません。どうです? この世で最高のス
リルを味わうことができる命賭けスロット。一つあなたも挑戦して
男を上げてみませんか?」
店員は相変わらず笑顔で、俺の射幸心を煽り立てる。
恐怖で額から汗がにじむ。しかし、俺はパチスロに命を賭ける男!
ここで逃げ帰ればその資格はない。まさか本当に命を賭けることに
なろうとは……。
「もちろんやりますよ」
俺はちょっと無理をして、自身満々そうな笑顔を作る。
4時間経過。
コインの枚数は増減を繰り返しつつ徐々に減少していたが、今何
度目かのリーチ目が出た。残り9枚。何とか逆転できそうだ。
コインを3枚投入。しかし「赤の7」を中段に2つ揃えたところで
急に右手がブルブルと震え始め、BIGをのがす。もう一度同じミ
スを繰り返し、残り3枚になった。
俺はポケットからハイライトを取り出し火をつける。煙を深く吸
い込んで吐き出した。
俺は自分に言い聞かせるように何度も頭の中で「落ち着け」と繰
り返した。いつもの俺ならたとえ酔っ払って携帯で友達と談笑しな
がらでも、目押しを失敗したりはしないんだ。
残り全てのコインを投入する。再び「赤の7」が中段にに二つ停止
する。俺の指が右端のボタンに触れようとしたその時。
「ヘックション!」
俺の背後で台のメンテナンスをしていた店員が、突然下品で大き
なくしゃみをした。タイミングがほんの一瞬ずれる。
右端に停止したのはチェリーだった。そ……そんな馬鹿な。俺は
チェリーを凝視したまま固まった。10秒間ぐらい動けずにいた。
「おやおや、とうとうコインが尽きてしまいましたか。誠に残念で
した。では約束どおり、これから罰ゲームをしていただきます。あ
なたには、ここで永久に働いていただくことが決まりました」
店員は俺を嘲笑うような笑顔を浮かべ、右手を高々と掲げると、
パチンと指を鳴らした。
すると突然、俺の両手両足の指先と頭のてっぺんの方から胸に向
かって、体中が銀色に変色し始める。変色した部分の重量が異様に
増し、俺は床に仰向けに倒れた。
「うわっ!何だこりゃ!」
俺の身体はあっという間に合金の塊と化した。もはや身体を動か
すことも、悲鳴をあげることもできない。
すると今度は身体が立方体のような形に変形を始める。
そして口がコイン投入口に、脳みそがリールに、ケツの穴がコイ
ンを放出する穴に、ペニスがレバーに変化してゆく。
俺の身体はほんの数秒で、パチスロ台へと姿を変えた。
「これからは今話題の最新機種『大鼻血』として、しっかり当店で
働いてもらいますよ。さて、念のため動作確認をしておきましょう
か」
店員は俺の前にイスを置いて座り、コインを投入する。コインが
のどを通る苦しい感触。次にレバーに手を伸ばす。や……やめろ、
そこを触るな変態! レバーが叩かれると、リールが速度を速めな
がら回転を始める。
うわぁぁぁ! 俺の脳みそが! 脳みそがぁぁぁ! ああ……視
界がグルグル回っている。脳が高速回転する異様な感覚に、俺の意
識は遥か彼方へ飛んでいった。
「お兄ちゃん……。お兄ちゃん……」
俺を呼ぶ妹の声。気が付くとそこは自分の部屋のベッドだった。
眠たい目をこすりながら上体を起こす。まだ朝の6時だ。
「何だよ茜?こんな朝早く」
「うなされてたよ」
「ああ。恐ろしい夢だった」
「ねえ。どんな夢?」
茜は何かを期待するように目を輝かせている。こいつはまだ中学
生で、実の妹にしてはずいぶんと歳が離れている。普段は俺の夢の
ことなんか聞きたがらないのに、いったいどうしたのだろう?
さっきまでの恐ろしい記憶を詳しく話してやると、突然茜の顔が
パッと明るくなった。
「やったあ!大成功」
「何がだよ?わけわかんねえ」
「もうパチスロなんて、一生やりたくないでしょう」
「そうだな」
「実はね、茜が催眠術師さんにお願いして、パチスロをやめたくな
る催眠術を、お兄ちゃんが眠ってる間にこっそりかけてもらったん
だ」
「お前、すごくいいことしたと思ってるだろう。お前のせいで……
お前のせいで俺はなあ……」俺の右拳は硬く握られ、小刻みに震え
ていた。
「地獄を体験したんだぞ!」
ガキ相手にムキになる大人気ない俺。
「もしかしてお兄ちゃん、怒ってるの?茜はお兄ちゃんのためを思
って……」
茜は瞳を潤ませる。
「いや……怒ってない!気持ちはうれしいよ、マジで」
俺は茜が泣くのを、慌てて阻止する。
「でも…茜知ってるんだ。お兄ちゃん毎月5万はスってるでしょう。
だから本当はパチスロなんかやめたかったんじゃない?才能ないの
に続けてもつまんないよね」
茜の言葉は耳を貫き、俺の脳髄に突き刺さった。実はそのとおり
なのだ。痛いところを突いてきやがる。
「知っていたのか」
「それに、お兄ちゃんがあんまりパチスロにばかりハマってて、い
つになったらちゃんと就職するのかってお母さんが嘆いてたよ」
「説教はもういいよ。その催眠術師って誰なんだ?」
「ほらこの人だよ」
茜は傍にあった週刊誌をひっつかみ、ページをめくって俺に見せ
た。その催眠術師はさっきの夢に出てきた店員と同じ顔をしていた。
「だいたい、催眠術って眠ってる人間にかけるもんじゃないだろ」
「いいじゃない、ちゃんと効いたんだから」
「それもそうだな」
「あっ。大事なこと忘れてた。催眠術の料金40万円に、茜の特別マ
ネジメント料10万円、合計で50万円いただきまーす。パチスロでス
っちゃうお金に比べたら、安いよね」
茜はさっきの明るい笑顔で、平然と言ってのけた。
俺の頭の中で、一番太い血管の切れる音が聞こえた。
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