←前 次→

第17回3000字小説バトル Entry11

絵の無いジグソーパズルT

明日が誕生日という日に車に撥ねられた。運転をしていたのは叔父だという。気が付いたとき病院のベッドの上に寝かされていた。一週間ものあいだ眠っていたという。体中包帯だらけの体なのを見るとその様な目に遭ったらしい。朦朧とした頭では夢なのか現なのか定かではない。身動きが取れないのだから現なのかもしれない。痛みが伴わない。すると夢かもしれない。その様な狭間をさ迷い続けていると徐々に怪我のことが気になっているにも拘らず睡魔がどこからともなくやってきて夢の中に誘われた。
夢の世界に入り込んでしまったらしい。断定は出来ない。それでも夢ならばいい。目が覚めなければいい。その様な願望の中に一人居た。すると左足が勝手に動き出す。散歩に行くと足は云う。だが散歩に行く気は無いというと左足は勝手に歩き出す。ちょっと待てよ! と叫んでも聞こえないらしい。勝手にすればいいと言葉を吐き捨てると、私も行くよと今度は右足が勝手に動き出す。左足の後を追う。どいつもこいつも勝手なことばかりして。今度は右手が散歩もいいわよね。たまには! 又しても足の跡を追う。鼻歌など口ずさみながら。右手も首から下の体さえも立ち去る。残されたのは頭と顔だけ。動くことが出来ない。取ることも出来ない。話をすることは出来るが聞いてくれる人がいない。聞く耳はあるのに話す相手がいない。無いことを並べて愚痴っても声は見えない壁に吸い込まれるだけ。
穏やかな夢の世界に憬れていたのに、何もかも不愉快なことばかり。それならば目を覚まして現実の世界にでも居た方がましだと思い目を開ける。するとベッドの上に寝ているのに五体には包帯が無い。何だ! 怪我をしたのは夢なのだと思うとベッドから簡単に起き上がれた。車に轢かれたのも夢なのだと納得すると歩けた。
病室ではない。辺りを見回す。真っ白な壁がある部屋。よく見るとその真っ白な壁は磨りガラス。四方全面がガラスなのだ。見たことも無い空間の中にいた。。出入り口の無い室の中に誰も居ない。寂しくないとは云わないが、孤独が凍て付いてくる。針で刺されたような痛みが走る。我慢できないほどではない。だが痛みが気になってくる。頭が痛みでいっぱいになる。もう入りきれないと思った瞬間人影がぼんやりと見えてきた。誰なのだろうかと思ったものだから探るように見た。徐々にはっきりと見えてきた。頭が無いのだ。気味の悪さが全身を駆け巡る。誰! そう叫ぶと。お前だ! と返してきた。なんで姿が見えるんだ! そういうと今のお前には頭しかない。え! そんな馬鹿なというと手鏡が天から落ちてきた。その手鏡で見てごらん。自らの姿を! そう云われると見ないわけにもいかない。手鏡の中には顔しかない。首から下が無いのだ。そんな馬鹿な! きっとこの手鏡はインチキに違いない。信じてたまるか。だが視界にははっきりと頭の無い胴体が在る。幻に違いない。きっと消えるに違いない。消えろ! と叫んだ瞬間、鏡が巨大な大きさになる。室と同じ大きさに。その中に映し出された姿は確かに頭しかない。磨りガラスが鏡の中にある。ふと気になって首から下の姿を目で追う。確かにある。鏡の横に居る。分裂していた。それも首が分岐点。首はそう簡単に切断されるわけが無い。それなのに首から下が目の前に在る。正確に言うと鏡の中に居る。それも少し離れた所に。どこなのか探すが見当たらない。まごついていると片方の足が体から離れる。するともう片方も真似をして離れる。手も離れる。足の指が足首から離れる。手の指も離れる。気が付くと細かくなってきた。様々な形が泳いでいる。宙の中を気持ちよさそうに歩いている。よく見ると一定のリズムにしたがって動いていた。三拍子。四拍子。二拍子。クルクル変わる。だが音が無い。無音の中でバラバラになった体は気持ちよさそうに動いている。顔が無いのだからどんな気持ちで動いているのか分かるはずが無いのに楽しさが伝わってくる。頭の中に伝わってくる。何故? という言葉を投げ掛けたら全てが停止した。
動かない空間はヒンヤリしてくる。寒さが体毛を逆立たせる。触覚などそれまでまるっきり感じなかったのに。不思議という言葉が浮いてくる。その言葉を見ながらそうよねというと不思議は首を横に振る。当たり前という言葉が筍のようにニョコニョコと出てくる。当たり前は成長して竹になった。それでも気負わない。威張らない。謙虚さを常に持っているようだ。その様になれないと思った瞬間、男の声が耳元でした。
目を開けると、男の顔が近くに在り周りを見回すと紛れも無くベッドの上であった。それも病室。大丈夫かい? 心配そうな顔になっていた。その顔を見ると叔父。言葉に頷いた。よかった! と何度も言う。何度も云われると何も答えられない。何か云わなければならないと思えば思うほど何もいえない。屁理屈がケラケラと笑う。それでも何もいえない。心の中は真っ白のままなのだから。
声が遠のく。声が言葉としての意味を消していた。再び磨りガラスに囲まれた室へと誘われた。誰にという確かなものは無い。気が付くと居た。だが何かに導かれた様な気配が忍び込んでくる。室から出る手立てが分からないのだから居るしかない。我慢するしかない。何故? という言葉が飛び交う。小さな虫のように飛び交う。だから叩き殺した。残酷という言葉が一瞬過ぎる。それは必然なのだからという言葉が後から追い掛けて来る。静けさだけが漂う。それもいいものだと思っていると何時の間にかバラバラになった首から下の体が宙に浮いていた。ゆっくりと浮いている。風がなびいている。不安という真綿を包みながら。弱い揺れとなって伝わってくる。何が起きるのか分からない。首から下は揺れているのに風が感じられない。ならば何故揺れているのか。その時すでに何故の中には悪魔が入り込んでいた。
悪魔という存在を見たことは無い。見たくも無い。だが忍び込んできたような気配がする。錯覚には違いない。錯覚の中にまんまと嵌め込まれてしまったらしい。崖崩れ。それとも雪崩に巻き込まれたのか定かではない。身動きの取れない様に甘んじるほど強くは無く。逃げ出すほど弱くは無い。我慢してバラバラになってしまった首から下の体を見なくてはならない。目を逸らしたい。それでもギリギリの我慢がエネルギーを出してくれた為に留まる。するとバラバラになった体は立体から平面の図形のようになる。磨りガラスの中に吸い込まれていく。切れ目が確かに元は首から下だったという証拠を残してくれていた。
首から上が今度は細胞分裂を起こす様にバラバラになる。口が浮いている。両耳が浮いている。眉毛が。髪の毛が一本ずつ浮いている。首は真っ赤な血を流しながら。テンポは速い。軽やかにというより何かに追い立てられていた。めげずに浮いている。どこに行くという当てなど無い。バラバラにならなければならないという脅迫めいたものに揺り動かされて。だが目だけは動かない。バラバラになった体を見るのが役目だと信じ込んでいるものだから。
バラバラになった顔が突然停止した。磨りガラスの中に吸い込まれた。目は孤独になる。それでもバラバラになった体の行く末を気にしながら磨りガラスを見張る。その中に悪魔が……。

←前 次→

QBOOKS