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第17回3000字小説バトル Entry12

真実の後味

1.5月25日(土) 21:05 恭子

 「真実の後味」と名付けられたその奇妙なモニュメントは、高名な彫刻家とやらの手によるもので、駅前の待ち合わせスポットとしてずっと以前から定番になっていた。そのためこの付近は混雑しているのが常だが、すでに夜遅い時間帯なので今は比較的閑散としている。その場所で恭子は彼を待ちながら、昨夜のことを思い返していた。

2.5月24日(金) 22:30 洋輔

 それは洋輔にとって、あまりに唐突な出来事だった。仕事帰りにいつもの場所で恭子と待ち合わせ、食事をしたあと、一緒に洋輔の部屋に行った。いつも通りの夜だった。しかし洋輔が求めると、恭子は彼を拒んだ。そして、淡々とした口調で別れを切り出した。
 洋輔には、恭子が別れを望む理由について、思い当たることが何も無かった。洋輔は恭子を心の底から愛し、その気持ちに見合うだけ大切にしていたし、恭子も洋輔のことを誰よりも愛してくれていると分かっていた。同じ会社で知り合い、付き合い始めてから約半年間、ふたりは些細な喧嘩すらしたことがなく、この上なく良好な関係が続いていると信じていた。慌てて理由を問い質したが、恭子の口から語られた言葉は、いっそう洋輔を動揺させた。
「好きだから」
恭子は別れの理由をそう説明した。
「は?」
洋輔は呆けたような声を上げ、数秒の間を置いて、やっと疑問を付け足した。
「どういう意味?」
「好きだから、つらいの」
 恭子の返事はにべもなかった。
「分かるように説明してくれよ」
 洋輔が粘ると、恭子は深く溜息を吐き、ようやく聞こえる声で呟くように言った。
「洋輔のことが大好きで、今とても幸せで、だからとても怖いの。こんな幸せ、いつまでも続くはずがない。きっと洋輔は、いつか私を嫌いになる。そう考えると怖くて堪らないの」
「何だよそれ。嫌いになんかなんねぇよ!」
「なるよ。人の気持ちは変わるもの。だから今のうちに、自分から身を引くの」
「ならないって!」
「もう決めたの」
恭子の声は小さかったが、同時に強い決意がこもっていた。
「そうしないと、怖くて気が狂ってしまいそうだから」
 恭子はそう言い終わると、俯いたまま泣き出した。あとは洋輔が何を言っても耳を貸さず、ただ泣き続けるだけだった。

3.5月25日(土) 20:45 信吾

 洋輔の失恋のとばっちりは、会社の後輩である信吾が受ける羽目になった。会社の近くにある行きつけの居酒屋に、有無を言わさず連れて来られ、洋輔の繰り言に遅くまで付き合わされていた。もともと酒に強い性質ではない洋輔は、あっという間に酔っ払ってしまったが、酩酊しながらもなお、愚痴をこぼし続けていた。信吾は、もう何度目になるか分からない同じ話に、辛抱強く相槌を打っていた。
「皮肉なもんだよなあぁ……。お互いに愛し合ってるのに、うまくいかないなんてよぉ。ホント理不尽な世の中だぜ。やってらんねぇよ、俺はもう」
「ええ。本当にひどい話ですよね」
「だろぉ〜? そんな理由で別れようなんてさぁ……」
「ずいぶん身勝手ですよね、恭子さん」
 信吾にしてみれば調子を合わせたつもりだったのだが、洋輔はその言葉に噛み付いた。
「バカやろう! お前に何が分かるんだ。恭子はなぁ、そんな自分勝手な女じゃねェんだよ。あいつだってつらかったんだ。きっとつらかったんだよぉ……」
洋輔の目に涙が溢れてきた。信吾はかけるべき言葉が見つからず、ただ黙っていた。
「だからさぁ、仕方ねェだろう? 恭子がひとりで悩んで悩んで、それで出した答えなんだからさぁ……」
「それじゃあ恭子さんのことはもう忘れるんですか?」
 信吾がそう言うと、洋輔はぼろぼろと涙をこぼした。
「だけど……だけど俺、どうしても諦め切れなくてさぁ、手紙を書いたんだ。恭子が戻ってくるように。会社帰りにいつも待ち合わせてた場所で待っててくれって。恭子はさぁ、恭子が好きなのは、俺しかいないんだから……」
 洋輔はテーブルに突っ伏して、泣きながらなおも何事かぼやいていたが、それは信吾の耳にはほとんど届かなかった。

4.手紙

「恭子へ

君が抱えていたつらさはよく分かった。
今まで気付いてやれなかった僕をどうか許して欲しい。
僕には君のいない人生なんて考えられない。
今もこれからも、僕が愛しているのは君だけなんだ。

僕は誓おう。
もう二度と、君を苦しめたりはしないと。
決して君を傷つけない。
決して君を不安にさせない。

思い出してごらん。君が本当に愛しているのは誰なのか。
僕たちはもう一度やり直せるはずだ。
明日、九時にいつもの場所で待っていてくれ。

洋輔」

5.5月25日(土) 21:15 再び恭子

「お待たせ」
 待っていた彼の声に、恭子は回想を打ち切って顔を上げた。
「遅いよー」
 微笑む彼に不満の言葉を一応かけるが、口調や表情はちっとも不満そうな様子ではない。腕を絡めて彼を見上げると、嬉しそうに彼の言い訳に耳を傾けた。

「ごめんな。先輩がなかなか放してくれなくてさ……」
 そして、信吾と恭子は、寄り添い合って歩き出した。

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