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第20回3000字小説バトル Entry11

乗合バスにて

 なにやら、あれでございますね。いわく、日本語のみだれ、なるものが、問題となっておりますようですけれども、わたくし、せんえつながら、うつくしき日本語を愛し、とうとぶ者といたしましても、これは、たいへんなる一大事ではないかと、愚考いたしておりますものですから、すこしばかり、お耳を貸してはいただけないでしょうか。さようでございますか、ありがとうございます。
 さて、わたくしのいう、うつくしき日本語とは、なんでありましょうか。まずは、これからご説明さしあげなければ、なりませんのでございます。いささか、こみいっておりまして、長くなりますけれども、お手洗いに行かれるようでしたら、今のうちに、まあ、そうでございますか、がまんしてくださると、わたくしのために、まあ、うれしゅうございます。さて、わたくしのいう、うつくしき日本語、これは、なかなか、こみいっておりますのです。
 わたくしは、とある家に生まれ、育ちました。家名を明かせば、ああ、あの、と気づいていただけることとぞんじますが、あえて明かしません。なぜと申しまして、それは関係のないことなのですから。この問題は、家柄とは無関係であると、愚考いたしますものですから、あえて明かさないのでございます。さて、わたくしは、とある女学校へと進学いたしました。これも、なぜかしらん、有名な学校であるそうですけれども、これも明かす必要はないものと考えます。学歴とも、関係のないことですから。それから、わたくしは、とあるかたとご縁がございまして、わたくしの家柄や学歴などではもったいないお相手だとは承知のうえで、ふつつかながら、もらっていただいたのでございますが、これも関係のないことでございます。
 このように、わたくしの人生、なんら特筆にたりない人生でございますが、あのように、ひどい体験をいたしましたことは、最たる災難でございました。不幸でございました。屈辱でございました。その話を、いたします。
 先日、わたくしの運転手が急病を得まして、おりわるく車も故障いたしておりましたが、わたくし、どうしても出席しなければならないパーティーがございました。しぶしぶながら、タクシーを呼ぶよう申しつけたのですけれども、なんでも労働者層の名物、ストライキとやらだそうで、まったく運のないことは、つづくものでございます。そうして、わたくし、生まれてはじめて、乗合バスなるものを利用せざるをえなかったのでございます。
 ごぞんじでないかたのために、説明いたしますなら、人間をたくさん積めるよう設計された箱のような自動車でございます。だのに、座るところは、すこしきりございません。おどろかれるかもしれませんが、座れない人は、仁王さまのごとく立ったまま、この車に乗っていなければならないのです。いいえ、転ばないのです。なにか、ぶらさがっているものがありまして、それに、必死につかまって、すがりついて、歯をくいしばって耐えしのぶようになっているのでございます。おどろかれましたか、さようでございますね。まさかこの現代日本に、戦後まもなくの汽車みたような、非人道的の乗り物があろうとは、おどろかれるのも、しかたございませんでしょう。
 けれども、わたくし、幼少のころより、辛抱づよいと評判でございました。大きらいのキャビアも、がんばって食べられるようになりましたし、フォアグラもまた同様です。じぶんで言うのも、あれですけれど、とにかく、乗合バスぐらい、文句ひとつなしに、見よう見まねで、いささか不潔の器械から券のようなものを抜き、乗ることができたのでございます。
 さいわい、すいておりましたから、席を得ることができました。それにしても、バスというのは、だいぶ、ゆれるものでございますね。海のうえ、どんなにか小さな客船に乗りましても、こうはゆれないのではないでしょうか。それと、なんとも形容しがたい、においがいたします。わたくし、すこしばかり胃を弱らせまして、香水をふったハンケチでもって口をおさえながら、持ち前の辛抱精神をもって、どうにか、こうにか、耐えておりました。
 うしろの席に、まだお若い女学生がふたり、まるでピクニックに出かける子どものように、大きなお声で談笑しておられました。ふつうならば、小うるさいと感じるところでしょうけれども、わたくしは、それを、むしろ、ほほえましく思ったものでございます。ほんとうでございます。こうした、お若いかたの笑顔があふれておりますことは、なにより平和のあかしではないでしょうか。ですから、わたくしは、決して小うるさいなどとは、みじんも感じえなかったのでございます。
 でも、ちょっと、ほんのちょっと、小うるさすぎるのではないかしらん。わたくしは、なにせ、もともと辛抱づよいのですから、平気ですけれども、ほかの乗客のみなさんが、ご迷惑に感じられているかもわかりません。そう思って、わたくしは、公共の秩序をおもんばかって、決心いたしました。うしろのおふたりを振り向いて、えしゃくをまじえながら、そっと、やさしく、ほんとうに、やさしく、非難のかけらも見せずに、一言、さとしたのでございますが、
  ナニコノオバサン
 ふしぎな返答でございました。スペイン語かなにかのように聞こえ、にわかに意味を解しかねましたけれども、はっと思いあたり、わたくし、ゾーッとして、前を向き直りまして、顔面蒼白、身ぶるい、ぶるぶると、それこそバスのエンジンのように、ぶるぶる、ぶるぶる、しばし、止めることができなかったのでございます。
  なに、この、おばさん
 本来ならば、いかに、ぞんざいにしましても、
  なんでしょうか、こちらの、おばさまは
 となるはずかとぞんじますが、わたくし、言語学者ではありませんから、自信はございません。けれど、それにしても、あんまりではないでしょうか。いえ、わたくしは断じて、おばさん、と見なされたことについて、心外に感じているわけではございませんよ。初対面の人に向かって、なに、この、などと、路傍の石ころに対するような表現。まったく、人道もなにもございません。このような侮辱は、生まれてはじめて。
 こころの底から、憎悪というのかしらん、なにやら、これまで知覚したことのなかった感情が、うずをまき、竜巻のように立ちのぼり、頭の先まで、火山のように、熱がこみあげてまいりまして、けれども、わたくしは、わたくしです。いたって、わたくし、われを忘れはいたしません。くるりと、ふたたび、おふたりを振り向いて、えしゃくをまじえ、やさしく、そっと、おだやかに、微笑をたたえ、一言、申し上げたのでございます。
 とたん、ふたりの女学生さんは、当惑のごようすで談笑をやめ、一瞬、笑顔を凍らせ、ゆっくりと、たがいに真っ蒼なお顔を合わせて、それから頬、そうして顔一面を真っ赤に染め、わななきながら、ひとみに涙をたたえ、降車のボタンを何度も何度もたたくのでございました。
 かわいそうですけれども、これも、うつくしき日本語を軽んじたがための天罰のようなものかとぞんじます。長々と、わたくしの話を聞いてくだすった、あなたさまには、ご理解いただけることでございましょう。あのおふたりは、ほんのちょっとばかり、うつくしき日本語をみだしすぎたのでございます。このわたくしを、おばさんだなんて!

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