第20回3000字小説バトル Entry7
その夜、ニュースバラエティの天気予報コーナーで奇跡が起こった。
お天気キャスターで、気象予報士の天野輝美が、コーナーの最後に、
「明日の午後、中国地方の方々は地震に気をつけてください」と一言付け足したのである。
するとその当日、マグニチュード7の直下型大地震が中国地方を襲い、四県に渡って広範囲かつ大規模な被害をもたらした。犠牲者は記録的な数字を数えたが、中には、そのお天気キャスターの一言を聞き漏らさなかった人々もいた。彼らはその言葉のおかげで、危機を回避する事が出来たのである。
震災からしばらくすると、彼ら証言がマスコミを始めとした各方面に広がっていき、俄然大騒ぎになった。それは、別のところに飛び火した火種が、一気に燃え上がって手がつけられなくなるような勢いだった。
しかし不思議なのは、災害後、政府の地震予知システムや民間の気象研究所などのデータ―をどんなに調べても、あの巨大地震を予告し得た者は誰もいなかった事である。災害はまさに青天の霹靂だった。つまり、彼女だけがあの地震を知っていた。彼女は本物の予知能力者なのか、そういう疑問が人々の間に湧きあがったのも当然だったろう。
ところで問題の放送は、実は彼女のキャスターとしての引退の花道だった。
輝美は、女子アナという職業にあって、テレビ業界で華々しく仕事をこなし、これまで着実に実績を重ねてきた。が、いつの間にかその盛りを通り過ぎていたのである。彼女はその現実に直面していた。
地震の当日、彼女は世間の大騒ぎをまったく知らないかのように、姿をくらましてしまった。しばらくして、天野輝美が発見されたのは、廃墟の中のボランティアセンターである。幾万という被害者のために、彼女は無私無欲で働いていたのだ。
その彼女をマスコミが騒然として取り巻いた。
「いったいどうして、あの大震災を予言できたのですか」
「わかりません。ただ、心の中で聞こえてくるのです、大地が軋むような音が……」
彼女の答えはそれだけだった。
地震予知。それは、特異な超能力である。スポットライトは、否応なく彼女だけを照らした。
テレビ局も所詮は人気商売である。
その後すぐに、天野輝美の天気予報コーナーが復活した。輝美はフリーランスになり、ライバル局の人気報道番組の目玉として迎え入れられた。
彼女の商品価値は、その神がかりのような地震予知である。この国の生活の中で、地震情報はもっとも重要な危機管理の一つだ。しかも現代は未曾有の地殻変動期に入っている。どこでいつ大地震が襲ってくるかわからないのである。
そうなると、番組の良し悪しは関係なかった。視聴率は毎回60パーセントを切る事はなく、彼女の出演するわずか五分の枠を大企業スポンサーが取り合った。
番組が始まってすぐ、天野輝美はさらに二三の小さな地震を予知した。それがことごとく的中した。当然、視聴者の興奮はおさまらない。彼女は、アイドルのようにもてはやされ、歌番組やバラエティ番組にゲストとして出演するようになった。
そのうえ、彼女が出張中だった恋人を大地震で失っていることがスクープされた。結婚も間近と噂されていたTVディレクターである。お茶の間の涙を誘うには、出来すぎるほどの話だった。マスコミがその事を大々的に取り上げると、彼女は視聴者から大きな同情を得ることになり、彼女のお天気コーナーは、紅白歌合戦に比肩するほどの国民的番組になった。
しかし、結局その熱狂は一年も続かなかった。
番組が始まってから早くも半年後、輝美は北海道で発生した函館大地震の予知に失敗した。さらに規模が落ちるが、連続して起こった東北群発地震、伊豆沖地震などの予言もできなかった。
国民の地震に対する防災対策はある時期、彼女の番組だけに頼っていた。予知以外の災害については、まったく無防備だったため、これらの地震による被害は想像以上のものになってしまった。震災の後、輝美の責任問題が深刻な事態に発展しなかった事が不思議なほどだった。
その後、輝美の予知できなかった地震が起こるたびに、彼女の番組から人々の関心は離れていき続けた。輝美の地震予知は、当たる事もあれば当たらない事もある。結局、関係者の結論は、そういう陳腐なところで収まった。すると、だんだん国民は彼女の言葉に頼らなくなり、彼女の持っていた視聴率の魔術は、その爆発力と同じぐらいのスピードで失速していった。
輝美はいつも少しばかり時代の空気を読むのが苦手だったのかもしれない。天気予報の番組から降ろされても、テレビの仕事はいくらでも転がっていると思ってもいた。
しかしついにある日、一人暮らしのマンションにかかってきたディレクターの電話が、そんな彼女の生活に終止符を打った。
「言いにくいことだが」と、ディレクターはのっけから用件を切り出してきた。
「次の番組改正で、君の天気予報のコーナーは終わりだ」
「で、次のコーナーは何なの?」
輝美の言葉づかいが親しいのは、すでにこのディレクターと愛人関係になっていたためである。彼女はその新しい恋人から、首切りの宣言を受けた。
「君のコーナーはもうないんだ」
受話器の向こうの声は、とても淡々としている。
輝美はこの業界特有の急激な変貌についていけない。番組も変われば、人も変わる。それは、常にあっという間のことだ。
「でも……」
「後は、僕には関係ないことだ」
「……」
「君に番組をまかせていたのは、あの地震予知が欲しかったからだ。今のように全然当たらないとなると、僕も君を守ってやる事が出来ないんだよ」
「だって、地震予知はものすごく疲れるのよ。一つの予告をする度に、精根尽き果てて命を縮めるほど。すべての地震を予知するなんて、到底出来ないわ」
「それはわかっている。だが、視聴者が欲しいのは、常に完璧な予告なんだ。元々大衆なんて、無理ばかり要求してくるものだ。しかし、それに答えなければならないのが、僕たちテレビマンだ」
輝美はため息をついた。頭ではすべて理解できたつもりである。しかし、この感情はどうにもならない。
「別に番組なんかどうでもいいわ。残された私はどうなるの、あなた。結婚してくれるんでしょう? 今さらあの約束が嘘だったなんて事はないんでしょうね」
「申し訳ない」
さすがの彼女もすべてを認識しなければいけないときがきた。
おぼろげにわかってはいたつもりだが、できれば、そういう現実からを目を閉じたままでいたかった。
「まさか、本気だったわけじゃないだろ」
「もちろん……」
輝美は、でも私は独りよ、と言いかけた言葉を飲み込んだ。
また最初からやり直しである。
そう思うといつものようにいろいろなことが吹っ切れた。彼女の声は不思議なほど明るく変化していた。
「最後に、次の地震の予告をしてもいいかしら」
「ほう、また地震があるのか」
「あなた、今どこにいるの?」
「局だが……」
輝美は受話器の前で、祈るように目を閉じた。
「次の地震は、かなり大きな直下型よ。震源地は、あなたのいるテレビ局の真下。そろそろ、ビルが揺れ出している頃じゃないかしら」
「な、なんだって……!」
誰にとっても人生の節目に行う清算とは、まず、すべてを破壊する事なのである。
日本中が勘違いしていた。
天野輝美の能力は、地震を予告する事ではなく、地震を起こす事だったのだ。