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第20回3000字小説バトル Entry2

ミナモ

 僕は恋愛が苦手だ。駆け引きするのも好きじゃない。とても疲れるんだそういうこと。自然に恋に落ちたらいいのに、なかなかそうもいかない。恋愛をする前に恋愛ってなんだろうと考えるのが僕の性分だ。決して難しい性質というわけじゃない。ただ、考え込んでしまう。僕はいままで恋愛をしてこなかったわけじゃない。どちらかといえば人並み以上に恋をした経験があると思う。でも、毎回始まっては終わりを繰り返す。僕は疲れ切ってしまった。だがしかし、また僕は恋をしている。

 ミナモと出逢ったのはインターネットの世界だった。彼女は毎日メールを書いて寄こしてくれる。僕もまたまめに連絡を取り合った。顔もわからず声も知らないのに僕は彼女に好意を持っている。案外、メールだけのやりとりのほうが本音を言いやすいのかもしれない。ミナモと逢いたいと思ったこともない。ただただ、メール上での付き合いなのだ。ミナモはよく詩を書いてくれた。詩を読む限り年を取っているように思える。ミナモの詩には季語がいつも入っている。十代でないのは確かだろう。そう、僕はミナモの年齢さえしらないのだった。僕のハンドルネームは眠り王子と言う。ミナモがネーミングしてくれた。ハンドルネームとはわかりやすく言えばあだ名のようなものだ。案外眠り王子と呼ばれることに気に入っている。実際、僕は常に眠いのだ。ナルコレプシーというわけじゃないけれど。

 ミナモと僕の共通点は精神病を患っていることだ。僕は統合失調症、ミナモは躁うつ病だ。ミナモは僕の世界に興味があるのだそうだ。特に幻覚などの話を聞かせて欲しいと良く頼まれる。断る理由もないので、僕は幻覚があればそれをミナモに知らせることにしている。

僕がどうしてミナモに恋したのか。それは美しい詩のせいなのかもしれない。いや、おそらくそれは間違いがない。僕はミナモの病気に興味を持つというよりは、ミナモが書いてくれる詩に興味があるのだった。ミナモの詩は感情が良く表れている。躁のときの詩とうつの時の詩は極端に違いがあるのだ。躁のときはショッピングの話しが多い。しかし面白いのはそんな時の詩でさえ季語が入っていることだ。ミナモに一度聞いたことがある。どうしてそんなにたくさんの詩が書けるのかと。そうするとミナモは言った。シュルレアリスムの感覚なのよ、と。僕にはその意味がわからなかった。
 ミナモと出逢ってまだ三ヶ月くらいだが、メールの数は二百通を超えている。ミナモは一日に三回も四回もメールをしてくることがある。僕は一日一回しかメールしか出さない。ミナモの発想力にはついていけない時がある。今は躁が若干出ていると思われる。僕の病気は正体が掴めない。まるで空気を掴むような感覚で、いろいろな症状が出てくる。幻聴であったり、幻視であったり、妄想であったり、症状はまとまらない。そんな僕をミナモは面白いという。僕はミナモに年齢のことも聞かないし、趣味がなんであるかも聞かない。詩を読むのが楽しみなのだ。そして僕はミナモの詩に恋をしている。もう恋はしたくないと思っていたけれど、蓋を開けると恋をしているのだった。そんな自分の移ろいやすさに飽きれてしまう。でも僕はミナモのことが好きだ。

恋というのは非常にやっかいだ。いつも胸に切なさがあり、落ち着いていられない。僕はいつの間にか罠にはまってしまったようだ。けれども不思議と逢いたいという気持ちはなかった。僕は本当に詩に恋をしているのだった。

僕の中ではよくあることだけど、音楽ならばCDで十分なのだ。コンサートやライブに行った経験はない。CDさえあれば満足で、好きな歌を生で見たいとは思わないのだ。それが恋にも当てはまる。詩が好きであれば、それで十分こと足りるのであった。僕はリアルより空想を楽しむ性質なのかもしれない。

空想の世界には歯止めがない。あらゆることが可能でどこまでも考えてゆける。もはや僕にはミナモの容姿など気に留めていないのであった。詩から発せられるメッセージを頭の中で膨らまして、なんだかどんどん先にいってゆくような。ミナモは言った。

「眠り王子のそういうところが好きなの」

 何を考えてこんな言葉を言えるのだろう。僕はミナモを不思議な人と定義付けた。確かにそういうところが好きでなければメールのやりとりは続かなかっただろう。ミナモは僕を不思議に思っている。また僕もミナモを不思議に思っている。二人の関係は奇妙だった。奇妙と言えずにこの関係は成り立たないだろう。

 ある日、ミナモは突然、メールを書かなくなった。僕が何度もメールをしても返事がなかった。初めの内は風邪でもひいているのかとおもったが、一週間も連絡がないと心配になった。もしかして交通事故にでもあったのかもしれない。もしかしてうつになったのかもしれないと、僕の想像は大きく膨らんだ。こんなときにも歯止めがかからず、僕はミナモにメールをし続けた。「ミナモ、どうしたんだい」

「ミナモ、調子が悪いのかい」

「ミナモ、事故にあったのかい」

 止め処もなく空想は続いた。毎日の詩が突然に断たれたのである。恋は一瞬にして真っ暗になった。

 幻聴が聞こえてくる。思考を首の後ろ辺りから吸い取られて、いろんな人に批判をされる。

「君が悪いのだ」

「悪魔主義者め」

「ミナモは死んだ」

 僕の内部は崩壊しつつあった。ミナモが死んだのである。残された詩を何度読んでも、もう恋は終わってしまった。ミナモがどうしてメールを書かなくなったのか。そのだいぶんをうつ病のせいにしたが、スムーズではなかった。

「ミナモは死んだ」

そんな声が聞こえる。詩が届かなくなり僕は病の中に落ちてしまった。ミナモは死んだとそのことばかり考えた。詩とミナモはイコールなのである。ミナモ自身が死んでいなくても詩が届かなくなったら死んだことと同じなのであった。僕は急に恐怖に覆われた。幻聴が聞こえる。何もかもが手に付かなくなった。

「だからいったじゃないか・・・」

 僕はどうすればいいのかわからなくなった。僕はコンピュータを廃棄した。完全にミナモと離れることにした。恋は僕には向いていない。ミナモは僕のことをどう思っているのだろう。電話番号も知らないし、住所も知らない。結局、僕に残ったものは疲れきった身体があるだけだった。

 街ですれ違う女性がみんなミナモに思えた。僕の空想は止まらない。

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