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第17回3000字小説バトル Entry2

わたしはがんばる

2段ベットの2段目に寝転びながら、薄汚れた天井を見上げふと思った。
染みが日本にそっくり。
その横の染みはドラえもんにも似ている。
もう何年この天井は掃除されていないのか。
太古の昔していた覚えはあるが、いつか忘れた。
6年前か、60年前か、600年前かそれともずっとされていなかったのか。
そういえば私はホンの6年前の記憶さえも無い。
わかろうはずも無い。

ここ多治見孤児院は全く酷い。不気味で不潔で粗悪な所だ。
廊下には埃が舞い、トイレは常に悪臭を放ち、風呂の白いはずのタイルは全て茶黒く染まっている。
食事は美味しくないし規則も厳しい。
建物は木造で、いたるところにカビが巣食っている。ネズミやゴキブリの巣窟だ。
こんなところに6年間も暮らさなくてはいけなかったのは、母が小さいころ病死し父は刑務所暮しという最悪な家庭に生まれたせいだ。
そのせいでこの劣悪な生活空間が私の家になったのだ。
何故私だけ?ついていない。まったくついていない。世界一ついていない。
それにしても母はともかくとしても父は刑務所暮らしとは一体どんなことをやらかしたのだろう?
覚えていない。
チンケな強盗や横領の類でつかまったとも風の噂で聞いた。
どうせろくな男じゃなかったのではないだろうか。
そう思った時だった。全治しているはずの背中の傷が痛んだ。
「痛っ」
何故だろう。いつも背中の傷が疼く。自分の生い立ちを悔やんでいると。
自分を叱咤しているかのような疼きが脳に伝達されるのだ。
ひょっとして天国に居る母が私に何かを伝えたくて私に痛みを与えているのだろうか?
それなら言葉で伝えてもらいたいものだ。
夢の中なら可能だろう。

その日は私の15度目の誕生日だった。

私は高校に進学しようかどうか迷っていた。
もうこの孤児院には居たくないから働いてアパートで一人暮らしを始めようか。
それとももう3年間ここに残って高校だけはしっかり出ておこうか。
どちらがいいのだろう?
どんな難解なパズルでもこれよりは易しいだろう、なかなか難しい問題である。
一生に関わる問題なので慎重に決めなくてはいけないことだけは分かる。

そんな時だった。私の元に一通の手紙が届いた。
それは阿部刑務所に服役中の私の父からの手紙だった。
中には誕生日を祝う旨を伝えるだけの手紙と黄色く変色した古い新聞記事の切り抜きが一枚入っていた。
「夫が妻を殺害!」と見出しのついたその記事は私の父が私の母を殺した犯人だということを告げていた。

それを見た瞬間凍りついた。
知らず知らず心の奥底に閉じ込めていた6年前のあの日の記憶が蘇ったのだった。
真相は重たく空しく冷たかった。

私と私の父は実際には血が繋がっていない。
実父は私が生まれてすぐ交通事故で亡くなってしまった。
私が9歳になった時、一人の男が父と名乗り私達の家族に加わってきた。
その男は若くして事業を起こし成功したビジネスマンで、その時できた豊穣な資金を元に多治見町で孤児院を経営していた。
大した金持ちだったらしい。
母は父を好んでいたし、父もまた母を愛していた。
その男はすぐに私を娘と認めたようで、しきりに話し掛けてきた。
しかし私はずっと自分だけを見ていてくれていた母がその男に取られるような気がして、無視を繰り返した。
その上私の人見知りな性格が災いししてか私はずっとその男を父と認められなかった。
やがて私はその男を憎悪の目で見ていたのだろう。
一ヶ月が過ぎた頃、事件が起きた。
酒に酔い父が寝たのを見計らい私は台所の包丁で父の殺害を企てたのだった。
父はすんでの所で目を覚まし私からその包丁を奪った。
「何しやがるっ コイツ」
飲酒のためか普段なら温厚な父が憤怒し、その包丁を振りまわした。
一説には父は私を強盗と間違えたということらしいが。
その奇声に母が駆けつけると既に私は背中に大きな傷を負っていた。
もう刺し殺されそうな寸前だった。
「何やってるのっ!やめてっ」
振りかぶった包丁が、咄嗟に私をかばい抱え込もうとした母を貫いた。

涙が止まらなかった。何故今まで忘れていたのだろうか。
真相は私のせいで母は死に、父は刑務所へ入れられたのだった。
人間はあまりにもショッキングで地球の終わりみたいな恐怖体験の記憶は、知らないうちに忘れるように出来ていると何処かで聞いたことがある。
生物の自己擁護本能だろう。
だから私には6年以上前の記憶が無かったのだった。

やがて分かった。
あの背中の疼きは天国の母が父を責めないでくれと言っていたのだと。
私はあんなにも母が愛していた父を殺そうとした。
あの大罪をこれから償っていかなくてはいけないのだろう。
私は決心した。父が造ったこの孤児院に残ろう。
残って一生を捧げ、百十数人の子供を抱えるこの孤児院を絶対住みよい施設、いや孤児達の家庭に作り変えよう。
それが私が唯一過去を清算できる方法だと思う。

だから母さん。わたしはがんばる。

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