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第20回3000字小説バトル Entry1

衝撃の肉うどん

私はかつてW大学に通っていた。通っていたとは言っても、多くのW大学生の例にもれず、授業などにほとんど顔を出さず、毎日のようにどこかで飲み歩いていた。特に、高田馬場にあるさかえ通り界隈の居酒屋や焼き鳥屋へは、大学のキャンパスよりも頻繁に足を運ぶという有り様であった。
そんな私が最近になって高田馬場に住むようになり、懐かしのさかえ通りを歩くようになると、私の学生時代にはなかった異質な店ができていることに気づいた。
さかえ通りの奥深くに位置するうどん屋である。わりと小きれいな店構えなのであるが、へんぴな場所に建てられているわりに、いつも大勢の客でにぎわっているのである。

ある日、「今日こそはうどん屋の人気の秘密をあばこう」と決めた私は、小雨の降りしきる中、傘をさしてさかえ通りに足を向けた。お昼どきを過ぎているにもかかわらず、街は学生を中心とした人の群れで溢れている。自意識過剰の私は「自分がうどん屋に向かっていることを誰かが見ているのではないか」とおびえながら歩いていたのだが、幸い誰にも目をつけられることなくさかえ通りを進み、例のうどん屋の前までやってきた。
店内には若い男女連れが1組、大学生の男が2人、そして店員らしき者が3人ガラス扉越しに見える。

店内へと入った私はカウンターの座席に腰かけ、メニューを手にとった。
そんな私のもとへ店員Aが水を持ってきて、私が注文を出すのを待ちはじめる。年の頃は20歳くらい。中肉中背の男。
「メニュー選びで手間どって、店員になめられてたまるか」とつまらない意地を持った私は、店員Aからの催促を受ける前に、メニューに最も目立つように書かれている肉うどんを注文することにした。私の注文の仕方に不自然なところはなかったはずだ。
しかし、店員Aは私に思いもかけない質問を投げてきた。
「玉子はおつけしますか?」
「肉うどんに玉子か。う〜む。」
悩んでしまった私は、日頃の食生活が貧しいことを考えて、「玉子もお願いします」と答える。
すると店員Aは、私の声が届いているであろうにもかかわらず、カウンターの中にいる店員Bに向かって「にくたまうどん、いっちょおぉ〜う!」と大きな声で叫んだ。
その声を聞いた店員Bは、麺を無造作に鍋の中に放りこんで茹ではじめる。

私は「卵をつけると、いくらアップになるんだろう?」ということを気にしだした。要するにドケチ性なのである。
手元のメニューには「肉うどん 350円」としか書かれていない。
そこで店内の壁へ目をうつすと、「玉子 オールタイム無料サービス」と書かれた壁紙が視界に入った。
それを見た私は、すっかり得した気分になってしまった。
「いや〜、玉子も頼んどいてよかった」
人の幸せなんて、こんなことの積み重ねかもしれない。

そんな甘い余韻にひたっていた私を現実に引き戻すように、店員Aが「肉うどん、350円になります」と集金にやってくる。
店内をきょろきょろと見回していたところへ、思いもかけず料金先払いであることを知ったものだから、私はついあわててしまった。
これでは“いちげんさん”丸出しである。
ズボンの尻ポケットから財布を取りだし、心を落ち着かせるように「100円、200円」と硬貨をゆっくり数え、店員Aに350円を手渡した。
すると、店員Aの口もとがかすかに歪むのが見えた。
彼がなぜ笑ったのかは定かではない。あるいは私の思い過ごしであったかもしれない。

支払いから1分ほどたったころだろうか。
背広を着た中年のサラリーマンが店内に入ってきて、席に座るなり店員Bに向かって「肉玉うどんをひとつ」と慣れた物言いで注文した。
「肉玉うどん」という略称を知っていること自体、常連のあかしである。
常日頃から、どんな店でも常連のようにふるまいたいと考えている私にとって、このサラリーマン氏のふるまいは、私と彼の格の違いを見せつけ、私の心を奈落の底に突き落とすに充分なものであった。

カウンターの中に視線を戻すと、店員Bはあざやかな手つきでうつわに麺を盛り、その上に大量の肉をのせていた。その量に驚いた私は「350円であんなに肉が入るのか。これがこの店の人気の秘密かもしれない」と素直に感心してしていた。
しかし、そんな私の心のうちをあざ笑うかのように、店員Bはさらなる奇行へと走る。
すでに麺が見えなくなるほど肉が盛られている肉うどんの上に、さらに肉をのせだしたのである。そして玉子を割り、こぼれないように細心の注意を払って上からかけると、「お待ち!」と威勢のよい声で私の前に肉うどんを差し出した。
私の前に置かれたのは、うどんと言うよりは肉塊といった方が正しいかもしれない。
麺つゆは表面張力を利用して、うつわからこぼれ落ちまいとしている。
調理しているところを見なければ、私はうつわの底に麺があることさえ疑っていただろう。

その肉うどんを一目見たときから予想できたことではあるが、私は肉うどんを食べるのに悪戦苦闘する結果となった。
上の方にのっている肉をある程度かたづけないことには、麺を食べることができない。したがって、最初のうちは肉だけを食べることになってしまう。
さらに、うつわをカウンターの上段から下段に移すときにつゆを少しこぼしてしまった私は、店員Aの冷たい視線を浴びてしまったこともあって、これ以上つゆや肉をこぼすことが許されない状況となってしまったのだ。店員Aの視線を気にしながら、きゅうくつな食べ方を強いられては、肉うどんのおいしさも半減である。

肉の質としては牛丼屋の肉といい勝負であろうか。しかし、量的には牛丼特盛の3倍くらいである。ということは、牛丼特盛を600円とすると、この肉うどんは1,800円分の肉がのっていることになる。
後になって店員が「実はあの肉うどんは特盛だったんで、1,000円追加をお願いします」と言われてしまうのではないか、などといらぬ心配をしていた私であったが、肉玉うどんをきれいにたいらげると、しばしの間、ボーッと至福の時にひたってしまった。

さらに私の後から入ってきた学生二人組が、わけもわからずそろって“肉玉うどん”と“おいなりさん2コ”を注文してしまう。
彼らは数分後、カウンターの上に置かれた肉塊を目の前にして、完全に固まっていた。
「あの細い体では、とてもおいなりさんまでは食べきれまい」と胸のうちでほくそ笑んだ私は、妙な優越感をもって店を後にした。

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